探す
ひどく深くて、どれだけ落下したのかは分からない。鞘に入れた剣で壁を削って減速を試みたが、それが幾ばくか効果があったと信じたい。
何にしろ命があっただけでも幸運で、ナタリアの回復魔法が無ければ、俺達はここで朽ちていただろう。
周囲は青白く光る不思議な石に囲まれていて、視覚は生きている。これも、かなりの本当の幸運だ。
追われてでなく、自分の足でこの光を見ていたなら、俺は感涙していたかもしれない。冒険者でなければ決して見る事のできない不思議な光景を目にしたことになるのだから。
「さいあくー。やっぱり、あいつら、魔法で殺しておいた方が良かったー」
ナタリアが落ちてきた先、上方の穴を見る。俺も釣られて目を遣るが、真っ暗だ。雨の日の夜空の様に何も見えない。
「ナタリアな、女の子が殺すとか言うのは良くないぞ」
「はあ? あのクソ女なんか、毎日言ってるじゃん。レオンはあんな感じのが好きなんでしょ?」
ナタリアが言うクソ女って言うのは、田舎で俺の隣家に住んでいた姉ちゃんの事だ。ナタリアとは仲が悪い。いや、ナタリアが一方的に嫌っている感じだ。
「姉ちゃんは特別におかしいんだよ」
「ほらほら、レオン君はお姉さまが大好きですね。はん? 死ねば」
ここまでナタリアが姉ちゃんを嫌う理由は知らない。ただ、ナタリアは元奴隷。それで俺の村に来るまでに世話になった家があるらしく、そこの関係だとナタリアから姉貴分らしい人を紹介されたことがある。軽妙な言葉使いの女性で「吹き飛べ、倫理観」もその人から教わった。
で、そのナタリアの姉貴分と姉ちゃんの折り合いがよろしくないと、エロい服を来た、これまた姉ちゃんの別の知り合いが言っていた。うん、ややこしい。姉ちゃん関係はややこしい。
「姉ちゃんは好きとか嫌いとかじゃなくて、憧れなんだよ」
そう、あの強さは武に携わる人間なら誰でも憧れると思う。
俺も村を出て街に住んで、しばらくは、自分の腕に過剰な自信を持っていた。型も何も知らない我流の剣法みたいな物で魔物を多く狩ったりもして、酒場で自慢もしていた。
そのまま、冒険者として名を上げ、世界を旅して、俺は生まれの村に錦を飾る。そんな夢を抱いていた。
それを打ち破ったのは、姉ちゃん。
村に居た頃は一緒に野犬狩りをして遊んだりしていて、その強さは知っていたし、街でも折り紙付きの実力で有名だった。
だから、腕試しで一度だけ本気で戦ってくれと俺は懇願した。姉ちゃんは困り顔でそれを受けてくれた。
俺、姉ちゃんが拳を構えた瞬間に失神したんだよなぁ。
戦う前から闘気に当てられた結果で、文字通り、手も足も出なかった。剣を落としてぶっ倒れて、3日くらいベッドで震えていた。恐怖心からゲロも吐いた。自分の弱さに呆れ果てた。
でも、あの経験があるからこそ、俺は自分の勘違いに気付けて良かったのかもしれない。
俺は強くない。でも、強くなりたい。
魔法の才能はないって言われたから、せめて、剣の腕だけでも極められないだろうか。気紛れにか冒険者もしている正騎士と出会う機会があって、その人に剣の教えを乞うたりもした。
姉ちゃんの話になった為に、ナタリアは不貞腐れて黙ったままだ。このまま放置すると、2日は喋らなくなる。それは、とても気まずいことだ。それに、今は非常事態で、更に非常事態を重ねる必要はないのだ。
「ったく、あの化け物の何に惹かれるのよ?」
あっ、今日は愚痴るパターンだ。これはラッキー。適当に話を合わせておけば、勝手に機嫌が直る。
「私とレオン16歳、あいつ、21歳。なのに、外観がほとんど変わらない。昔からあの姿。成長していない。あいつ、人間じゃないわよ」
正確に言うと、ナタリアは育ちが複雑なので歳は分からない。便宜上、俺と同じ歳としている。ただ、その詰まらない事実を口にする選択肢を俺が取るはずがない。
「いやぁ、ナタリアは綺麗に見えるよ」
正解は姉ちゃんに触れず、話題も変えるだ。ここ一年で俺が最も成長した才能。少し悲しい。
「へ? え? そう?」
ナタリアは誉めておけば良い。
「ねぇねぇ、私、かわいい?」
ぐいっと俺に顔を近付ける。まだ足首が治っていないので勘弁して欲しい。魔法で治療中なのを忘れていないか?
