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始まる

 派手にギルド長は倒れて、その音と衝撃が一階にも聞こえたのだろう。カーラが長縄を持って、駆け上がってきた。冒険者が集めた依頼物を縛って運搬する為の、裏の倉庫に腐るほどある縄なのだが、それにしても準備が早い。こうなることを予想していたのか。


 カーラは何重にもギルド長とその従者を念入りに縛り付けた。


「良い働きで御座いました。ギルドの受付には勿体無いかもしれませんね。貴女が良ければ、他の職を紹介致しますよ?」


 アディの誉め言葉にもカーラは慎ましく返す。借りてきた猫のようだ。


「……いえ、滅相も御座いません。ご命令であれば従うつもりですが、弱き者を救う今の仕事に充実を感じてもおります」


 よく言う。確かに救っているが、俺達に酒を奢らせたいだけだろ。


「この度は、馬の合わない悪辣な上司を懲らしめて頂いただけでも感謝しか御座いません。後で、表と裏の帳簿も提出致します。事実を知っていたにも関わらず沈黙していた私の罪をお問いください」


 裏帳簿か。

 ギルド長はたっぷりと私腹を肥やしていたんだろうな。想像に容易い。

 しかし、アディには罪を罰する権利はないぞ。竜の巫女だから宗教的な物に対しては何らかの事を決定できるだろうけどな。


「カッヘル、後は任せました。ただし、この娘は赦免しなさい。そろそろイルゼが来る手筈になっていますので、私は迎えに行きます。ここで合流致しましょう」


 アディは淡々と慣れた様子で場を仕切っていく。

 そして、俺はカッヘルが王国の上級軍人である事を思い出す。こいつなら犯罪者を処理する事は可能なのかもしれない。


「承知致しました」


 指示されたカッヘルも業務の気分に切り替えたのか、しっかりとした顔付きで答える。



「お前ら、何者だ!? この街で俺達に逆らって生きていけると思うなよ!? カーラ、お前もグルだったんだな!」


 肩から血を流していた従者の方が叫んだ。

 カッヘルもカーラもアディを見る。


 彼らの視線を受けつつ、アディは胸ポケットに入っていたペンで、散乱していた紙の裏にサラサラと文章を書いていく。更に、彼女の歳には相応しくない子供用の蛙を象ったポーチを懐から出し、その中にあった印章で判を押す。


「はい、私の委任状で御座います。カッヘル、私は急ぎますので、失礼します。ナタリア、レオン、またお会いする日を楽しみにしておりますよ。(くだん)の開拓地についてはカッヘルが面倒を見ます」


 アディはそのまま部屋を出ていき、カーラが恭しく頭を下げた。ナタリアは剣のままなので、別れの挨拶も出せずで、少し心残りだろうな。



「何者だって、言っているだろ!!」


 カッヘルはポリポリと頭を掻く。これは困ったときの彼の癖だな。


「俺の剣、王国軍の剣だったろ? それに、この刃の付根の刻印が見えるだろ。これ、知らねーか?」


「知らねーよ! 軍の正式剣なんざ、贋作も横流し物も出回ってんだよ!」


「かもしれんがな。俺はこれを見せて、身分を明かしたのは事実なんだわ。この刻印は軍団長の印。団名まで判別できるんだけど、そこまでは不要だよな。まぁ、俺が軍人で、しかもかなり偉い地位に居ることは分かるな? だからな、すまんが、お前が俺に怒鳴るだけで罪が増えている。もう黙ってくれると嬉しいんだがな」


「うるせーな! 殺し――」


 瞬時の判断で、俺は剣で男を斬る。剣が男の体を通過した後、ヤツは脱力して床に倒れこんだ。


「助かった、レオン。バカは騒ぐからな」


「そいつの罪が重くなるんだろ。言い切ってないんだから、最後のはノーカウントにしてやれよ」


「あぁ、考慮する。じゃあな、レオン。後は詰まらん仕事だ。お前らも開拓地とかに戻れよ。日が暮れるぞ」


「お前が親っさんの開拓地の面倒を見るんだろ。一緒に来なくて道が分かるのか?」


「俺は結構偉いんだ。こっちの文官にも指示できる」


 そうか。じゃあ、ここで別れなんだな。


「短い間だったが、楽しかったぞ、カッヘル」


「ふん、もう会わねーだろーな」


 憎まれ口を叩きながら、カッヘルは拳を俺に突き出してきた。

 これは冒険者流の信頼と再会の誓い。普通の軍人なら粗野な俺達を侮蔑し嫌悪する為に、こんな真似は絶対にしない。カッヘルとしては俺に合わせてくれたんだろう。


「寂しくなったら、姉ちゃんに探してもらうさ」


 コツンとぶつける。


「お前、その冗談は行き遅れの鬼並みにきついぞ!」


「違いない。じゃあな」


「おう。たまには思い出してやる」


 俺は部屋を出た。

 ナタリアも姿が元に戻る。



「これ、ダメね。時間が来ないと動けない。もう少し改良しないと。はぁ、アデリーナ様にお別れ言えなかったなぁ」


「また会えるさ」


「うん、まあ、また会えるかな」



 俺達が階段を降りると、皆の注目を浴びる。さっきよりも人が増えている。そりゃ、あんな大声で叫んだりしていたら、外にいても異変を感じるだろうな。集まって来たんだろう。



