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酔う

 カレンが歩いて戻ってきた。

 あれだけ輝いていた背中の羽は見えない。空を飛ぶ時にだけ光を落とすのかと思ったが、松明の光で顔が照らされる距離になって、半透明な本体さえ消えていることに気付く。

 出し入れ自由なのかよ。そうなると人間と区別が付かないな。



「家に入れたらダメなんだって!! もう信じらんない。寝るトコくらい用意してあげようよってお願いしたのに、外で良いだろって! 私のお客さんなのに! …………だから、ごめんね。こんな所まで歩いてもらったのに」


 頬を膨らませて明らかな不満顔だったカレンだが、最後に謝る時には本当にすまなさそうな表情を俺達にした。

 彼女も落胆しているのが見て取れて、ここまでの道中の徒労が口を出そうだったのを飲み込む。

 


 それはカッヘルやアディも同様だったのだろう。期待外れな話を聞いても顔色を変えなかった。


「いえ、お気になさらず。その気持ちだけでも感謝致しております。しかし、私はおばさんではなくお姉さんです。そこだけは非常に、とても至極、強く訴えます。お分かり頂けますか?」


 いや、アディは全く違うところに拘っていたんだな。そこまで執拗な指摘をしなくてもとは思ったが、譲れない一線なのだろうか。


「あー、お姉さんかぁ。そうだね、そっちの方がぴったしだね。ごめんね。カレン、頭が悪いから気付かなかった」


「いえ、理解して頂ければ大丈夫です。それに、私はもっと頭の弱いヤツを知っていますから」


「えー、大変だねぇ。よっぽどだよ」


「とても強いのですけどね。ごく稀に頼りになります」


「カレンも強いよ!」


 このエルフは負けん気が強いのか、好戦的なのか、アディの話に前のめりになった。

 

「どうでしょ? 本当にあの()は強いんですよ」


「えー、でも、カレンも強いんだから。ちょっと待ってて。机を持ってくるから。話を聞かせてよ」


「じゃあ、私達はお食事の準備を致しますね」


 カレンは走って去っていった。

 その間に、俺達はまた肉を焼く準備を始める。火を付ける為にナタリアも呼び出した。



「ねぇ、レオン。レオンは熟れた女性が好きなの?」


 その第一声は冷たかった。その背後にいるアディの視線も俺を刺し殺す勢いだった。話を戻すんじゃない。


「おかしいと思ったんだよね。私が迫ってもピクリともしないしさ。えー、マジでどうしよ」


 俺は無言で相手にしない。事態が酷くなることが自明だからだ。

 ナタリアはぶつくさ言い続けながらも、料理の手伝いをしてくれた。剣になる前は彼女が担当していた作業だから、当然に手際が良い。


 アディもマジックバッグから食器の類いや酒を出す。昼間の物とは違う新しい物で、どれだけの量が入るのだろう。そして、それだけ入るならカッヘルに荷物を持たさなくて良いだろと改めて思った。



