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祈る

 空の旅も終え、再び地を踏み締める。足場が揺れ動かないのは良いものだと思いつつも、あの壮大な景色を当分は目に出来ない事に名残惜しさも感じていた。


 さて、洞窟の入り口に近付いた所で、ワッタの声が聞こえた。


「えー、アディさん、あんなに綺麗なのに彼氏いないんか!? うわー、勿体無いなー」


 ひどく陽気な感じだ。

 カッヘルと会話をしている様だ。あいつの状態は半日程度で回復するような軽いものではなかったと思うが。


「あぁ、あの女、怖いだろ。影で鬼って呼ばれてるんだぜ。だから、当然の如くに行き遅れている。跡継ぎは作っててもらわないと困るから、ちょっとくらいは男漁りでもしろっつーんだわ」


 おぉ、これは……。

 俺は振り向いてアディを見る。微笑みだった。とても美麗なのに、近い将来に起きるカッヘルの悲劇が目に浮かぶ不吉なヤツだった。



「カッヘルが良い人を紹介してやれよ」


「お前な、あの鬼は意外に話し易いけどな、結構、高貴な方なんだぞ。俺が部下に適当な飲み屋の女を紹介するのとは訳が違うってんの」


「カッヘルでいいじゃん。自分で行けよ」


「バカ野郎! 被虐趣味は持ってねーんだよ! 大体、俺は妻帯者だ。そう言うワッタが誘ったら良いだろ。案外、上手く行くかもしれんぞ」


 このまま進むのは気不味いな。最早遅い気もするが、もう少し会話が落ち着いてからの方が良かろう。

 カッヘルが勘付いて、若しくは、偶然でも良いから、何らかのフォローを入れることを期待する。



「アディは確かに好みだが、俺は娼館の女の方が良いよ。後腐れしないしさ」


「……お前、その若さでそんな遊びを知ってんのかよ。俺の担当している管内なら逮捕してやる。んで、どこに行ったんだよ?」


 まぁ、男ならそんな所にも行くよなぁ。それは理解する。師匠への尊敬やナタリアへの罪悪感といったものがなければ、俺も男の性として本能に負けていたかもしれない。



「ねぇねぇ、今、ナベは女って言った? 私以外に女の人がいるのかな?」


 カレンの口調は穏やかだったが、目には強い殺気を感じた。

 立ち止まるべきではなかった。被害が拡大した。俺は後悔する。


 しかし、進んで良いのか。アディ以外にも怒った女が増えたんだぞ。収拾が付かなくなるのではないだろうか。


 俺が躊躇する間にも、二人は愉快そうだが、より深い地獄へと会話は弾む。



「マジかよ。逮捕とかあんの? 場所はナドナムだったかな。あそこの蜜の王宮とかいう所がお奨めだって連れて行かれた」


「カー、俺でも知ってるぞ、その店。くそ高い上に会員の紹介がなければ入れない所だろ。羨ましすぎる! 俺が鬼に虐げられているのに、お前は何なんだよ。繰り返すけどな、お前、その歳で極楽を知ったら身を滅ぼすぞ」


「たまにはいーだろ。いや、でも、凄かったぞ。特上のプロのテクは違うんだって思い知った。あっ、カレンには秘密だからな」


 ダメダメ、ワッタ。

 すぐ近くでカレンがわなわな震えている。無言なのが恐ろしい。


「テメー、大人の俺でも体験してないんだぞ。誰の紹介だ?」


「俺をやたら讃えるアホがいてね。そいつと2人になった時に連れていかれたんだ。いやー、あれ以来、あのアホとは心が通じた気がする」


「クー、豪気だね。どれだけの大金が必要なんだ。俺もそんな友人が欲しいぜ。クソったれ」


「鬼にお願いすればいいじゃん」


「ぶっ殺されるわ」


 これ、どうしたら良いんだよ。もう止めるべきなのか。

 少なからず俺達は死闘からの帰りだったはずだ。丁重に、とまでは要求しないが、労るべきだろ。なのに、こいつらは何を下らん話を続けているんだよ。



「剣の道は愛の道ってレオンが言ってたろ。それとおんなじみたいなモンかな」


 ワッタ!?

 お前、そんな不純な遊びと師匠の言葉を一緒にするのか!?

 お前とは分かり合えると思っていたが、どうやら勘違いしていた様だな!


