吹き出す
ギルドで依頼の毛皮を渡し、食い切れなかった余り肉を燻したものも買い取って貰う。
いつもならナタリアに報酬を託して、それから酒場か食堂で飯を取るはずだが、今日から人間のナタリアは傍に居なくて、だから、代わりに金の入った小袋を剣に掛けてやる。
さてと、どうするかな。
思わぬ形で舞い込んできた、ナタリアがいなくなっての自由。
ギルドの空きスペースに設けられた長椅子に座って考える。
明日、明後日分の食費は手に入った。いや、たまに森に行って、今日みたいに獣を狩れば良い。血抜きとか捌くのは本職の猟師には程遠いが自分で食べるには充分だ。
俺一人だからな。食えれば何でもいい。
ギルドに売る選択は、俺の作ったものでは安値しか付かなかったから外そう。
他に必要な物はないか。
うん、ナタリアとは違う剣が良いかも。
堅い甲羅を持つ獣とか、石そのものみたいな魔物が出た時にナタリアの剣を振るって欠けたりしてはいけないだろう。
でも、タケーんだよな。剣なんかを作る鍛冶師がこっちの大陸に来ないからなんだと思うが、木で自作した槍で魔物とやりあう冒険者もいるくらいだもんな。
必要だけど買えない。残念だ。
んー、他に何かなぁ。
ナタリアへの指輪?
いや、もう要らないだろ。
よし、俺の血を入れる瓶か袋を買うか。血をそれに溜めておけば、いつでもナタリアを出せる。剣では倒せない敵と鉢合わせてもナタリアならどうにかしてくれるし。先行投資だと思えなくもない。
寄る店も決めて、俺が椅子から立ち上がったところで、ギルドの受付役であるカーラさんがカウンター越しに声を掛けてきた。
「どうかした?」
「うーん、レオン君ね、お姉さんは気になるなぁ」
「何が?」
「その剣、高そうでしょ? でも、レオン君はお仕事を失敗している。当然、お金はないはず」
笑顔だけど、カーラさんの目は据わっている。
「……洞窟で拾ったんで」
ナタリアの件を喋っても信じてもらえないだろうし、信じて貰うために血を垂らしてナタリアを出したら、それこそ、ギルド中が大騒ぎになってしまう。
何となく有りそうな嘘で乗り越えたい。
「そうなの? レオン君ね、話があるから、表の銀楼亭で待っていてね。仕事が終わったら私も行くから」
銀楼亭はギルドが経営している食堂兼飲み屋。高くはないけど安くもなくて、本当に栄養が必要である、冒険者に成り立てのガリガリの奴等は支払えない。逆に言うと、ここで飯が食えるようになって、ようやく一端の冒険者と呼んでも良いのかもしれない。
「用があるんだ。明日にして欲しい」
「あら、そうなの? 用って何?」
「買い物で、瓶が欲しいんだ」
「これで良い?」
酒瓶だ。ガラス製の容器に入っていた酒なんて、どれだけ高級なんだろうか。あと、そんなものが何故、カウンターの下から出てくるんだ。
「もっと小さいものがいい」
「んじゃ、これね」
カーラさんが俺に投げて寄越したのは、栄養ポーションの空容器だった。冒険者が遠出をするときに持つもので、魔法的に栄養補助してくれる優れもの、とギルドが謳って売っているものだ。
栄養はともかく、安くて不味い。冒険者同士が酒で酔った時に、この栄養ポーションだけで何日過ごしたか、過去の貧乏自慢をし合う程の酷さだ。
外側の容器の方が高価な代物で、戦闘で破損したら涙目になるんだよな。
でも、これなら、俺の血を入れるのに丁度良い。小道具屋で買うことしか思い付かなかった。
「サンキュー、カーラさん」
「あら? さん付けしてくれるのね。語尾は生意気なのに。それ、サービス価格で譲るから酒場にいなさいよ」
「くれないのかよ」
