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放つ

 俺はアディ、カッヘルと共に森を歩いていた。ここは親っさんの開拓地を、更に進んだところになる。



 竜の巫女であるアディが、遙々(はるばる)と新大陸を訪れたには当然、目的がある。


 彼女は強大な力を欲しているとカッヘルは俺に教えてくれた。その理由までは俺に明かさなかったが、王国に反旗を翻す為だと、彼らの言外から感じている。



 新大陸は発見されてまだ数年であり、人が到達している範囲も限られて、この陸地がどこまで続くのか、それさえも誰にも想像できないくらいである。果てが無いのかもしれないとまで言う学者さえいるらしい。


 だからこそ、大小様々な新しい驚異が此処にはある。

 強大な魔物であったり、珍味であったり、魔法金属の鉱脈であったり、未知の効能を持つ妙薬であったり。


 旧大陸の貴族に雇われた冒険者が奥地を探索したりもする。そこまでの腕となると、ただ単なる冒険者でなく、各地のギルドでもエースクラスの者達になる。目指してはいたが、俺は全くその領域には達していない。

 シャールを拠点に活動している冒険者であれぱ、大剣使いのミーナ、元近衛兵と噂の神速パウス・パウサニアス、聖職者から転職したらしいデンジャラス・クリスラと言ったところが該当するだろうか。



 あの後、カッヘルに面白い話は無いかと訊かれ、俺は夜空を飛行していた森のエルフについて話した。その妖精が集めている、飲んだ者に永遠の命を与える森の甘露の昔話はアディやカッヘルも当然に知っていて、彼らの興味を強く惹いた様である。

 だから、ここの探索に来ている。



 森を進むのは獣道を辿るのが一般的である。土が剥き出しの地点では、その道を使っている獣が安全な動物であるかを確認する。草食動物と肉食動物の違いなんていうのは、鉤爪の有無で大体の判断も出来る。木の幹のマーキングなんかもチェックする。ある程度のコツと知識が必要だから、これらの作業に慣れていない冒険者だと、かなり速度を落とすことになる。知らない連中だと、早々に死ぬ。


 この森では行われていないが、火炎魔法なりで森を大規模に燃やす方法も街から離れた場所では使われる。しかし、焼け出され、混乱した魔獣や魔物が一斉に飛び出してくる(おそれ)もあって、それなりの覚悟と戦力が必要となる。



 また、当初は獣道であっても、幾人も繰り返し通ると、草や土がは踏み固められて、それなりの道となってくる。

 ただ、人も獣の一種とする考え方からすると、その道も獣道と変わりはないのかもしれない。


 そうやって出来た森の道の終着点は薬草や珍しい果樹の群集地である事が多いある。貧しくてひ弱な冒険者のヒヨッコどもが、日々の金を稼ごうと通い続けるからである。


 ごく稀に街へ帰らずに、その周辺に住居を構える者も少なからずいる。森の恵みとして食を得られる環境なのだから、金が必要な街よりもよっぽど住みやすいとの判断である。


 しかし、それは誰でも頭に浮かぶアイデアである。なのに、その住み易いと思った地点に先人が居住していない事を、そいつは疑問に思わなかったのだろうか。

 無知は不幸である。彼らは新大陸での経験が浅く、ここの森の中では人間は捕食される側である事実を知らないまま、この世を去った。


 とは言え、ギャンブルと同じ様に不幸なヤツの裏には幸運なヤツがいる訳で、魔獣の襲撃がないままに村になった所も存在する。そうなると、馬車を通したくなる要求も出てきて、そこへと繋がる道も幅が広がる。公式的な地図がないから、その数や散在具合いは知らない。



「おい、レオン。そろそろ休憩にするぞ」


 先頭を歩む俺の後ろからカッヘルがだらしない声を掛けてくる。しかし、それにも事情があって、彼は特大の背負い鞄にいっぱいの荷物を持たされているのだ。

 むしろ、その状態でここまで付いて来れた事を誉められるべきだと俺は思う。


 鬱蒼とした森の奥に日差しがある所が先に見える。そこは大木が寿命を向かえ、更に月日が流れて遂に倒壊した跡地で、その木がなくなった分、ぽっかりと青い空が覗いている。

 葉が枯れても、多くの枝や宿り木で光を遮っていたので、その近くは草も少なく休みを取るにはうってつけの場所なのだ。

 カッヘルの目にも入って、先程の発言になったのだろう。



「森には慣れている様だな」


 カッヘルが椅子代わりに座っている鞄は、下ろした際に地面を少しばかり振動させたほどの重量物だ。彼は見た目以上にバワーがあるみたいだ。


「あぁ、生まれが森の中の村だからな」


 乾いた枯れ枝を乱雑に重ねる手を止めないまま、俺は答える。焚き火の用意をしている。

 ある程度の山になったところて、火起こしの代わりに、ナイフで指先に傷を作り、剣に血を一滴だけ垂らす。



「じゃじゃーん、ナタリアで御座います」


 腰に手を当てつつ胸を張った状態で出てきた。テンションが高い。


「何回見ても、スゲーなぁ」


 カッヘルは言いながら、枯れ枝を折ってから放り投げ、俺の焚き火用の盛りの助けとする。


「いつもすまんが、火を頼む」


 ナタリアがいることにより、火起こしの手間と心配が不要なのは、こういった探索の旅では、かなりの利点である。


「はいな、お任せあれー」


 そして、アディとカッヘルが周りにいることにより、ナタリアの異常にも近い、あけすかな性的言動も抑制されている。恥ずかしいからだろう。あんなもの、他人に聞かれたくないものな。

