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 朝になり、カレンの案内で小川で顔を洗う。戻ってきた頃にはカッヘルが天幕の片付けを始めており、アディも食器が散乱したテーブルに向かって優雅に茶を飲んでいた。



「おはようございます、カレンさん、レオンさん」


 アディは持っていたカップを皿に置く。


「おっはよー、アディ。昨日は楽しかったよ」


「こちらこそ、ありがとう御座いました」


「良いよー。家に入れてあげれなくて、本当にごめんね。帰るの大変だから、途中まで送っていくから」


 カレンの謝罪にアディは微笑みで返す。それから、笑顔のまま要望を伝える。


「そうですか、重ね重ね感謝いたします。ところで、カッヘルが昨晩、ワッタという男の方にお世話になったのですが、その方に礼を申したく、お呼び出しして頂けませんか?」


「あー、ナベの嘘の名前だね。いつの間にか、私に布を掛けてくれてたもんね。うん、呼んでくるー」


 カレンはたったっと走って去っていく。先には昨晩は暗くて見えなかった洞窟の入り口が急な斜面にあった。草を伸ばして隠すとこかの小細工はしてなくて、ぽっかりと俺の背丈よりも高い穴が開いていた。

 ただ、さっきまでも視界に入っていたはずなのに、それに目を止めることは無かった。職業柄、洞窟を探すのは日常の俺が見逃すなんて有り得ない。何らかの擬装があったと思うべきだろう。


「ふーん、不思議で御座いますよね」


 アディも同感だったようで、俺に話し掛ける様に呟いた。



 しばらくして、ワッタはカレンに腕を牽かれながら外へ出て来る。頭を掻きながらの欠伸をしていて、眠そうだ。



 アディが少し驚いた顔をした。出会ってから初めての反応だ。彼女は常に堂々としていて、物事に動じない。

 俺はワッタへの反応に興味が湧く。


「……どうした?」


「…………ナタリアをお出ししてくれませんか? 確認したい事が御座います」


 アディは整然としたいつもの表情に戻って、俺に小声で返してきた。目はワッタに向けたままである。


 何故なのか分からず躊躇する。


「あの目の前にいる少年からは全く魔力を感じません。本当のゼロです。あそこには誰もいない、いえ、何もないとなります。魔法による幻影でも御座いません。私の間違いかもしれませんので、ナタリアにも確認させて頂けませんか」


 俺は黙って小さく頷き、木陰に走る。

 少なくとも昨晩のワッタは幻影ではない。肉を食って、酒も飲んでいた。カッヘルと肩を組んでさえいた。



 しかし、人となったナタリアの答えはアデリーナと同じものだった。

 魔力は全く感じないとのこと。しかも昨晩から。


 魔力は万物に存在する。生物はもちろん、石や水は当然に、虫の死骸にだって僅かに存在するくらいだ。


 魔力は魔法の源であり、それが有るからこそ、生物は規則正しく心臓を動かし続け、傷付いても数日で修復する。また、学者の話でよく理解できていないが、季節風が吹いたり、水槽の底から水が抜ける時に渦巻いたりする事も魔力の影響だと実証できるとされている。


 この世の常識である。

 魔力を持たないというのは有り得ない。だって、何もない空間にさえ存在するって言われているんだから。


「とんでもなく少ないとかじゃなくて、透き通っているみたいに全く魔力がないのよ。アデリーナ様が間違っているとは思わないけど、私はかなりの隠蔽技術を駆使しているんだと思う」


 隠すということは、当たり前だが、その必要があって行う事である。

 つまり……ワッタは良いヤツだったが、弱いと嘘を付いていた訳か。


「怖いわ、私。ガタガタ震えそう。だから、レオン、お願い。今すぐに私を抱いて……」


 それは無視。目をキラキラさせて、朝から何を言ってるんだ、お前。



「おっはよー! ナタリアちゃん!」


 カレンの元気な挨拶に、俺は驚く。ナタリアも同様だ。何せ、さっきの恥ずかしい感じのを友達に聞かれたかもしれないんだからな。


「え、ええ。おはよう」


「来て来て、ナタリアちゃん! ナベを、じゃない、ワッタを紹介するから!」



 カレンとともに俺達はアディの下へと戻った。



「ナベ! この人がアディちゃんで、こっちがナタリアちゃん! 私の友達!」


 さっきはワッタが希望する偽名を言えていたが、もう忘れたんだな。


「そうか、友達は大切にするんだぞ。生まれて初めての友達だな。俺は嬉しいよ」


「そんな事ないよ! ティナとかアンジェとかいるもん!」


 ……まだ仲間がいるのか。

 やはり危険な奴らだと認識を戻した方が良いのかもしれない。

 ワッタはカレンの言葉に無表情だった。不自然なくらいで、無理に演技しているのが明らかだった。仲間を隠そうとしていると、俺は推測する。



「じゃあ、見送るよ。すまないが、ここに俺達が居たっていうのは秘密でお願いしたい」


 それにアディが反応する。


「お願いと言うでのあれば、その相手には見返りが必要ですわよね」


「それで約束が守られるなら、本当に嬉しいんだけどな」


 ワッタは苦笑しながら答えた。

 過去に、彼は何回も騙されているのかもしれない。



 魔力が全く持たない不気味な存在を前にしているのだから、アディは逡巡していた様に見えた。だが、意を決して沈黙の後に続ける。


「……ワッタさん、あなた、4年前にシャールを訪れた事が御座いますよね?」


 その言葉にワッタの顔に焦りが一瞬だけ浮き出た。

 返答をすぐに行わない。どの様な返しが良いか考えを纏めようとしたのだと俺は思った。

 ワッタ、知っていると思うが、気不味い事であるのだろうから何も返さないのが正解だと思うぞ。



「うん、ちょっとだけど、居たよ! ね、ナベ!」


 だが、カレンが代わりに答えてしまう。

 ワッタは無視を選択していたというのに。


「竜の神殿にも2回行ったよ! 池にでっかい魚がいたの。あっ、優しい巫女さんにも会ったよね」


 明らかにワッタは動揺している。


「カレン、カレンちゃん、ちょっと黙っておこうね。お願いだから」


 それからアディに目を遣り、彼女の強い視線に負けて空を見る。

 アディは彼の様子を見て「行ける」と踏んだのだろう。畳み掛ける。



「巫女長フローレンス、魔物駆除殲滅担当専務メリナ。ご存じですよね?」

 

