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 見通しが悪い密林の中をさ迷い歩いた結果、幸いにも知った道に出て俺は街の宿屋に戻っていた。

 宿の主人は俺が新しい剣を手にしている事を目敏く気付いていた。入手先を訊いて来るのを適当にあしらい、部屋に戻る。



 水差しから直接、喉を潤す。それから、引き出しの奥に入れっぱなしだった、残り少ない堅い干し肉を削って口に入れた。

 いつもなら、ナタリアが森で採った果物を剥いてくれるのだが、今日は出てこない。


 剣となったナタリア。俺はそれを粗末なベッドに寝かせている。寒くはないだろうが、上掛けまでしてやる念の入れようだ。

 普通の剣みたいに壁に立て掛けるとかは有り得ない。絶対、あいつは怒ると思う。


 いや、怒るんじゃなくて、責めてくるって言った方が正しいかも。「レオンはベッドで私は壁なの? うふふ、お預けにも程があるわよ」って、こんな感じ。


 最近のナタリア、がっついてる。男にそんな事を思わせるなんて、よっぽどだと思う。

 でも、俺、師匠から「肉欲は認めた上で断たないといけない。それが剣士だ」って言われているから、期待には応えられなかったんだよなあ。


 今となっては申し訳なさもあるよ。



 しかし、どうしたものか。

 俺はもう片方のベッドに体を預けて、天井を見ながら考える。


 もうアレだなぁ。姉ちゃんに頼るしかないか。全然分かんねーもん。ナタリアが剣になった理由も呪いの類いかな、くらいだ、俺が分かるの。


 その点、姉ちゃんは一応、宗教関係者みたいだし、偉い人に顔も効く様な話を師匠から聞いたしで、対処してくれるんじゃないだろうか。本人から、そう言った話を全く聞くことがないのがちょっと不安だけど。



 問題は船賃。

 金の管理は全部ナタリアだったから、一文無し。


 良し! 明日から仕事をみっちり入れて、金を稼ぐか!



 騒がしかったナタリアが居なくなり、部屋が寂しい。そして、目を瞑れば眠れるほど、俺は豪快な男でもない。

 目が醒めたままなのは、今日の戦闘の興奮が残っているからかもしれない。



 眠りに付けないのであれば、いっその事という判断で、俺はナタリアだった剣を抜き、その悩ましげな剣身を眺める。

 本当に見事。武具屋に見せたら、飛んで驚く品だろう。


 柄頭や鍔の装具も綺麗だが、それよりもフォルム。両刃の直刀なのに、ブレード部の中央付近で最も細くなる感じの緩やかな曲線も持った刃は、俺が買える様な剣のただただ真っ直ぐな安直な物とは明らかに違う。その優雅さに俺は心を震わせる。いつまでも観ていられる。


 指で剣身をなぞる。油も塗っていないのに滑らかで鉄じゃないのかもしれない。

 刃に指を当てる。少しずらす。軽い痛みと共にスーと赤い筋が入り血が出る。


 信じられない程の切れ味。魔力的な何かで補助されているのだろう。魔剣。たぶん、そうだ。


 指先の血は止まらず、ポタリと一滴が剣に落ちる。剣が汚れては困ると、俺は慌てて服の袖で拭こうとする。



 剣は人、つまりナタリアとなった。

 真っ裸で出てきたのも問題だが、俺は柄を握っていて、そこがナタリアの頭となったのだ。俺の指は無理矢理に広がったものの、ナタリアの頭を鷲掴みにしていることには変わりない。



「変態っ! 変態っ! 変態っ!」


 叫びながら、慎ましい胸と少しだけ見えた陰影のある下腹部を隠すために、彼女はベッド上ですぐにひっくり返る。俺の手も回転に合わせて外れる。相変わらずの戦闘センス。


 昔より丸みが増した尻は隠せていないが、それでも、彼女はキッと俺を睨む。


「いや、すまん。まさか復活するとは思っていなかった」


「変態っ! 変態っ!」


「しかしだな、最近のお前はむしろ、そっちの変態に近い言動が目立って――」


「はぁ? 私はフロン姉ちゃんからの『童貞男は積極的に押せば、イチコロよ』ってアドバイスに従っているだけなの!」


 あぁ、あの人か……。

 勘弁して欲しい。良い人っぽいんだけど、性に関しては奔放で俺も会う度に誘われる。余りに軽い態度なので、もしかしたらあの人特有の挨拶なのかもしれない。そうだとしても全く理解できない。

 その辺りが姉ちゃんに嫌われている理由ではないだろうか。


「だから、私が押すのは良いけど、こんなアクシデンタルなヤツはダメなの!」


 よく分からん理屈だが、それは無視。とりあえず、俺は隣のベッドに手を伸ばし、シーツをナタリアに掛ける。



 しばらく経つとナタリアは剣に戻った。

 何回かの試行錯誤の結果、俺の血を剣が吸うと、短時間だけだが、ナタリアが体を取り戻すことを知った。

 鞘に入れていれば服を着た状態で出てくる事も学んだ。



 それで、再び、ナタリアを人に戻し、今後についての会話をした。


「金を貯めて、シャールに戻りたいと思うんだがどうだろうか?」


 シャールは俺の育った村の近く、いや、そんなに近くないんだけど、俺の地域の中心地となっている街だ。姉ちゃんがそこに住んでいるので、相談に行きたいとナタリアに伝えた。


「うん、いいわよ!」


 おっ、意外。ナタリアは無条件で姉ちゃんに反発するかと思っていたんだが。


「そのまま村に帰って挙式よ!」


 あぁ、そっちか。俺は苦笑する。

 返事をする前にナタリアは剣に戻った。

 それを良いことに俺は眠ることにした。

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