読み違う
ナタリアが剣に変化した洞窟の位置は覚えていた。しかし、それは街からの道程であって、ワッタの住んでいる所からだと全く分からない。
洞窟を出た俺は一旦街に戻ることを提案したが、カレンは俺達に外で待つように言う。そして、彼女が用意してきたのは、俺の胸の高さまである程の大きな編み籠だった。
それを両腕を広げて、のしのしと運んできた。
「ご飯を取った時に入れる籠なの。暴れるご飯もへっちゃら。だから、これに乗ってくれたら、カレンが運ぶよ」
確かにアディと俺の二人が入っても十分なサイズだが、作りが柔そうに見える。不可思議な道具を持つワッタ達だから、これも強靭な素材で作っているのだとは思うが、乗り込むのは抵抗がある。
そもそも、ご飯にしても食材の事だろうが、どれだけ巨大な獣を捕らえているんだよ。
更には、こんな物は先程の洞窟には見当たらなかったと疑問が浮かぶ。洞窟の奥に有ったとしても、そんな簡単に持ってこられないだろう。
しかし、アディは礼を言ってから、籠の縁に片手を付けてから軽業師の様に飛び乗った。熟練の冒険者でもここまで鮮やかな動作を出来るものは少なく、竜の巫女であるアディが他の訓練を積んでいるだろうことを改めて感じた。
「ほら、レオン。カレンさんを信じるだけで良いので御座いますよ」
「そうだな」
ワッタの事を知った俺達を殺すために、空高くまで行ってから、この籠を落とすという罠の可能性も考えたが、純粋なカレンがそんな事をするはずがない。
冒険者の中には性の悪いヤツもいて、自分の感覚がすれてしまっていることをアディと対比してしまい、それを悔いる感情が若干湧いた。
宙に浮かんだカレンは籠の太い持ち手を両手で握って、グングンと俺達ごと上昇する。細腕のどこにそんな力があるのかなと思うが、姉ちゃんも素手で岩を砕くのが趣味だったので、深い疑問にはしないでおこう。
みるみる内に、森の木々の梢を越え、それさえも判別つかず、遠くの街と港、海さえ眺められるようになる。
山よりも高いところから見下ろすのは初めてで、強い風を顔に受けながら、その絶景を楽しむ。
アディの金色のセミロングの髪も風にたなびき、女性特有の香り、もしかしたら香水の類いのものが鼻をくすぐる。
「どっちー?」
カレンの声に、俺は目的地を探す。かなりの至難の技だ。全然分からない。
街の門があれで、道がたぶんあれ。どこまで進んだだっけな。
あっ。ナタリアの墓を作るのに大木の下を選んだ。あの辺りで一番大きそうなヤツだ。
俺はほぼ勘でカレンに指示をする。間違っていたら、それはその時だ。今よりは近付いたことになる街に、一旦戻ろう。
カレンは素直に動き出す。
俺とアディは到着を待つしかなく、流れる風景を眺める。
「綺麗な景色で御座いますね」
「そうだな」
「これを全て手に入れた王国はどこまで肥大化するのでしょうか」
……アディは国家を転覆させようとしている。本人からは聞いていないが、俺はそう予測している。
「さぁな。2000年は続いているのだから、これからも繁栄するんだろうさ」
「2000年もの間、繁栄が続いた……。それは始祖ブラナンの賜物だったので御座いましょう。今更ながらに彼の偉大さというか、偉業を評価してしまいますね」
国造りも土台からと言いたいのだろうか。反逆者となろうとしているのに、敵を素直に認める事が出来るのは凄いことだと思う。
「ただ、これからの王国はそうでもないかもしれません。始祖の威光は潰えました」
現王が即位する時に始祖から続く正統性を失ったと聞いたことがある。王位の簒奪である。それを言わんとしているのか。
ということは、いよいよ本題に入り、自分の野望を俺に語るのだろう。
「王は代替わりし続け、いずれ愚かな者も現れるでしょう。永遠の王国もいずれ滅ぶのです」
悪いが、俺はアディに協力は出来ない。内乱なんて苦しむ奴が増えるだけだ。
「現王のアデリーナ・ブラナンはそれなりにやっていると聞くが?」
アディが少しだけ目付きを鋭くした。敵対者を誉めた事が気に食わなかったのかもしれない。
「優秀な官吏に任せ、たまの見せしめで死の恐怖を与えて彼らの私腹を肥やさない様にしているだけで御座います」
現王は無能だと言ったわけだな。
しかし、その話は宥めて終わりにしよう。
「そうかもな。まぁ、庶民の俺達、冒険者にとっては誰でも一緒だよ。日々を生き残るのに必死さ」
俺の思いとは裏腹に、アディはやけに食い付いてくる。
「生きにくさを感じた上で、それが意に沿わないと言うのであれば、叩き潰せば宜しいので御座いますよ? 貴方に出来るのならね」
言い終えて、不敵に笑った。ナタリアが称えていた美しく輝く髪が似つかわしくない、厭らしさも含んだ笑み。
自分ならそうする、そうしているという自負と、口だけの俺への軽蔑か。
意表を突かれた俺にアディは続ける。
「王は喜んで受けて立つでしょう。私の代わりをお前如きが担えるのか、試してあげましょう。この孤独を味わい尽くす強さをお持ちなのかしら、と」
酷薄な微笑みが俺に向けられ続け、姉ちゃんやカレンの爆発的な殺気とは違うのに、俺は少しだけ足が震えた。
アディは、この人は本気なんだ。命を賭けて、王国を破壊しようとしているのだ。
「ところで、レオン、貴方は現王アデリーナ・ブラナンについて何かご存じないの?」
「裏の異名はうんこ女王……」
王は就任直後に酷い中傷を受けたらしく、その時の事件からそんな悪名というか、逆に親しみさえ込めて呼ばれている。
もちろん、表立ってそんな呼び方をしたら、兵に咎められるのだが。
「……ほう? まさかの発言で、耳を疑いました。よりによって、それを持ち出すとは……。ノノン村で育つと頭が腐るのでしょうか。私が正体を明かそうとしたのに、それはダメで御座いましょう。驚きで御座いますよ。いくら、私でもその単語の後に、実は……とか言う勇気は御座いませんからね」
アディは何を言ってるんだ? 全く分からない。
俺が戸惑っていると、彼女は手を組んで背伸びをする。
「まぁ、良いで御座います。久々の自由を堪能致しましょう」
カレンが悠々と飛び続ける中、アディも一転して爽やかな笑顔を見せた。