 ナタリアが色々とやってくれる為に俺の手は空く。そこで、皆から離れ、自分の腕にナイフで深めの傷を入れる。痛みは我慢。

 そして、受付のカーラに貰った、いや、安く売り付けられた小瓶に血を集める。

 これ、手に入れたは良いが、中に入れるほどの血を出すのを躊躇っていたんだよな。



「ちょっ!? レオン! 自分の性癖をばらされたからって自殺!? ダメよ!! 強く生きて! 私もすぐにじゅっくじゅっくに熟れるから!」


 血止めの布を巻く前に、あらかたの準備を終えたナタリアに発見される。要らぬ心配までされた。


「そんな訳ねーだろ。ナタリアが友達を作るチャンスだと思ったから、いつでも人間に戻せる準備をしてたんだ」


 ナタリアは同世代の女を嫌う癖があるから、友達が少ない。それって良くないことだと思う。

 ちゃんとした倫理観を持つ者と仲良くなれば、俺に変なモーションを掛ける事もなくなるのではと期待しているのだ。

 よくよく考えると、その悩みが俺に血を流させる覚悟を与えるのだから、ずいぶんな事だ。


「はぁ? 余計なお世話よ」


 ナタリアがそう言いながら、俺の腕に手を挿頭す。みるみる内に傷が塞がり、痛みも消えた。無詠唱での治癒魔法。技量が前よりも上がっている。



 ナタリアが大声を出していたものだから、遠くにいたアディにそれの一部始終を見られていた。


「ナタリアさん、魔法が上手になられたのですね?」


「はい!」


 敬愛するアディに誉められてナタリアは喜ぶ。その幸せそうな横顔を見て、俺も嬉しくなる。

 が、その気分はアディの次の句で消える。


「……不審な点が御座います。もしも、カレンと戦闘になったら、事後の治療を頼みます」


 ……どういうことだ?



「私の魔力感知では、カレンの会話相手を把握出来ませんでした。恐らく、一芝居を打っているものと思われます。こちらからは仕掛けませんが、何が起こるか分かりません」


「……はい。私も剣の身でしたが、同じ様に感じていました」


 カレンは誰かと話している雰囲気であったが、確かに相手の声は聞こえなかった。それが魔力的にも存在しないと判別されるとは……。

 アディの魔力感知がどの程度の感度なのかは知らない。しかし、あの光の槍を作る魔力を持っているんだ。姉ちゃんくらいに優れた物でもおかしくない。つまり、絶対的に信用して良いレベルと推定しよう。



 あらためて不審な存在となったカレンは、粗末な机を運んで来て、俺達の傍に置く。たまにその脚を土に引っ掛けながらで重そうだった。敏捷性は抜群だったが、腕っぷしは見た目通りに華奢なのだろう。



 俺達は警戒しているつもりだった。

 少なくとも食事の途中までは。



 いつの間にか、普通の飲み会になっていた。原因はアディ。最初はチビチビ飲んでいたのだが、途中から加速をし出した。自ら注いだ酒をグイグイと煽っていく。結果、今はベロンベロンだ。


