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重ねる

 その無精髭の男と路地裏に向かった時には戦闘を覚悟した。そして、俺は師匠の教えを反芻する。


 ″剣の道は愛の道、剣の道は愛の道、剣の道は愛の道……剣の道は愛の道″


 小声だったものの、少しだけ男に聞こえたのか、怪訝な顔で振り向きやがった。

 ふん、剣の極意に至ろうとせず、殺傷の道具としてしか考えない軍人には理解できないであろう。



「わりぃ。ちょっと……なんだ、んー、正直な、怖いから黙っていてくれるか」


 理解できないのはまだ良いが、その言いっぷりは、なんて師匠に失礼なヤツなんだ!!


「どこに連れて行こうとしている?」


「愛の道で無いことだけは確かだ」


 男はそれっきり喋らずに路地裏を抜けて、筋違いの大通りに出た。そして、そこに待たせていたのであろう箱馬車の傍で立ち止まる。


 茶色いコートに身を包んだ御者が既に手綱を握って待機していた。頭まですっぽり布で覆っており、角度もあって顔は確認できないが、小柄な雰囲気と肩の丸みは隠せておらず、その御者の性別が女だと容易に分かった。


「乗ってくれ」


「何も説明なしにか? 都合が良すぎるぜ、おっさん」


 俺の返答に、男はポリポリと頭を掻く。


「敵じゃない。馬車の中で話すさ。いや、話せないか……。無理だよなぁ」


 どっちなんだよ。

 しかし、俺は男に敵意がないことは十分に読み取れた。有るのであれば、先程の路地裏で襲って来ていただろうしな。


 質素なキャビンに乗り込み、両サイドに沿って設置された木製の椅子に腰を置く。

 男は俺に遅れて乗り、両開きの扉を中側から閉めた。それから、当然に俺とは逆サイドに、正体する形で座る。


 馬が軽く嘶き、滑る様に動き出す。

 その走り出しから御者の腕の良さを感じた。



「じゃあ、喋れよ」


「そうだな。俺は――」


 男はそこで喋れなくなった。俺もだ。

 突然の馬車の急加速。罠だったかと思い、剣を抜こうとするも、男の諦め顔を見て止めた。



 同時に響く、女の狂い声。


「ギャハハハ、ギャハハハー!! 走れ! 走れっ!! 走れー!!! おら、どっけー!! 飛べぇーーっ!!! ギャハハハー!!!」


 新大陸には馬車を作製する工房や職人が少なく、ほとんどが旧大陸から輸送されたものである。だから、高価だし、壊れても素人の修繕で終わる。

 ナタリアが剣になる直前の仕事で乗った馬車も継ぎ接ぎだらけだった。


 だから、こんなに乱暴な運転をするヤツなんていねーよ!


 激しく体を揺さぶられる。キャビン内を転がり回りそうになるが、男が必死な顔で堪えている為、俺も全身に力を入れて踏ん張る。

 意地でも無様な姿を見せたくない。



「やるかっ、オッラッ!! 私は自由!! 満喫するのよ、この自由を!! だから、自由な空まで飛べ、つってんのよぉーお!! ギャハハハーハハハー!!!」



 馬車が止まった頃には、俺は放心状態だった。それは目の前の男も同じか、それ以上で、口を押さえて下を向いていた。

 見ていられずに、俺は背中を擦ってやる。


「す、すまん。本当に、助……かる……」


 弱々しく礼を言われた。しばらくしてから、お互いにフラフラながら外へと出た。

 そして、何故か御者女が先導して、石造りの立派な建物へと案内された。


 男同士の俺達は互いに肩を貸しあって歩んでいる。出会ったばかりだが、既に戦友になった気分だ。



 殆んど記憶にないまま、俺は細かな装飾の入った華奢な椅子に座っていた。

 隣には無精髭の男が、まだ回復しきっていない状態で背もたれに体を預けていた。


「お久しぶりで御座いますね」


 コートを脱いだ御者は、見事に煌めく肩までの金髪を揺らしながら、カップを運んできた。


 俺は驚愕した。この人を知っている。

 より一層、大人の雰囲気を醸し出しているが、この人は姉ちゃんの同僚の竜の巫女。ナタリアを奴隷から解放した恩人でもある。


 声が震えそうになるのを抑えて、俺は挨拶をする。


「レ、レオン・ハウエルです。こちらこそ、お久しぶりです、巫女様」


 道中の狂い笑いの主が眼前の女性である事も忘れて、緊張していた。


 よくよく考えると、この人は王国軍人が土下座している前でも冷笑できる、怖い人なのでもあった。まともに口を聞いたのは今日が初めてで、もしかしたら、あの出来事は俺の勘違いで、見た目通りに優雅な人なのかもしれない。

 ……いや、違うな。あの馬車の運転は勘違いしようがないだろ。



「えぇ、覚えていますよ。だいぶ大きくなったので御座いますね。あと、すみません。ご覧の通り、今は巫女服では御座いませんので、巫女ではなくアディとお呼び頂けたらと存じます」


