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弔う

 ナタリアはどこにもいない。

 あの影が消えた後、ナタリアはこの剣になっていた?


 そんな事があるのか?


 俺は剣を金属製の鞘から取り出す。少しでもナタリアに繋がる情報がないか確かめたかったのだ。

 ナタリアの輪郭が揺らぎ、それから剣となる。そんな現実離れが起こってたまるか。



 抜いた剣を見て、俺は言葉を失う。

 その出来の素晴らしさは、俺からナタリアの生死を一瞬だけ忘れさせた。


 一見で切れ味の良さが分かる逸品。鞘に刻まれた象篏も見事だったが、それよりも本体のブレード部が美しい。学の有る師匠なら表現豊かに褒め称えるだろうが、俺にはその言葉しか出なかった。



 両刃の剣の付け根に銘が入っていた。

 ノノン村のナタリアを格式張った表現にした、ナタリア・デル・ノノニル。

 これがナタリアの成れの果てだとしたら、態々(わざわざ)、こんな文字を入れた努力と配慮に少し笑う。


 ノノン村は俺達の出身地だ。


 やはり、ナタリアがこの剣になったのか?

 ナタリアは死んだのか? 否、殺された?



 彼女が死んだとしたのなら、復讐の前に俺は墓を作り、弔う必要がある。ナタリアには世話になった。いや、そんな言葉では足りないが、自分の気持ちを整理しなくては後日に後悔するであろう。

 今はまだ実感がなくて、知り合いの冒険者が亡くなったと聞いたのと変わりがない心境なのが不思議だ。


 さて、本来であるならば、彼女が愛用していた杖を墓標にすべきだが、ここにはない。洞窟内に放置されていると思う。

 ならば、この剣を地に突き立てて墓とすべきなのか。



 ……クソ。悲しみ泣くのは墓を作ってからだ。そう思って、歯を食い縛る。



 しかし、ナタリアは死んでいないのかもしれない。食い縛ったせいで顎が痛いので、少し口を開ける。

 うーん、悩ましい所である。


 とりあえず、俺は剣に声を掛ける。


「おーい、ナタリア……。その、なんだ? 生きてる?」


 返事はない。

 当然である。誰も周りにいないが、少し恥ずかしい。



 意識は有っても意思表示が出来ない可能性はある。しかし、自発的に動く剣タイプの魔物を見たことがある。生きているならナタリアにも是非頑張って、あんな感じで宙に漂って欲しいところだ。

 ナタリアなら行けるんじゃないだろうか。あいつ、才能の塊だから。



「ナタリア、実は動けるんじゃないかな? 本気出してみた?」


 俺は祈る気持ちも込めて言う。

 無論、剣は反応しない。


 両手で握っても俺に語り掛ける事は無かった。昔に読んだ英雄物語ではそんな喋る剣も有ったと言うのに。



 結論として、俺はナタリアを死んだものと判断した。



 密林の中、特に大木の根本に土を盛り、そこに剣を鞘ごと刺した。魔法使いだったナタリアには似つかわしくない墓だが、勘弁して欲しい。


 人気(ひとけ)が無いのを良いことに、一頻り泣いてから俺はその場を立ち去ろうとした。もう夕暮れになっていた。


 洞窟の中は昼でも夜でも関係ないので、今から行う敵討ちには問題ないか。


 あっ、俺の剣は折れてたか……。まぁ、いいや、姉ちゃんみたいに拳を武器にしてやる。



 しかし、異変がまたもや起こる。

 黒い渦が空中にできて、それが人型の影となる。


『ダメ。ダメ。ダメ。説明しなかった余も悪いが、貴様も悪い』


 俺は黙って影を見つめる。泣いているのを見られていたかもという気恥ずかしさと、ヤツの言葉から推測される期待。


『楽しむ前に終わるではないか』


 ん? 楽しむ?


 俺の疑問を無視して、影は指を鳴らす。音はしなくて、正確にはそんな動作を影はした。



 剣はナタリアになった。足首は盛り土に埋もれている。


「ナタリアっ!」


「レオン!」


「ナタリアっ!」


 俺は嬉しくて、もう一度叫んだ。他に言葉は無かった。もっと気の利いたセリフを吐きたかった。


 再び、ナタリアの姿は滲んで剣に戻る。それでも、ナタリアは生きていると俺は知る。



『ほら、その剣は彼女である。大切にしてくれると本人も喜ぼう』



 影は消え、俺はまた森に一人となる。



 マジなのか。この剣がナタリア……。

 もう一度鞘から抜き、刃を眺める。鈍色(にびいろ)の中にも気品がある。ナタリアには薄くしか感じられなかった気品が。

 ナタリア、剣になった方が綺麗なのかもしれないな。あっ。いや、失礼。



 頭上に何かの存在を察知した。

 落ちてくる。


 蛇。

 街の人間が人食い蛇と呼ぶ大きいヤツ。正式名称は知らない。この森には多く棲むザコ。

 ずっと俺はここで墓を作ったりしていたものだから、良い獲物がいると忍び寄っていたのだろう。


 いつもの通り、俺は体と剣を動かす。横にずれて躱し、蛇が空中にある内から頭を下から掬うように叩く。


 手応えがいつもと違った。

 いつもの粗悪な量産品ならば頭を砕いたところ、このナタリアが変化した剣は切断したのだ。


 蛇の顎がずれ落ち、血が地面に広がって行く。


 この切れ味に、また一つ、俺は心を奪われた。

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