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向かう

 話をゆっくりする為にカレンは家に行こうと言う。見知らぬ者、しかも、人間ではない物の住み処に準備もなく向かうなど普通なら選ぶべきでない。

 しかし、俺達の目的はエルフが集める甘露であることから、それがある可能性の高いその場所へ行くことをアディは了承した。

 危険と興味を天秤にかけた結果、俺も彼らを止めることはしなかった。



 森のエルフであるカレンは空を飛びながら、俺たちを道案内する。

 鬱蒼とした森では空が見えにくい。近くを飛んでくれている、木々の上にいる彼女の魔力を頼って、方向を確かめる。



「んだよ、レオン。お前、ちゃんと魔力を拾えてるのかよ。嘘を付くなよ、このタコ」


 迷い無く進む俺を訝しんだカッヘルに説明してやると、俺の後ろを歩くのはそのままに、悪態を付きやがった。


「済まなかった。しかし、あの時は距離があって分からなかったんだ。使えないって言った方が割り切れて戦えるだろ」


「お前が部下なら殴っていたぞ。上官には正しい情報を入れろってな」


「あんたの部下にだけはならないように気を付けるさ」


 適当に返しながら、俺は振り向く。別にカッヘルに謝るわけではない。アディが付いて来れているかを確認したかったのだ。


 うん、大丈夫。


 竜の巫女という汚れ仕事は苦手そうな高貴な職に就いていると言うのに、アディは文句も言わず、苦にもせずに、黙々と森を歩いている。

 大した女性だ。年頃的にはもう子供を産んでいてもおかしくない歳に見えるが、どうなんだろうか。

 ナタリアもあんな落ち着いた大人になって欲しい。馬車の運転だけは、今のナタリアの方が良かったが。



「これだけ森の深部に来たってのに、魔獣の一匹にも遭遇せんとはな」


 カッヘルの疑問は俺も感じていた。

 恐らく、遭遇しない様にエルフが誘導しているのだろう。そんな気がする。昔話では森の管理者だからな。


「どこまで連れていこうとしてんだよ。おーい! 聞こえるか! 休憩すんぞ、休憩!」


 カッヘルは上に叫ぶ。

 それに応えてカレンが木の枝を掻い潜って下りてきた。



「オッケー。カレンもお腹空いたよ。何を食べさせてくれるの? カレンはお肉が好き」


 呑気な声だ。アディから攻撃された事を何とも思っていない。


「ちょっと狭いから、広くするね。頭を下げておいて」


 カレンは俺達にしゃがむ様に行ってきた。素直に従い、言われる通りに彼女の横にした手よりも頭を低くする。カレンは小柄だから腕の位置も低く、体の大きいカッヘルはちょっと無理した姿勢をしないといけなかった。



 さて、彼女が何をするのか注目する。

 何も持たない手に突然に現れた剣を水平に構え、カレンはその場で素早く、くるりと一周する。それと共に突風が発生し、周りの木を纏めて切り倒した。遅れて、風に圧された為か、それぞれが外側へと倒れる。


 ミーナが森を切り裂いたのと同じ様な技に見えた。鎌鼬と呼ばれる風の刃。剣先から魔力を出して、そんな物を出したのだろう。

 先程の戦闘でこれを使われていたら、俺達は全滅していたかもしれない。



「じゃあ、ご飯にしよう」


 剣を消したカレンは満面の笑みで俺達に言って来る。


 驚きは表にしない。カッヘルもアディも、それが普通かの様に食事の準備に入ったからだ。今の様な信じがたい技も、彼らにとっては日常なのだろうか。


 テーブル代わりにした切り株の切断面は磨かれた板かの様に滑らかだった。魔力の特性違いかもしれないが、ミーナの嵐の如くの乱暴な技よりも洗練されていた。



 簡単な携帯食で済ませる。

 先を急ぎたいからだ。夕暮れが近付いている。


「カレンさん、お酒は如何で御座いますか?」


 しかし、食後にアディが気楽に訊いた。


「えー、ダメだよ。カレン、まだ大人じゃないから飲んじゃダメって言われたもん」


 アディはそれを聞いて、軽く謝る。


 俺達は今の発言からカレンに仲間がいることを確認した。あれだけの素早さと戦闘力を持つ種族が集団でいるのなら、非常な脅威である。なるべく敵対しないように気を付けなければならない。もし間違って人間全体を敵だと見なされたら、抵抗らしい事も出来ずに、街さえも滅んでしまうだろう。


