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受ける

 仕事の紹介を受ける前に、宿屋でナタリアと貯金の方針について話をした。

 というより、ナタリアから話を切り出してきて、一人で決めていた。剣となっていても意識はあるそうで、一晩考えていたらしい。


 それで、彼女が説明するには、食費を浮かせるためにナタリアは剣の状態を主とする。剣であれば腹が減らないそうだ。便利な体だ。

 ただ、逆に人間の姿でいたいと言われていたら俺は困っていただろう。血が足りなくなる。


 武器も買う金が勿体無いからナタリアを、自分自身を使えと言う。それは流石に頼りすぎと言うか、荒っぽく剣を使いたい時に気を遣ってしまいそうだから遠慮したのだが、ナタリアは強情だから聞かない。



 出発前に、簡単な朝食、宿屋のサービスで貰える何かの穀物粉を水に溶かした薄いスープみたいなものを取っている最中、俺は思い出して、ナタリアをもう一度出す。



「どうしたの? 私が恋しい?」


 さっき話したばかりだろとか突っ込みたいところだが、それは伝えたかった事ではない。


「すまない、ナタリア。お前が剣になったのは俺があの影に願ったからかもしれない」


 俺は頭を下げて謝った。


「なはは、素直で良いわね、レオン。うふふ、残念でしたぁ。私は満足なのよね。何せ、結婚よ、結婚! 魚が勝手に桶に入ってきた気分。チョーラッキー!!」


 全く気にしてなかった。強い。

 俺の我が儘で始まった長旅に付き合ってくれたんだ。これくらいに根性が据わってるか。

 なら、俺もそれに応えないとな。


「分かった! んじゃ、俺も気合い入れ直して行くか」


「うん、その調子よ。さてと、スープは要らないけど、朝のお祈りはしておこうかな」


 ナタリアは跪いて手を合わせ、少し斜め上を見て、シャール近郊で信仰されている聖竜様への祈りの言葉を呟く。それが終わると、幼い頃に奴隷から解放してくれたという聖竜様の巫女にも感謝の言葉を毎日唱えている。その巫女さんは金髪の人で、たぶん俺が知っている人でもある。姉ちゃんよりも偉い人で、軍隊のおっさんでさえ土下座させて、にんまり悪く笑っていたのが印象的だ。



 さて、土の道を歩いて、冒険者ギルドの扉を開け、壁に貼ってある依頼書を眺める。


 うわっ、まだ密林の奥への物資移送車の護衛って仕事が入ってるんだ。しかも、別便の馬車まで用意して同時期募集5件って、先日の強奪トラブルの対策済みですか。

 いやはや、報酬は高いんだけど、絶対に避けておこう。



 しかし、誰が依頼してんだ、これ。奥地に行っての拠点防衛とか、関係しそうな依頼を全部足したら金貨100枚くらいになりそうだ。これ以上の利益を出しているんだろうから、貿易か何かで荒稼ぎしてるヤツがいるんだろうな。