あっ、痛くないや。
「あぁ。ナタリア、サンキュー。やっと動ける」
「ねえねえ、続きは?」
「俺の自慢の相棒だよ」
「うんうん。じゃあさ、式はいつ上げる? ほら、おばさんもそう長くないから早めに挙げておきたいの」
ナタリアの家族は居なくて、姉ちゃん家に居候していた。だから、お前の言うおばさんって、姉ちゃんの母ちゃんじゃねーかよ。ピンピンしてるわ。
「うーん、ナタリア。もう少し冒険したい、いや、剣を学びたいんだよな」
「レオンは才能がない訳じゃないのよ。むしろ、私はもう十分に強いと思うよ」
「そうか? まだ姉ちゃんの友達にも勝てないんだよなぁ」
慰めはもう要らない。自分が情けなくなるから。
あと、ナタリアのグイグイ寄って来る気持ちは俺をぶれさせる。長い付き合いだし、気も合う。村に帰って畑を継ぐのも親父は喜んでくれるだろう。
「化け物どもに勝とうなんざ思わなくて良いの。決定! 帰ったら挙式よ! さっさっと戻る道を探すわよ」
「……そうだな。街に戻ったら、指輪でも買ってやるよ」
ここらが潮時かもな。
ナタリアの期待に応えて村を支えるのも悪くはない。それが俺という人間の限界だった訳だ。
「えっ!? 本当に!? それ、レオンの3ヶ月分の小遣いのヤツだよね?」
嬉しそうに言っているが、俺の小遣いなんてほぼ無い。ナタリアも分かって言っている。でも、この剣を売れば、幾らかは金が手に入るだろう。いやぁ、でも、ボロボロだなぁ。
腕をぐるぐる回してから、周囲の探索に入ったナタリア。元気そうにしてくれて何よりだ。昔はロングヘアだったけど冒険に邪魔と言って、肩くらいで切ったんだよな。よく似合っている。
さぁ、俺も腰を上げて、別の方向を探すか。
だが、半刻もせずに俺達は現状の悲惨さを知る。
「ちょっとヤバいかも……」
ナタリアが珍しく弱音を吐いた。無理もなく、探索した結果、抜け出す道は落ちてきた穴しか見当たらなかったからだ。
あれを登っていくのは至難の技だ。と言うか、不可能だ。
そして、水も食料も僅か。外部と連絡を取る手段は特に無い。
「あとは、あの怪しい扉しかないし。レオン、他に何かない?」
ナタリアが指す扉は、あからさまに周囲の雰囲気から浮いていて、俺達を誘う意図を感じさせる。
ゴツゴツした岩肌の洞窟内に、明らかな鋼鉄製のごつい扉。しかも新品っぽい。おかしいだろ。
罠だよな、罠。
誰が何のために、こんな入り口もない所に扉を作ったのか。理解できないだけに、恐怖を抱くのも仕方ないと思う。
「しゃーない。行くわよ、レオン」
思っきりの良さはナタリアの美点。たぶん、そうだ。俺は考えすぎてしまう。
「ナタリア、俺が開ける。背中に隠れろ」
「頼りにしてあげるわ」
俺が両開きの扉を押し込むと、光が溢れ、俺達を包み込んだ。