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祓う

 柄も鍔も剣身も骨のように少し黄ばんだ白。装飾はなくて、片刃。峰に当たる部分に魚の肋骨みたいな長い物が四本ほど生えていて、ちょっと気持ち悪い。

 しかし、ナタリアが魔法で出したものだろうから、ひとまず握る。柄の部分には節があって、ここも指の関節の骨みたいで見た目は悪いのに、俺の手に完全に馴染んだ。


(聞こえる、レオン? この剣は私よ、ナタリアよ)


 直接に頭に入ってくるナタリアの言葉。


(今まで私はこの空間に閉じ込められていた。その間に習得したのよ)


 言葉はそれだけだったが、ナタリアの経験と記憶が俺に入り込んでくる。

 この床しかない空間にぽつんと独り。延々と魔法詠唱を試すナタリア。


 あの影はナタリアと同化していたと言った。ナタリアはその結果、剣の姿となったのだが、それだけでなく、意識の半分は影と共にあったのだ。


 ナタリアの予想では、剣となれる要素の魔力とそうではない魔力に分けられたのではないかと考えていたようだ。

 ある種の魔力は人の感情に作用する。カレンの咆哮が俺に恐怖を与えたのも同じだろう。もしかしたら、思考それ自体が魔力の作用に依るのかもしれない。


 ともかく、剣であるナタリアとこの空間に閉じ込められたナタリアに、彼女は分かれてしまった。分かれたと言っても互いの経験は同時に共有される不思議な感覚。左目と右目で全く違うものを見て、頭の半分ずつで別個に考えているようなもの。


 ここにいたナタリアは何個かの魔法を新しく覚えた。鬼人を穿った炎の槍もそうだし、自ら剣となるこの魔法もその一つ。



(あいつが作った剣より、私が作った剣の方が絶対にレオンの力になれるから)


 ……そうは言うが、外観がほぼ骨なんだが。


(レオン、人を殺せないじゃん。だから、剣が鈍るのよ。正直、剣士として二流。ということで、私は肉体を壊さずに魔力を斬る剣になりましたー)


 はっきり二流って言ったがな、ナタリア。良いか、師匠の教えは剣の道は愛の――


(ガタガタ何を言ってるのよ? 敵は目の前よ)


 ……あぁ、そうだったな。


(目に血や汗が入らないように気を付けてね。酷い顔よ)


 口うるさい。

 俺は手で額を拭い上げる。少々鋭い痛みが走ったので、激突の時に少し切ったようだ。が、出血はナタリアが心配するほどでもないだろう。



 むしろ心の方に深い傷を負っている気分だが、俺は改めて女と対峙する。

 剣は寝かせて、腰に溜める。右足を前に出し、同じく右の肩を相手に見せて、姿勢は低く。


 呼吸は自然に、しかし、肺にも腹にも空気が漲る様に意識する。


 目は女だけを見る。



「グカガガガアアァァア!!」


 もはや姉ちゃんではない。体格とかは未だ維持しているが、狂い叫ぶに合わせて、顔の輪郭が波打つ。


「お前! お前のその血は何なんだ!?」


 声も男のものに変わっていた。


「知らねーよ」


 俺は短く答える。



 女が突進する。フェイントもなく、ただ単純に俺の間合いに入る。速度に自信があるんだろうが、俺は完全に動きを捉えている。



 横に一閃。

 俺が振り切った後に、魔力の光なのだろうか、そんな光跡が描かれ、女の拳が俺に届く前に両断する。



 肉を切らないって言っていたが、切れてるじゃねーか。


(そいつが魔力のみの存在だからよ。魔力を物質化しているみたい)



 倒れた下半身にもう半身が落下して重なりそうになったところで、切られた女の体が分解した。黒い霧となったのだ。それらは揺れ動きながら、また一つの塊へと集まっていく。


 そして、再構築されたのは黒い影。



「まだ続けるのか?」


「余は外界に出たいのだ!」


「知らねーって。ナタリアと同化して出たんだから満足しろよ」


「余は全ての人を食らいたいのだ!」


「それを聞かされて、了解する訳ねーだろ」


 恐らくはヤツは正常ではないのだろうな。



 俺は剣を振り、影を斬る。切断面に光が発生し、それが影の内部へ侵食していく。


「グボボババブボ……」


 人の言葉ではない何かで苦痛を訴える。


 苦し紛れの殴打が俺に向かってくるが、それも一振りで切り落とす。



(切れ味凄いでしょ?)


 あぁ、手応えもないくらいに、スーと入っていく。


(うふふ、大満足よ。これなら、本物のあれも切れるかも)


 ナタリアがイメージしたのは姉ちゃん本人だった。切れ味がいくら良くても、まだ俺の技量では掠りもしないと思う。



 俺達が見守る中、影はまたもや霧となり、復活を遂げる。今回は手に剣を持っていた。徐々に魔力が集中し、影の剣が実体化した。それは、ここに来るまでに腰に差していた物と同じだった。


「人間風情が余を妨げるなっ!」


「俺を殺してから偉そうに言えよっ!」


 互いに前へ出て、一合。

 振りかぶった互いの剣と剣がぶつかり、火花のように黒と白の魔力が飛び散る。

 続いて、影の剣が断たれ、俺の剣が相手の体へと進む。


 全ては瞬く間だったはずなのに、鮮やかに俺は認識していた。


 ナタリアが変化した骨の様な剣は影を分断していく。折れた剣が床に落ちて高い音を響かせると共に、影も倒れる。



 静寂が空間を支配する。今度は霧にならず、肩から横腹を結ぶ線で断たれたままだ。


 やがて影が喋る。


「目が覚めた。というのは、二度目か」


「さあな」


「覚めても、また混濁する。人間の魔力を欲してしまう。精霊の(さが)であろうか」


 精霊は魔力を司り、願う資格のある者には魔法と言う形でその能力を発露する。魔力を欲するのは人間側だと思っていた。

 俺にはヤツが望む知識はない。


「知らんな。魔族なんてのは魔力が溜まり過ぎて暴走した生物だって聞いたことがあるから、それと同じじゃないか」


「……ふむ。何でも良いか。余はここには居たくない。消せ」


 刺しても死なないくせに、困った願いを言う。


「早くしろ。すぐに、またお前を襲ってしまう。お前の血には排呪の効果がある」


 何だ、それ?


(排呪? お祓いみたいな物かもね。レオン、そんな能力持ってた?)


 いや。たった今知った。


(……私が剣になったのが呪いだったとしたら、その穢れをレオンの血で祓って、私は人間に戻っていた。もしも、それが無ければ、私は剣のままだったという事か……)


 あの時、偶然に指を切って良かった。そうでなれば、俺はナタリアに会えない状態になっていたのか。


(そっかぁ、影が『誤算はお前の血』と言ったのは、それね。でも、どうして、レオンに……)


「早くしろ」

 

 疑問はあるものの、俺はナイフで指先を切る。数滴を影に落とすと、影は徐々に消えていった。



(凄いね。アデリーナ様に訊けば分かるかなあ)


 あぁ、そうだな。しかし、彼女らは無事なのだろうか。

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