願う
膨大な光に飲まれる中、俺達は身構えることしか出来なかった。威勢良くナタリアの前に出た割りにはカッコ悪い。
やがて止まらない光の奔流の中に、黒い人影がポツリと見える。眩しさで目を閉じているのに見えたと表現するのはどうかと思うが、とりあえず視覚でない感覚で見えたんだと考えるしかない。
しばらくすると光は消え、視界が回復し、元の洞窟内の風景に戻る。
しかし、人影は人影のままで、そこだけポッカリと空虚になっているかの如く、真っ黒な何かが立っていた。
そいつは呟く。
『ふーん、人間だ。人間だ。人間だ』
3回も当然のくだらない事実を繰り返されると、逆に不気味。それが人間でない事を頭が理解したからかもしれない。
何者だ? 魔物というより魔族に近いか?
俺は腰の剣に手をやる。
ナタリアも臨戦態勢に入ったみたいで、詠唱句を唱え始めていた。さすが即断即決の女。
『殺るの? 殺るの? 殺るの? 無駄ぁ!』
影は厭らしく笑った様に感じた。顔も真っ黒で表情もないから分からないはずなのに。
それから、体が冷える程のゾクッとした殺気。久々に味わった。
中々の強敵。俺の判断はナタリアも同感だろう。
ナタリアの炎の玉が炸裂したが、そんなものでは終わらず。俺も駆けて剣を振るう。
フェイントも織り混ぜて数合の剣を当てる。手応えは無し。肉体の無い亡霊タイプの魔物か?
ただ、俺の攻撃は囮。ナタリアが次の魔法を用意していた。
「我は願う。炳炳たる貙虎は澱み焄べる。其は豪挙にして婬らを孕み、淑やかにして伧しきを貴ぶ。契りは紡ぎて、迎えるは我が矰の聖唱なり」
ナタリアの持つ最大威力の魔法が飛ぶ。普通の火炎魔法に見えて、実はバインド効果も併せ持つ、ちょっと性格の悪い魔法。
敵は爆風に吹っ飛ぶか、耐えたとしても動きを封じられる。仕留め役の俺は悠々と剣で急所を貫けば良い。俺は魔力付与のポーションを剣に垂らして敵へと慎重に近付く。
ナタリアの魔法を知らない相手なら、大体このパターンで終えられていた。ただ、今回も、というのは甘かったのだ。
胸を突いた俺の剣は影に握られる!
慌てて引くも、体勢がまずかった。余りに無防備。
敵の逆手が俺の頭を殴り、剥き出しの岩面に体全体を勢いよく叩き付けられる。
「レオン!」
ナタリアの悲鳴みたいな呼び声が聞こえた。らしくない。情けない声を上げるなよ。
俺は大丈夫。まだ戦える。
殴られて冷静になれた。口を切ったみたいで、鉄の味が広がる。それを鋭く唾棄する。
ナタリアを守る。
相手は姉ちゃん程ではない。勝てるはず。
立ち上がった俺は影を睨む。
剣を腰の鞘に戻す。片手は残して、そのまま柄を握る。
目を閉じて、敵を感じる。
師匠が言っていた。
剣は一瞬。その一瞬に全てを賭けよ。
紫電一閃。
俺の剣は影を切る。
「やるじゃん、レオン!」
剣を振り切った中腰の姿勢の俺にナタリアは抱きついて来た。その感触で俺は意識を戻す。遠慮無しでぶつかって来るものだから、柔らかいはずの胸が顔に当たったはずなのに痛い。頭がぐわんぐわんした。
だが、安心したところで、また影が現れる。離れた空中で黒い渦巻きが出来て、それが人型になったのだ。
抱きついていたナタリアは離れ、木製の杖を地面に立てて、再度の攻撃魔法の準備に入る。俺も剣を正面に構えるが、先程の一撃によって途中で折れたことを知る。
『良い。良い。良い』
化け物は体の中程に上げた手を鷹揚に縦振りする。落ち着けと俺達に命令するか如く。
先に仕掛けたのはヤツからだが、力の無い俺達は敵意が去った事に安堵する。いや、違うな。仕掛けたのはこっちからだ。
『目の覚める一撃であった。誉めて遣わす』
……かなり上からの目線。影自体の大きさも俺より倍近くあるのだが、態度もデカイ。
ただ、それは気にならず、自分の剣技を誉められた事がちょっと嬉しかった。いや、かなり嬉しい。
「そうだろ? なぁ、やっぱりそうだろ?」
「ちょっと、レオン! 話が通じるなら、外への道を訊いて」
あっ、そうだった。
いや、しかし、久々にナタリア以外から剣を認められたなぁ。もう少し余韻を味わいたかった。
俺達はその影に洞窟の出口への行き方を尋ねる。意外に簡単に答えを得た。
『余がそなたらを戻そうぞ。うむ、願いがあればそれも聞こう。では、願え』
願えって。余り聞かないタイプの命令だよな。王様かよ。
夢かぁ。
剣とともに一生を。未練がましいけど、今の願いはそれだろうか。あっ、でも、ナタリアと家族になるのも。あー、でも、後回しで良いのか。
『ふむ。了解した』
影は消えた。
ナタリアと顔を見合わす。
程なくナタリアの輪郭がぐにゃりと曲がり変化して、一本の剣を象り、そして、音を立てて地面に落ちた。俺はそこで意識を失う。
意識を取り戻したのはどれくらいの時間が経ってからであろう。小鳥の囀ずりと日の光で、俺は目を覚ました。地上に帰されていたのだ。
ナタリアは周りにおらず、先程の剣が一本あった。