帰る
影の化け物、本人は精霊と言っていたが、それが完全に消えると、唐突に周囲が元の洞窟へと戻った。
地中深い洞窟の中であっても、ここは岩肌が自光していて真っ暗ではない。でも、先程の空間は外の様に明るかったので、目が慣れるまでは時間を要する。
しかし、安心はしている。
アディとカレンの気配があるから。
「わー、レオンの剣、カッコイー! えー、凄いね、凄いね!」
俺の骨みたいな剣をカレンが絶賛する。しかし、そんなに良い外観じゃないぞ。
ギルドに持っていくには、少し恥ずかしい。そもそも鞘に入る形状じゃないから周りにも危険だろ。
(失礼ね。私自身なんだけど、あなたの剣)
いや、悪い。しかし、魔法で化けたのなら、もっと見た目も調整した方が良いのではなかろうか。
「ねー、カレンも持ってみたいんだけど、いいかなー?」
……良いのか?
(良いわよ。もう少しで私は戻るし、今日でそいつとはお別れなんだし)
俺はカレンに手渡す。
カレンは嬉しそうに両手で握り、素振りをする。
そして、不意に岩を斬る。いや、気付いたらカレンは斬撃を終えた姿勢になっていた。
影の化け物の動きは尋常の速さでは無かったが、それでも俺は目で追えていたし、体も反応していた。
しかし、カレンの動作は全く見えない。俺はこんな達人と戦っていたのか。
「あれー? 切れないね。手応えもなかったー」
「魔力だけを斬る剣なんだとさ」
「ふーん、よく分からないかな」
カレンは不思議そうな表情をしながら剣を戻す。少し興味を失ったかのようだ。
ナタリアはそのタイミングで人間の姿で出現した。
「わわわ。ナ、ナタリアちゃん……」
「……もう良いわよ、カレン。刺されたアデリーナ様が怒っていないのに私が恨むのもおかしな話だもの。……言い過ぎてごめんなさい」
「うん! カレン、もうアディは殺さないよ! だから、友達だよね」
「カレンさん、殺すだけでなく、刺すのも斬るのもお止しくださいね」
アディの真っ当な返しの後、俺達はこの洞窟を出た。ナタリアの分、一人増えたにも関わらず、カレンは俺達を肩と頭に乗せて深い穴を上昇していった。
そのまま帰路に付きたいところだが、カレンの願いで軽い食事を取る。保存の効く安い乾パンだが、彼女は美味しそうに頬張っていた。
「あの黒いの、望みを言えって言うから言ったのに、叶えてくれなかったんだよ。酷いよね。その後、頭が蜂の化け物になるし。カレンをバカにしてるとしか思えなかったもん。だから、何回も斬って見えなくしてやったのー」
相手の恐れる物に変化すると、あの影は言っていた。カレンが最も恐れるのはその蜂だったんだろうな。
「私はメリナさんでしたよ。見た目だけで、遥かに弱かったのですがね。頭を魔法で粉砕しても動いたときは、彼女らしいと思いました」
アディの評価でも、姉ちゃんは化け物じみた存在なんだな。
「それじゃ、帰るよ。ナベ、じゃない、ワッタが心配だもんね」
俺達が乗り込んだ大籠を持って、カレンは悠々と上空へと飛ぶ。
「レオンの血に宿る排呪の理由ですか? 神殿に戻れば、巫女長やその他、頼りになりそうな人達がいるのですが……。私の専門ではないので難しいかもしれません」
そう言いながら、アディは俺の頭を見る。血で汚れたままだから、そこに残る魔力を診てくれているのかもしれない。
「あの影の魔力も混ざって分かりにくいで御座いますね。ただ、メリナさんの魔力みたいな物も見えます」
「えっ!? レオンの体に、あの女が!?」
俺から少し離れたのは何だ、ナタリア? そんなに姉ちゃんが怖いのか?
「ノノン村の地の魔力とは、また違う。そもそも自前の魔力だとしたら、レオンにメリナさんみたいな狂気を感じても良いはず……。魔力の意識への干渉は個体差があるとしても……」
アディはブツブツと呟く。
それから、思い付いたように俺に言う。
「レオン、メリナさんから何らかの魔法を受けたことは有りませんか?」
「無いな」
村を出てからは模擬戦で遊んだこともないし。
「有ります!」
横からナタリアが叫ぶ。
「昔、試合を申し込んだ時に、悍ましい魔力を浴びる魔法を喰らっています」
頼み込んで腕試しをさせて貰った時か。姉ちゃんが構えただけで、気負けした俺は数日寝込んだ。咆哮もあったかな。
しかし、あれを魔法と呼ぶのか。
「可能性なので、本人に訊くしかないと思いますが、その当時のレオンは呪われていたのかもしれませんね。それを彼女が解き、その効果が残っていた。とりあえず、そう考えましょう」
呪われていた? この俺が?
全く身に覚えがない。精々、調子に乗った小僧だったくらいだぞ。
「レオンが例のごとく、剣の道は愛の道とか呟いていたから――」
「あぁ、それは何かに憑かれてますね。カッヘルから怖かったと聞いております。メリナさんもそう思うでしょう」
「ちょっと待ってくれ。師匠の教えをバカにしないで欲しい」
師匠の教えがあったからこそ、俺は今日まで生き残ってきたんだ。それを否定されたくない。
「ナタリア、レオンの師匠の名は?」
「グレッグさんです。シャールの正騎士だそうです」
「あぁ、アレですか」
アディは短く言った。知っている様子だった。さすが、師匠。竜の巫女にも名が通っているとは驚きだ。
「……夜な夜な、彼は貴族の娘に鞭を受けているのを知っていますか?」
「無論。究極の修行と聞いた。背中の裂ける痛みが愛に代わり、それが自身を高みに連れていく。しかし、俺はまだ子供で未熟だから、その試練を受けることを師匠から止められている」
「はい。では、そういうことで。ナタリア、頑張りなさいね」
「え、私、そっち側は苦手なんですけど。一応、フロン姉さんに鞭は貰ったんですが」
ナタリア、準備が良いぞ!
いずれ、それで俺の背中を打ってくれよ。
「ナタリア、得意な側が有ることに非常に驚いております。さて、お二人の問題なので、これ以上、私は関わりません」
アディは遠くを眺めるだけになり、俺も疲れた体を休めることにした。
「……私以外にまともな人間はいないのかしら……」
アディは目を細めて山を見ながら呟いていた。