 しかし、何とも気が軽くて素晴らしい。



 パチパチと心地よい音を立てながら、木から炎と煙が立ち、周囲の地面に挿した肉串から香ばしい匂いが放たれる。


 アディは肩掛けの皮製鞄から瓶を取り出す。目を疑った。明らかにそんな大きな物が入るサイズでなくて、ナタリアの手の平ぐらいの円型鞄からだったからだ。

 ラベルを読むに酒のようだ。麦の発泡酒。


 マジックバッグか。それも相当に良質なものだ。そう思ったのは、酒瓶が冷えている証拠の結露を確認した為。温度さえも保持してやがる。

 黒にも近い瓶の蓋をポンと開け、続けて出した4つのガラスコップに、黄金色の酒を泡とともに注いでいく。

 そんな良い鞄を持たせているのに、何故、カッヘルは重い荷物を持たされているんだ。


 俺はカッヘルに疑問の視線を送ったが、目を臥せられた。……修行なのか……。それくらいしか理由が思い浮かばない。



「では、再会に乾杯」


 アディの慎ましい音頭で、カップを軽く掲げて、皆で口に含む。


 ……旨い……。

 何だ、これ? 今までの酒がドブ水だったんじゃないかと思うくらいの香り高さと喉越しの良さである。



「こんなにも早くナタリアを発見できて良かったで御座います」


 淡々とアディは言うが、しかし、その後ろに俺は慈愛を感じる。


 アディ達が新大陸を訪れた目的は力を得る事だけでなく、ナタリアの捜索も含まれていた。これは、アディと同じ竜の巫女であるフロン・ファル・トール、つまり、ナタリアの姉貴分であるフロン姉さんの願いであったのだ。



「あの雌猫がナタリアに異常があるって騒ぐもんだから、どうしたものかと思いましたよ」


 雌猫とはフロン姉さんの事だろう。

 あの人の冗談は全てセクシャルだから。それにしても、同僚からもこの酷い言われ様とは、フロン姉さんも自重を覚えないといけないのではないだろうか。


「うふふ、フロン姉さんと私は不思議な力で結ばれているのかな」


 ナタリアが嬉しそうだ。なお、結構な頻度で剣に戻るので、それに合わせて俺は血を付けないといけない。



 さて、俺は今のアディの発言の中に疑問が感じていた。

 ナタリアが剣になったのはここ一ヶ月ちょっとの話である。アディはシャールにいるのだから、シャールから王都近郊の港、港から新大陸といった移動を行うには時間が足りなさ過ぎる。



「転移魔法で御座います。職業柄、極めて優れた術士にも知り合いが居ますので」


 本当にアディ、いや、ここはアデリーナ様と呼んでも良いだろう、この人には驚かされる。本人も自覚しての発言だろうが、並大抵の術士では不可能。王宮魔術師でも如何にというレベルじゃないか。


「レオン、これは秘密なんだが、デュランの聖女であるイルゼが協力している」


 凄い……。聖女の転移は神にも匹敵すると噂を聞いたことがある。竜の巫女ともなると、全くの私用であっても、そんな王国を代表する偉人が願いを叶えてくれるのか。


 いや、違うな。ナタリアは序でで、何らかの力を得るという目的の方がアディ達にとっては主なのだ。となると、聖女さえも国を裏切ろうとしている可能性が高い、か……。



 危険な香りがする。俺は黙るしかなかった。余計な発言は互いに困ろう。


 火傷に気を付けながら串を握り、肉を頬張る。

 これも絶品の旨さだった。


 実力やコネがあれば何でも出来る世界。この肉の味を知らないまま死んだエスリを想う。


 空を見上げる。雲が一つもない青い空。

 貴賎なく平等で、何物に対しても自由な存在。あの向こうで彼女は大槌を肩に置いて笑っているだろうか。



「何か有るのか? それとも、酔ったのか?」


 カッヘルの声がして、俺は辛気臭い思考を止める。


「空が綺麗だから見ていただけだ」


 いつか師匠が吐いたのと同じ言葉が口を出た。


「……お前、自分の発言に寒気を感じないのか?」


 あん? どういう意味――あっ!?


「おお! レオン!? あれかっ!? 今、飛んでたヤツが森のエルフか!?」

 

 カッヘルも気付いた様で、たった今、青い空を緑の服を着た女が横切った。


「そ、そうだ! 今は確認できなかったが、背中に光る羽があるはずだ!」


 慌てて立ち上がる。あの速度だ。すぐに居なくなる。どこか高台に上がって、飛んでいく方向だけでも掴んでおきたい。



「私も拝見致しましたよ。確かにエルフかもしれませんね」


 アディは食べ終えたばかりの串を矢に見立てて、弓を引くマネをする。

 串に魔力が込められて光り始め、それが十分に溜められたところで発射された。


 攻撃か? 見た目によらず大胆な人だ。

 使ったのが無詠唱魔法なのは、この人の実力なら当然だろう。


「ちょっ! 襲ってきたらどうするんですか!?」


「そうであれば、捜す手間が省けて、素晴らしい幸運で御座いますね」


 焦るカッヘルに対しての冷たい眼差しは、あの日と同じだった。


「その通りですね、アデリーナ様! 素敵です。最高です。それでは、また、後ほど!」


 アディを無条件で褒め称え終わったナタリアは剣になって、地面に転がった。

 これを持って戦えと、お前は俺に言うんだな。


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