潜る
片手で松明を掲げ、腰には魔動式のランプも携えて、俺は洞窟を進んでいる。
ナタリアはいないが、俺一人じゃない。
これから腹を大きくするパートナーが居るにも関わらず、一文無しの俺を哀れんだハンスが給金と三食付きで洞窟探索に誘ってくれたんだ。
あの日以来、誤解されたままだ。
ナタリアが無事で、且つ、傍にいない事に対する巧い理由付けができなくて、そのままにしているのだ。
事情が事情だけに誰も突っ込んでこない。冒険者夫婦の子供なんて不幸になるのが確定している様なものだ。冒険者は簡単に死ぬし、旅先で幼子の世話なんか出来ないし。
その辺の将来が簡単に予測できるだけに、下手に関与したくない。
なお、予測できるのは当人たちもだから、足を洗うのが普通である。少なくとも片方は。
そして、もう片方も他の職を必死に探す。
知り合いの冒険者の例で行くと、開拓村に応募する奴等が多かった。辺境の土地を開くには魔物退治も仕事の内で、自分達の経験が活きるのではと思うんだろう。
ただ、開拓が成功するかどうかは技量よりも幸運が大切で、土地が痩せていることは仕方ないにしろ、瘴気の発生が数年単位で起きない事を祈らないといけない。
そんな感じだから、「開拓可能な土地ならもう誰かが住んで村にしているはず。当たらない宝くじに手を出すようなものだ」と余計な忠告を言う奴等もいた。他に対案もないのにな。
しかし、開拓が辛いのも事実である。
俺のノノン村の近くでも濃い瘴気が発生することがあって、そうなると魔物が増える。皆でそれらを駆除をするんだけど、瘴気の去った土地は魔力的に枯れてしまうと言われている。普通の植物が生えなくなるのだ。
ノノン村も畑を広げて小麦の収穫量を増やしたいのだが、瘴気の発生しにくい場所を探すのに手間取っている。
それでも、開拓村に行った連中は、畑で小麦が取れたら手紙を送るとか言っていた。しかし、それが届いた事はない。
……いや、それは俺がシャールを離れたのが原因だ。一組くらいは楽しく生活していたら良いなと思う。
おっと。
俺は振り返って、闇を見詰める。通ってきた道なのに、光が届かなくなると、吸い込まれそうなくらいに真っ暗になる。
「どうしましたか?」
ハンスの仲間であるエスリが俺を訝しがる。彼女は獣人らしくて、ロバみたいな耳が頭に生えている。あと、妙に綺麗な布で隠しているが、左腕は短い毛がびっしりらしい。武器は大槌で、丁寧な言葉遣いと違って豪快な戦闘を好む。
「何か来てる」
俺は端的に答えて、後方へ急ぐ。
「何だよ? 帰んのか?」
隊列の一番後ろの男、ランディを通り過ぎる。このランディは投げナイフが曲芸師並みに上手く、過去に俺とナタリアはそれで稼ぐべきだとおっせかいに主張して、喧嘩になったことがある。
「ハンスに静かに連絡。敵だ」
俺を追って来ていたエスリに黙って松明を渡し、ナタリアを抜剣する。そして、ゆっくりと正面に構える。
……来ないか?
目を瞑って気配を辿る。
まだいる。奥に二匹。
剣を斜めに降ろし駆ける。
真っ直ぐだと思っていた通路も多少曲がっていたみたいで、松明の光が見えなくなり、腰のランプだけが周りを照らす。
骸骨が骨をカタカタ鳴らしながら横から飛び出てくる。ボロボロの剣と盾をこちらへ威圧するように見せてきた。
それを俺は盾ごと、下から上へと切断する。返す刀を降り下ろし、通路の逆側に潜み続けていた二体目の頭も断つ。
「……凄いです」
遅れてやって来たエスリの誉め言葉に、俺は照れる。
隊列に戻り、しばらくしてから、休憩を取る。部外者の俺にもホットミルクとパンを配ってくれた。
「レオン、お前、あんなに強かったのかよ!?」
ランディが俺に訊いてきた。過去のいざこざはもう忘れてくれているのか。
「剣が良いからさ」
「そんなことないです。剣がいくら良くても、大槌でもないのに、骸骨戦士を一撃で仕留めるなんて、相当な狙いが必要ですよ。レオンさんは凄技の持ち主ですよ。大槌でもないのに」
エスリは大槌にかなりの思い入れがあるらしい。初めて知った。
「俺は知ってた。二人はナタリアの魔法だけじゃないってな」
ハンスも嬉しいことを言ってくれる。
……ナタリアの魔法は本当に凄かった。冒険者のほとんどは魔法なんて使えない。使えるヤツは、まず正規軍とか傭兵団に就職するからだ。
その中でナタリアは異端。出力の高い攻撃魔法もそうだが、体の外に飛び出した骨折さえ数刻あれば治せる回復魔法もこなせる。
ただ、ナタリアはその治癒魔法を俺以外の人間に唱えたがらない。
旧大陸にいた頃、森の共同探索で深い怪我を負った冒険者に魔法を唱えるも、間に合わずに亡くなった事があった。その時にそいつの仲間達から酷く罵倒されて、何となく控えるようになったんだ。
期待に沿えられない事もあるだろうに。あの時のナタリアの悲しい顔は忘れられない。
「お疲れさん」
俺がミルクを飲み干すと、もう一杯注ごうとダンケルがやって来た。彼の武器は俺と同じくオーソドックスな剣。
それだけに、ナタリアが変化した剣が気になるのだろう。目がそっちに行っていた。
「良い剣だな?」
「だろ? 森の洞窟で拾った」
「羨ましい限りだ。俺も肖りたい」
試しに振らせてくれとか、図々しい事を言わないこいつを俺は好ましく思っている。
しかし、ここにいる奴等、みんな一回り以上で歳上だから、タメ口の俺は生意気に思われているだろうな。
「そろそろ最深部になるんじゃないか?」
ハンスが長年の経験から、そんな事を言い始めた。何でも地上からの空気の流れで分かるんだと。ホントかよ。
あと、やっぱり頭の艶光りがスゲーな。松明の揺らぎさえ反射してるぞ。
「だと良いですね。大槌が唸りたいと言っていますから」
洞窟の奥は強い魔物の巣になっている事がある。で、運が良ければ、そいつが金目の物を収集している事があって、俺達の狙いはそれだ。
つまり、悪く言い換えれば、冒険者は魔物を対象に強盗する輩。それが昔話で憧れていた職業の現実の一面なのだ。