 無難なものを1枚を剥ぎ取って、受付へと進む。


「あら、レオン君? 今日はお一人?」


 新大陸はまだ発見されたばかりと言うこともあって、渡って来ているのは若い人間が多い。こっちに来れば、マシな生活が出来るかもと期待しての行動だ。

 まぁ、その通りで、貴族様たちも遊行に来ている者くらいだし、法も緩いしで住みやすいものな。


 で、この受付の人はカーラさん。俺よりも歳上だけど、20歳には満たないってナタリアから聞いた。黒髪を後ろで束ねていることくらいしか、特徴的な印象がない女性。



「諸事情が有って、今日は休みなんだ」


 ナタリアがこの剣になったのは秘密。新奇な物を欲しがる人間は多い。


「そうなんだ。ところで、レオン君、先日に受けた護衛の仕事はどうなったの?」


 カーラさんは俺が渡した依頼書を処理しながら話し掛けてくる。


「まだ聞いてないのか? 途中で御者が殺されて荷物を盗まれた」


 その言葉にもカーラさんは怯まない。慣れた感じで淡白だっだ。


「そうなの? 教えてくれてありがとう。まだ連絡が無かったのよ」


 森の中での事件だったから目撃者は少ない。いや、居ないに等しいな。被害者と加害者の他には俺とナタリアしかいなかったのだから。しかも、よく考えたら、俺達も被害者だ。



 森で獣を狩った。

 ギルドで俺が請け負った仕事は、毛皮の調達。上等な物は旧大陸に送ったりするらしいし、ちょっと劣る物もこっちの人間用の服や敷物などに使うらしい。



 森の中で俺はナタリアを呼び出す。


「うわっ、レオン、あんた、血塗れじゃないの」


「いや、まぁ、皮を剥いでたら、そうなるだろ? 職人じゃないんだからさ」


 プロはスゲーんだよな。俺が一匹を剥ぐ間に五匹は処理して、しかも、汚れないんだ。一度依頼で手伝ったんだけど、獣の殺し方にもコツがあって、俺にはよく分からなかった。


「で、何よ? 私、寝てたんだから不機嫌よ。……あっ、私と寝たいの?」


 上手くもないし、面白くもない。寝てたのは本当で、後から思い付いたままに口に出しただろ。


「式を上げてからだ。今はまだ剣に生きる身だからな」


 欲がない訳じゃない。欲を認めない訳じゃない。

 師匠は俺に教えてくれた。



 肉欲にしろ、食欲にしろ、それを否定する必要はない。

 むしろ、意識しろ。それが、お前の活力となる。

 しかし、己を満たさずに耐えろ。それが、お前の強さとなる。



 まぁ、要は強い心で欲に溺れるなって事なんだろうって、考えている。



「連れないわね。いーの? 私、また、かったい鋼に変わるわよ?」


「いーよ」


 むしろ剣の方に気品と色気を感じたぞ、なんて言ったら、刺されそうだな。


「久々の肉だから、二人で味わおうと思ってな。どう、ナタリア?」


「お腹が空かないん――」


 あっ、剣に戻った。

 うーん、人間で居る時間短いなぁ。やっぱり早く治してもらわないといけないか。


 俺は指先をナイフで傷付けて、剣に血を落とし、ナタリアをもう一度出す。



 それから、ナタリアの魔法で肉を焼いてもらい、ご馳走となった。



「えー、岩塩も切らしてるの?」


「あの荷馬車に全部置いてきたただろ」


「そっかー。鞄の回収出来なかったもんね」


 そう。

 数日の旅になりそうだったから、鞄にほぼ全財産を入れていたんだよな。失敗した。


「……いざとなったら、私を売ったら?」


 人間の時よりも高く売れそうだ、とナタリアは思ったんだろうな。


「あれだけの剣を手離すなんて想像できないよ」


「……あんた、正直は美徳じゃないわよ。剣じゃない私なら売り払うような言い方ね?」


 理不尽。でも、平身低頭で謝らせて貰いました。




「まぁ、塩なんかすぐに買えるんじゃない? ほら、レオンには猟師の才能が有ったみたいだから。ビックリするくらい獲物が取れているよね」


 うーん、そうじゃないんだよな。

 確かに量は取れた。小さいウサギから鹿まで10頭も狩った。

 でも、これは俺の才能でなくて、ナタリアのお陰なんだよなぁ。


 昨日の蛇もそうだったのだが、ナタリアの剣を持っていると獣の気配をよく察知できた。魔力を扱うのに長けた魔法使いが元になった剣だからだろうか。



 そのままに伝えたら、ナタリアは笑った。それから、凄く満足した顔で、


「うふふ、感謝なさい、レオン。この私の有り難みを味わうのよ」


と言い残して、剣に戻った。礼くらい言わせろ。


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