「若さってさー、いつまでも続かないのよ! 分かってるの!?」


 今はお説教モードだ。ナタリアとカレンを前に延々と説いている。

 それはつまり、彼女にとって若さがもう手に入らない憧れの発露であって、二人に語ることにより自分を慰めているのだ。と、俺は思った。


「はい! アデリーナ様!」


「私は早くお酒飲みたいから大人になりたいよ。アディみたいなおばさんになりたいかな」


「お姉さん! まだ30になってないんだから!」


 なお、俺とカッヘルは巻き込まれたくないので、二人で静かに飲んでいる。たまに目が合うが、特に口を開かない。



「でもね、ずっと外見がそのままのヤツがいるのよ! それって不公平だと思わない!?」


 アディと同じ竜の巫女の姉ちゃんだな。あと、フロン姉さんも昔から姿が変わっていないって、師匠が言っていた。


「私も知ってます。あんなのずるいですよね! ずるい。うー、ずるいよぉ。うー、うぐぅ、うぐっ」


 ナタリア、泣き上戸なんだよなぁ。

 冒険者連中で飲んだ時は、それを合図に解散していた。しかし、今日は帰るところがないので、そのまま続行である。


「ギャハハ、見て見て、カレン! ナタリアが泣いてる! ギャハハー」


 アディは笑い上戸か。泣いている者を笑うのは趣味が悪いと思うが、酒のせいだから仕方がないのか。


「ナタリア、あなたが泣いてるとね、出会った日を思い出すわ! ほら、あなたが毒を盛って自分で飲んだ日よ! ギャハハー」


 ……何だ、それは。ちょっと興味がある。あと、アディ、それで大笑いって本当に性格を疑うぞ。



「こえーよな。……早く帰りたい」


 聞き耳を立てていた俺にカッヘルが呟いてきた。


「酒の魔力だな」


「言っとけ、アホ。ほら、レオン、食べ頃の肉をやろう。滅多に口に出来ない特上品だぞ。遠慮無く食っておけ」


 その特上な肉がゴロゴロあるぞ。


 残念ながらカッヘルのせいで詳しい話は聞けなかった。もう別の話題に入っていた。

 ナタリアが剣に戻って話が途切れたのも原因である。カレンが瓶から俺の血を掛けてくれた。数回目にして、もう慣れた雰囲気で驚きもしない。



「えー、ナタリアもバンディールの人なの!?」


「そうよ。あなたも? うぐう、うわーん。あー、悲しいのを思い出したわ。私の家は貧乏になったから、うぐ、奴隷に売られたの……」


 いつもは強気のナタリアも酒を飲むと辛い過去を思い出してしまう。


「えー、私も! 私も奴隷だった! 私は自分から奴隷商に買って貰ったのー。銅貨数枚の値段だった! 酷いよね!」


 カレンが元奴隷だと?

 しかも、完全に捨て値。その奴隷商に見る眼がないのでなくて、憐れみで出す値段だ。カレンの外見的な器量からしても、そんな事はあり得ないだろ。……俺と同じ様に誰かの配慮が有ったのか。


「カレンはナタリアちゃんと友達になりたいなー。良い?」


「うぐぅ、ぐすん、うん。……良いよ……」


 初めてナタリアに同年齢の女友達が出来たかもしれない。微笑ましい。


「まぁ、失敬よ、失敬!! 私にも同じことを言わないのは失礼でなくて、カレンさん!?」


「アディは友達っていうか、お姉さんかなー。もちろん、仲良くしようね」


 巧い返しだ。

 おばさん発言の失点を取り戻せたのではないだろうか。


「まぁ! 合格! あなた、私の下で働きません? ギャハハ」


 アディも満足しているようだ。



「そろそろ、アディの寝床を作るから手伝うか?」


 カッヘルに誘われる。腹も満足して、俺が暇しているのを見透かされたな。


「ああ」


 カッヘルの大鞄から取り出した簡単な天幕を張る。俺達が知っている物とは違って、だいぶ軽いがこれを背負って歩いていたのか。俺は正直にその驚きを伝える。


「部下はもっと歩くんだぜ。上司がその苦労を知らずにどうするんだよ」


 ニヒルに答えたが、俺の質問は彼の気持ちを良くしたようで、嬉しそうだった。



「ギャハハ、ギャハハ。あー、森の甘露が食べたい。食べたいで御座いますよー!」


 戻ってくると、アディは本来の目的に言及していた。……これ、あれだな。酔ってる振りをしていたのかもしれない。

 でも、甘露は飲むものだと思う。


「えー、何それ? 美味しいの?」


 残念な答えをしたカレンを見てしまう。

 その横にいたはずのナタリアは剣になって、椅子に置かれていた。瓶の血がなくなったのだろう。


「永遠の命が欲しいなー。衰えない若い体が欲しいなー!」


 アディは陽気に大声で露骨にそう言う。酔っていて欲しいと祈る気持ちだ。正直な心の叫びに思えたから。人の欲望は余り耳にしたいものではない。


 結局、カレンは甘露については何も知らない様子であった。



 やがてカレンがテーブルに顔を置いて眠りだし、アディはカッヘルの案内で張ったばかりの天幕に入る。足取りはやはり酔った人間のそれでは無かった。



 俺はナタリアを腰に戻してから、散らかった串や瓶の片付けに入ろうとする。


「まあ、もう少し飲もうぜ。鬼も寝たしな」


 カッヘルが深く椅子に座って、酒瓶をこちらに見せてくる。

 どういう関係かは知らんが、王国軍の軍団長であるカッヘルよりアディの方が立場が上だとはよく分かる。

 さっきまで彼は気が休まらなかったのだろう。その分、今は完全にリラックスした様子だ。


 俺はテーブルの上の瓶を取り、カッヘルの瓶にぶつける。


「夜はまだこれからだな、カッヘル」


 俺も椅子へと戻る。しかし、隣にカレンが突っ伏したままだが、どうしたものか。夜空の下に放っていては風邪を引いてしまうが、来るなという洞窟を探すのも抵抗があると悩んでいると、不意に彼女に布を掛かる。


 俺も酔っていたのだろうか。全く気付かなかったが、カレンの背後に若い男が立っていた。


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