「ガハハ、剣は剣でも、そっちの剣ってっか? クソおもんねーのに笑いが止まらんな。ガハハハ。おっ、もう一杯行くか?」


 最悪だ、こいつら。クズの中のクズだ。キングオブクズだ。

 酒を飲んでいる様子だが、酔っ払うにも程がある。



「サイテー」


 ナタリアの冷たい言葉が飛ぶが、しかし、お前も似たようなものだとは言えなかった。


「もう宜しいでしょう。カッヘルはお仕置きで御座います。私を商売女と比較したワッタに関してはカレンさん、宜しくお願いします」


 アディの声は地獄の底から聞こえた様に聞こえた。


「うん。任せて。カレンはその女の人の事、いっぱい尋ねるの。キスとかしてたら、絶対に許さない!!」


 ……カレン、ワッタはそれ以上の事をやっているが、しかし、それは二人の問題だよな。



「おい! カッヘル、カレンの声が聞こえたぞ。寝ろ、そこで寝た振り!」


「え? おぉ。もう帰って来やがったか」


 残念だが、色々ともう遅いぞ、ワッタ。



 アディを先頭に踏み込む。俺とナタリアは入らない。友人であるワッタが懲らしめられる姿を見るのは余り良いものではないからな。



 洞窟に反響したアディとカレンの怒声が聞こえてくる。ワッタの必死な言い訳もうっすら耳に入ってきたが、その他の猛烈な音で掻き消される。


「レオンはそんな店に行かないよね?」


「あぁ。俺は修行中の身だからな」


「は? 修行が終わったら?」


「……俺にはナタリアがいるからな」


 言わされた。


「うふふ。もう修行終わりなよ。私がサービスするよ。特上のテクで」


 そう言うと思ってた。碌な人間がいない。というか、呪われているのはナタリアじゃないかというくらい酷い発言だ。



 小鳥の囀ずりも聞こえる程に静かになってから、俺達は洞窟へと入った。ワッタとカッヘルが生きていることを願う。



 酒瓶や皿が散乱する薄暗い中、ワッタは正座していた。その前面には胸の所で手を組んで聳え立つカレンがいて、鋭い目付きで彼を見下ろしている。


「口付けはしてないって言うから、今回は許すの!」


 あー、そういうスタンスのお嬢だったんだな。幸運だったな、ワッタ。


「へー。ワッタ君、へー。すごいー。へー」


 ナタリアが意味ありげに煽るが、その辺りで勘弁してやれ。ワッタも反省しているだろうし、カレンもワッタを殺すことまでは考えていないだろう。


 しかし、俺もワッタには言う必要がある。これからも友人で有り続ける為に。


「ワッタ、剣の道は?」


「あ、愛の道……」


「お前にその道は歩けないな」


「……返答に困るが、そうだな。すまない、レオン。非常に調子に乗ってしまった。お前の信念をからかって、すまなかった。心より謝罪します」


「へー、ワッタ君。へー。乗ったのは調子だけ?」


 ワッタは土下座の体勢に入る。当然ではあるが、哀れで可哀想でもある。


「ナベ、アンジェとティナにも伝えるからね」


 カレンのその言葉でワッタは狼狽した。


「止めて、止めて! アンドーさんだけは本当に怖いから止めて! ごめん! 『このゴミクズ、死ね。すぐに死ね』とか言われて、塵にされちゃう! でも、俺、最後まではヤってないから! 何か、そんな呪いか病気に掛かってるみたいだから! スーサに聞けば分かるから!」


 必死だな。ここまでワッタが恐れる存在が姉ちゃん以外にもあるのか。聖竜が神にも匹敵する者と評した人物だぞ。


「カレン、許してやれよ。若気の至りだ」


 俺はワッタを立たせる。カレンも俺の言うことを聞き入れてくれて、ワッタから深く礼を言われた。



 問題はカッヘルだな。

 憤怒の表情をしたアディがすぐ傍にいて、彼は体を小さくして踞りガタガタ震えている。


「カッヘルよ、誰が鬼で、誰が行き遅れか、申してみよ」


「アディだよ。カッヘルはアディがそうだって言ってたよ。カレン、聞こえたもん」


 純粋とは、ここまで怖いものなんだな。


「ひ、ひ、ひぃ。お助けを……。あくまで忠義の心で申したのみ。鬼のように強く、行き遅れは…………早く他国を攻めてはどうかという忠言でして……」


 いや、苦しいだろ。他国って、まだ王国も制していないんだしな。


「ほう? お前の忠誠が本物か、今後も試させて頂きましょうか」


「む、無論で御座います! 全身全霊で尽くさせて頂きます!」


 カッヘル、身から出た錆とはいえ、前途多難だな。

 子供の誕生日が近いような事を言っていたが、無事に迎えられることを祈るぞ。


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