「そうでしたか。不用意な申しで、大変に失礼致しました。ところで、カレンさんは私達の言葉がよく理解できるのですね?」


 ……アディ、鋭い。

 強大な影響力を持つ王国の言葉は近隣の他国においても共通語として使われるが、ここは新大陸。カレンが俺達と同じ言語を自由に扱うのはおかしいと感じていた。


「えー、普通の言葉だよ。そりゃ、普通に使えるよ」


「いえ、異国の方かと勘違いしただけで御座います。ここは海で離れた新大陸ですから。王国の方だったので御座いますね。失礼ですが、お生まれはどこでいらっしゃるのですか?」


 アディは更に質問を重ねた。


「ナバルの村だよ。バンディールにある小さな村だけど知ってる?」


 ……村名は知らないが、バンディール? シャールの隣の地域で、師匠の里だ。こいつ、本当に旧大陸の出身だったのか。

 しかし、それにしてはこれだけ他人と隔絶した場所で暮らす意味が分からない。




「そうでしたか。野山が綺麗な所ですね。お野菜も美味しい」


 そう言っておけば、大抵の村を誉めることが出来るな。


「うん!」


 アディはそこで話を終えた。



 日が暮れても歩き続ける。魔動式松明で照らしながら先へと進む。

 俺はアディに感心していた。


 敵を欺く必要のある軍人ならいざ知らず、夜の森を歩くなんて、慣れた冒険者でも難しい。道にも迷いやすいし、足下も不安、何より夜行性の魔獣が恐ろしい。結果、疲労も数倍増しになるものである。

 なのに、アディは全く不満も疲れも口にしない。仮に彼女が冒険者になっていても大成していただろう。

 だが、その尋常でない忍耐強さから、それだけに彼女の力が欲しいと言う願いが強いのだとも推測できる。



 突然に森が開ける。目の前には、月明かりで照らされた岩肌の崖があった。


 先頭を歩いていた俺の横に、ふわりとカレンが舞い降りる。


「お疲れー。あそこの洞窟が私たちの家だよ」


 暗くて見えないが、指差す方向にあるのだろう。


「中に入って良いか、訊いてくるね」


 カレンは軽やかに走って消えていった。



「……場合によっては、アレと戦えって言うんですかね?」


 静かにカッヘルがアディに尋ねる。


「うふふ。軍人の血が騒ぎますか?」


「いえ。俺じゃ勝てそうにないですよ。何とか交渉で」


 カッヘルの太刀筋は見ていないが、あの構えだけでも相当の技量を感じた。性格としてもふてぶてしい。なのに、この弱気な発言。やはり彼にとっても、カレンとやり合うのは手間なのだろう。



 草むらで鳴く虫の音に混じって、遠くからカレンの声が聞こえた。誰かと話しているようだ。


「えー、いいじゃん。ケチ。折角、来てくれたのに追い返しなんて、カレンには出来ないよ」


 ……ふむ、誰かと相談して断られたのか。


「でも、3人だよ。3人」


 話し相手の声は全く聞こえない。小声でしゃべっているのか。それともカレンの声が大きいのか。

 ……あえて聞こえる様に喋っている? いや、カレンにそんな悪知恵は感じなかった。


「知らない人。おっさんとおばちゃんとナベくらいの人の3人。えっ、誰って、知らないっていたじゃん」


 ナベ? 人の名前だろうか。



「カッヘル……。おばちゃんって私の事でしょうかね?」


 殺気を含む程に、アディの声が冷たい。


「ど、どうなんでしょうか。俺には図りかねます」


 図らなくても分かるだろ。この中で女性はアディ一人だぞ。

 おばちゃんって歳には見えないが。


「何故でしょうか。思っきり剣を振るいたいと思ってしまいました」


 そう言って、彼女は拳を握ってボキボキと鳴らした。


「だ、大丈夫です! アデリーナ様は今が全盛期です! 今が女盛りのピークだから大丈夫ですって! なっ、レオン!」


 カッヘル、それは同意したくないぞ。

 怒りに油を注ぎに行った様なものだ。もうすぐピークを過ぎるって事だろ。失礼過ぎる。


「何を言っている、カッヘル。アディはまだ熟れていない。食べ物と同じ様に、腐りかける寸前が一番良いに決まっている」


 正解はこれだと思ったが、アディに強く睨まれたので、俺も不正解だったようだ。

 たぶん、模範解答は無い。


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