「レオン! 聞こえたぞ、あのバカをとっちめったってな!」


 誰かが叫ぶ。

 俺は片手を上げて、それに反応した。


「やるじゃん!」


「俺達の取り分を掠めるカス野郎だったからな!」


 あいつは確かに嫌われていた。排除されても喜ぶ奴しかいないな。


「俺は最後に斬っただけだ。殆どはアディとカッヘルの手柄だ。そんなに――」



 俺の言葉は途中で聞こえなくなる。

 ギルド中の連中が俺とナタリアの名前を連呼するからだ。



「ヨッシャー! 今日は俺の奢りで飲むぞ!」


「は? あたいも出すわよ! こんなメデテー日にあんたの汚い金で飲めないわよ!」



 酷い混乱だな。

 俺は隣のナタリアの顔を見る。


「良いじゃない。私らも混ざろう」


「お前、酒飲んで泣くのは止めろよ」


「レオンが私を抱いてくれないから。私としては、ベッドの上で滅茶苦茶に泣かされたいんだけど」


 ……ほんと、二人きりになると発言が酷いよな。いつか、自分の恥ずかしさを後悔してくれる事を期待したい。



「あっ、式にしようか。レオンとナタリアの結婚式」


「おっ! いいね! お腹の子も喜ぶだろうさ!」


「俺、銀楼亭を貸し切ってくるわ!」


「センキュー!」


「アレン、呼んでこい! あいつ、司祭崩れのはずだぞ。それっぽくて適当で不穏な言葉をくれるだろ!」


「要らねー!」


「ほらほら、バージンロード作るよ! 道を空けて!」


 ……マジかよ。本人の意向を無視して進むものなのかよ。二度と引き返せない道を無理矢理作られたぞ。


 ナタリアが俺の腕を取って、自分の腕と組む。彼女の柔らかい二の腕を感じる。


 俺にはこの盛り上りをぶち壊す勇気はなかった。とりあえず、後でどうするか考えよう。



 受付のカウンターを越え、そのまま出口へと向かう。ただ、それだけだ。

 なのに、俺達の前には一筋の道が出来ていて、己の一歩一歩が重い。

 両脇から、小汚ない格好の俺達の仲間が祝福の言葉や歓声を上げる。俺の体を力強く叩くバカもいて睨み付けるが、ニヤ付いた笑みを(こぼ)すだけだった。



 俺の戸惑いが収まらない中、ナタリアが囁いてきた。


「やったね、レオン」


「いや、しかし、剣の道は愛の道って言ってな。まだ――」


「そんなの言ってるの、グレッグさんだけだよ。大体ね、本当の愛を知らない奴がよ、愛の道を歩ける訳がないじゃない」


 マジかよ!? 一理ある!

 それは俺を激しく打ち付ける一撃だった。


「大丈夫よ。私が貴方の剣。不殺の剣を手にしたレオン・ハウエルはまた強くなるわ。二人で頑張りましょう。もう迷わせない。貴方の道は私が作る」


「……すまない。腑甲斐無い俺で申し訳ない」


「そうでしょ。じゃあ、けっこ――」


 ナタリアの口を俺は押さえた。最後まで言わせない。「むぎゅー」とか怪音を出すナタリアを見詰める。


「俺から言わせろ。最後まで情けないのはダメだろ。…………。結婚しよう、ナタリア」


「……うん!」


 紅潮したナタリアは背伸びして、俺の頬にキスをした。より一層の歓声が響く中、俺もナタリアの唇に顔を近付けた。

 もちろん味なんてしないし、むしろ、唾液が乾いた様な臭いも微かにしたのだが、柔らかさと温もりと至高の甘美が俺達を迎えた。


 それは冒険者生活の終わりを告げるものでなく、新たな俺達の物語が始まる合図だと思う。


 だから、もっと俺は強くなる必要があって、明日は冒険者に再登録しようかなとナタリアと長いキスをしながら考えた。これ、いつまで唇を付けていればいいんだ?

 

完結です。お読み頂きありがとうございましたm(__)m


来週くらいから姉ちゃんことメリナさんの物語の続き、本作の5年前を書こうかと思います。


まだお読みでない方は、下もどうぞ\(__)


私、竜の巫女の見習い! 今日もお仕事頑張りますっ!!

https://ncode.syosetu.com/n2335fa/


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