 確かに仰る通り、巫女様は冒険者風の軽装だ。何かの事情でお忍びなのだろう。

 お名前も隠しておられることから間違いない。ナタリアがよく言っていたから、彼女の本名がアデリーナ様だと、俺も存じている。


「はい、アディ様」


「アディで宜しい。では、カッヘル、レオンに説明なさい」


 アディ様、いや、アディは別の部屋へと移っていった。閉じられた扉の重厚さが、この建屋の格式の高さを物語っていた。



「すまんな、坊主。街中だと誰が聞いているか分からんから説明できなかった。俺はペルレ・カッヘル。王国の王直属軍の一団長を担当している。宜しくな。済まないが、フォーストネームは家族にしか呼ばせないことにしている。カッヘルと呼ぶが良い。それから、俺に対しては敬語は要らん。むず痒い。タメ口で構わんからな」


 予想通り、軍人か。しかし、シャールの竜の巫女に何故、遠い王都の直属兵団長が?

 普通の旅なら二ヶ月は優に越えるくらいの距離だぞ。



「お前、アデリーナ、あっ、すまん、アディの事をどの程度知っている?」


「姉ちゃんの先輩の竜の巫女で、昔に幼馴染みを助けて貰った事がある。あと、これもその当時の話だが、王都の兵を土下座させるくらいには豪気な人だ」


 それを聞いて、カッヘルはまた頭をポリポリ掻き始めた。


「……色々と衝撃的だが、まずはお前の認識を問いたい。アディの職業は? いや、あれ、職業なのかな」


 何回も言わせるなよ。


「竜の巫女だ」


「……ふむ。正解だ。それで行こうか」


 含みのある返しだが…………。

 そうか、竜の巫女とは別に、他人に隠している裏稼業みたいな物があるのだな。あの馬車の運転は異常だった。あれが傍証だ。


 だとすると、自由を求めている叫びもあったが、何だ?


 はっ!? 王国からの自由か!?

 国王に逆らう拳王とか言う奴がどこかの国に居ると聞いたが、そいつと手を組んでいるのか!?



「ところで、坊主、時勢には疎いか?」


 ここで、その質問……。俺の予想は当たったな。


「いや、それなりには分かっているつもりだが」


「……基本中の基本だと思うが、今の国王の名前は?」


「アデリーナ・ブラナン女王だ。アディと同じ名だな」


 よくある名前だ。それに、俺はアディがシャールの神殿に今も勤めている事を知っている。王とは別人だ。

 皮肉なものだ。同名同士で争いが起こるのか。


「……オッケー。それで行こうな」



 カッヘルは次の質問に移る。


「お前の言う姉ちゃんの名は?」


「ノノン村のメリナ」


 カッヘルの表情が張り付いた。が、すぐに気を取り戻す。


「……やっぱり、あの娘かよ……。そりゃ、まぁ、そうだよなぁ、ノノン村出身なら十分にあった可能性か……。ちなみに、それって、実の姉?」


「あっ、いや、すまない。実家の隣に住んでいたという意味での姉ちゃんだ」


 それを聞いたカッヘルは、明るい表情になった。


「若干ホッとしたぜ。二度とビビらせるな」


 姉ちゃん、名前を出しただけなのに、王都の軍団長の血の気を退かすなんて、本当にスゲーなぁ。俺とはレベルが違う。


「なら、今は親しくないな」


「つい最近、手紙を書いた。小さな村だから家族みたいなもんだぜ」


「あー、聞きたくない、聞きたくない。坊主、次に手紙を書く時があっても、俺には触れるな。良いか、分かったな。……これはお願いです」


「……あぁ」


 こいつは俺と同じだ。

 姉ちゃんを恐れる余りに逃げたい気持ちを少しも隠そうとしない男に、俺は自身を重ねる。



「あとな、これは質問とは違う。その土下座していた兵って言うのは、たぶん、この俺だ」


 えっ!? あっ! 確かに似ている!!


「お前、あれだな。大きな鳥に食われたヤルカーを救って連れてきたガキだろ? 俺は思い出したぜ。面影が残っているな」


「マジか!? えー、あのおっさんかよ! 懐かしいな、おい! おっさん、おっさんのままじゃん!」


 幼い頃、王都とシャールの間で内乱沙汰になった時に、王都兵が俺の村にも攻めてきた。姉ちゃんの母ちゃんが魔法の一撃でそれを撃退したことを思い出す。


「お前、トンでもない驚きをしやがるな。あの時はまだ結婚前のお兄さんだったろ。しかし、うわぁ、あの子供がこんなに大きくなるんだな。俺も歳を食うはずだわ。あと、あの時のガキがタメ口で喋ってくるの、何かショックだわ」


 その後、俺達は昔話で大いに盛り上がる。

 姉ちゃんの母ちゃんのヤバさとか。

 カッヘルはあの事件がトラウマで姉ちゃんだけでなく、姉ちゃんの家族をも恐れているらしい。



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