 姉ちゃん、よく分からない役職なんだな。

 専務って何だよ。


 さて、俺には状況が読めなかったが、今のセリフはワッタにとっては脅しになったのだ。


「分かった! 取引きに乗る。それ以上は不要です!」


 アディはワッタを無視する。もう少し立場をはっきりさせておこうとする気だ。


「メリナさんが唯一倒せなかった相手がいると呟いた事が御座います。魔力を持たない化け物。そんなものが世の中に二匹もいると思えません。あなたですね。いや、メリナさんとやったのは、あなたの従者の方でしたか」


 !?

 ワッタがか!? あの姉ちゃんと互角!!


「えー、そうなの、ナベ? そんな事あったかな?」


「無かったんじゃないかな。アディさん、もうそろそろ、その辺りで。ね?」


 カレンに対しては惚けたワッタだったが、アディには腰を低くして対応することに決めたようだ。



「聖竜スードワットは神にも匹敵する者がいると、私に申されました。それもあなた」


 ワッタは黙ってしまう。しかし、アディは楽しんでいるかの如くに追い込む。


「聖竜はそんなあなたに興味を持ち、それが故に聖竜を独占したいメリナさんに命を狙われ――」


「オッケー、オッケー。何だろうな、よく分かったよ。俺、勝てない。取引開始ね、取引。はい、アディさん、望むものを言ってみよう。叶えられる範囲で頑張ります。こちらからは、そのメリナさんに俺達の居場所を教えないという約束を求めます」


 完全にアディが場を支配する。神にも匹敵する者と自らが呼んだ人物を前にしても、揺るがない胆力。

 絶対的な自信がそこにあった。



「こちらからは、そうですね。私の支配下に入ることと、何か珍しいものが欲しいで御座います。うーん、やっぱり永遠の若さとかが、良いかもしれません」


 魔族みたいな物になりたいと言うのか、アディは。


「……すぐには用意できないし、いつ用意できるかも保証できないかな。でも、出来ないとは言わない。そんな条件で、しかも、数年単位で知人を待ってからなんだけど、良い?」


 ワッタは慎重に言葉を選んでいた。


「どうして?」


 アディは短く返す。不満の声は乗せていない。しかし、今までの冗長さとの対比、曖昧な単語から不愉快さを現しているのは分かる。

 彼女の交渉術なんだろう。

 

「俺はあなたに永遠の命を与えられない。だから、知人に頼んでみる。が、知人は遠くに会合に行っていて、いつ戻ってくるか分からない。申し訳ないが、それで飲んで欲しい」


「分かりました。合意します。ただ、この約束の保証を頂きたく存じます」


 ワッタはズボンのポケットに手を入れ、小さな丸い何かを取り出した。


「若さは無理だけど、持っているだけで、ほぼ不死になる道具。貸すよ」


 それをアディに手渡した。


「こんな物ではダメで御座いますよ。効果の程が分からないですし。私の支配下に入る件はどうなったのでしょうか?」


 助けてやれよ、カッヘルと思ったが、彼はまだ天幕を片付けていた。わざと作業を遅らせているな。



 ここで場の雰囲気が一変する。

 カレンが突然に激昂したのだ。


「ナベが嘘を言う訳ないの!! それが無いとナベはすぐに死ぬんだよ! なのに、そんな言い方、許さない!」


 空気が震える。カレンの背中に羽が生える。手には漆黒の剣が握られる。それは幅広で、森で遭遇した時とは違う剣だ。


「こらこら、カレンちゃん、魔物に合わなければ死なないからね。貸している間は引きこもれば良いだけだからね」


 ワッタの言葉はカレンに届かない。


「ナベ、安心して! この危ない人達、カレンが刺し殺してあげるから!」


「お前が連れて来たの忘れてない?」



 ワッタの呟きを終わる頃には、カレンの剣はアディの胸に深々と突き刺さっていた。


 呻き声さえ上げずに体を弛緩した状態でカレンに凭れ掛かっていたアディは、やがて口から大量の血を垂れ流す。

 赤い血を服に浴びながらカレンは剣を引き抜き、倒れたアディの首を上から垂直に入れた一刺しで断つ。



「アデリーナ様!!」


 絶叫したナタリアは、直ぐ様に魔法詠唱に入る。しかし、カレンの動きは早く、俺が認識した時には、既にナタリアの横腹を目掛けて、斜め下からの切り上げに入っていた時だった。


 極めて好運だったのは、そのタイミングでナタリアが剣に戻った事。カレンの攻撃で、高い衝撃音を立てて跳ね上げられたナタリアの柄を咄嗟に俺は握り、カレンから距離を開ける。



「止まれ、カレン!」


 ワッタの言葉は、その時だけカレンの動きを制した。更に彼は俺とカレンの間に位置取り、カレンの進撃を遮る。

 その隙に、カッヘルが抜き身の剣を持ってカレンに迫っていた。

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