「横領になったら良くないよね」
つけ払いで勘弁してもらった。
おかしい。さっき、お金を稼いだはずなのに借金生活が始まった。
することもなくなったので、素直に銀楼亭に向かい、エールと焼き魚を適当に頼む。
「よぉ! レオン!」
知った顔が片腕を上げて俺を呼ぶ。
「ハンス! まだ生きていたか?」
「ガハハ、レオン、お前もまだ足があって良かったな!」
「お前の死に顔を見るまでは死なないって決めているからな」
荒っぽい挨拶は冒険者の流儀。気持ちを軽やかにする。
やって来たヤツはハンス。この大陸に来てから、ヤツのパーティと協力して洞窟の探索を何回かしたことがある。
魔物が洞窟を巣にしている時があって、運が良ければ、そいつらが集めた金目のものを強奪できるのだ。竜の巣なんかに当たった日には一攫千金で、街を丸ごと買ったなんて伝説もあるくらいだ。
旧大陸ではそういった洞窟は大体、調べ尽くされていて、新たに金目のものが出ることはほとんどない。でも、こっちの新大陸は人が住んでいなかったのか、全く手付かずの状態で残されていて、冒険者冥利に尽きるというものだ。
「おい! ナタリアはいないのか?」
ハンスはおっさん。頭も光るほどにハゲていて、浮き出る脂も多いおっさん。
でも、気の良いヤツで、ヤツがリーダーを担うパーティーも雰囲気が良かった。
たぶん、ナタリアが傍にいない俺を見付けて、気遣いから声を掛けてくれたのだろう。
「ちょっとしたトラブルで、少し姿を見せられない」
ここが酒場でなく他に誰もいなければ、ハンスには真相を明らかにしていただろう。
「そうか……。んで、その立派な剣は何だ?」
やけに絡んでくるな。酔っているのか?
俺は無視してエールを口に含む。
「おい、カーラが心配していたぞ。レオンがナタリアを売って、剣を買ったってな!」
思わず、エールを吹き出す。
大丈夫。自分のテーブルまでしか汚れていない。周囲との無用な喧嘩が始まってしまうところだった。
「んな訳ねーだろ! あいつを売ったとしたら、俺の体はあいつに燃やし尽くされて灰になってるぞ」
冗談目かして答えたが、ナタリアの実力を知っているハンスなら分かってくれる。俺の言葉が真実だと。
「そうだよな。あのじゃじゃ馬を馴らせる店があるとも思えないな」
豪快に笑うハンス。苦笑いの俺。
「とはいえ、ナタリアはどこだ?」
まぁ、万が一の可能性を考えての確認だよな。ここで適当な嘘をつくヤツとは今後組まないって事かもしれない。俺の信義を見極めようとしているのだろう。
「ちょっと待ってくれ。呼んでくる」
「早くしねーと、お前の飯が無くなるぞ」
その時はお前が金を払えよと思いながら、俺は急ぎ店を出る。
路地裏で出したナタリアを連れて戻ると、カーラさんも来ていて、席に着いていた。
無事なナタリアの登場に幾ばくかの安堵の表情を見せた二人に対して、ナタリアは剣の状態でこの状況を知っていたらしく、更に二人を一発で黙らせるセリフを吐く。
「レオンの子供を妊娠したんで、しばらく冒険控えますぅ」
おいっ!!
お前が剣に戻った後の二人への説明とかどうすれば良いんだよっ!?
ハンスがエールを盛大に撒き散らして騒ぎが発生し、その為にナタリアが剣に戻ったことは気付かれなかった。
「レオン! お前、何歳だっ!?」
「ハンスさん、レオン君もナタリアちゃんも16ですよ」
「はあ!? ガキがガキを育てるのかよ!!」
「まあまあ、ハンスさん。レオン君は考えが老けてますから大丈夫ですよ」
俺は黙っている。今ほど、沈黙は金なりを感じた瞬間はない。
その後、ハンスの仲間も集り、俺の稼いだ金の大半が酒代に消えた。