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尋ねる

 街に戻った俺は、まず奴隷に落ちる前の定宿に向かう。


 ここは新大陸では一番大きな街の一つとは言え、道は一部しか舗装されておらず、基本的には土を固めただけである。そんな状況なのは石工が全く需要に足りていないからであって、そのために、殆どの建物は木製で土埃も付着している。


 新大陸という名前なのに、住んでいる人間も建物も旧大陸よりも草臥(くたび)れて見える。もちろん、それは一見だけであって、街中の至るところで、一山当てようとする者達のギラついた活気と喧騒も感じ取れる。



 いつもの宿の粗悪な塗料が剥げ始めている扉を開ける。


「おや、お久しぶりです」

 

 入ってすぐのカウンターにいた宿屋の店主は普通に挨拶をしてくれたが、どこか浮かなげな雰囲気もあった。


「俺達の部屋はもう使えないか?」


 答えは予想できるが、確認のため、率直に尋ねる。


「はい。預けて頂いていた宿賃は冒険者ギルドに押さえられました。部屋にあった物も同様です」


 店主はそう言うが、もちろん、店にもキャンセル料的な代金が入って、ギルドも宿屋も損にはならないようにしているだろう。

 冒険者を粗雑に扱うギルドが、依頼主という客になる可能性のある一般住民を敵に回すことはしない。


「そうか。世話になった」


「こちらこそ。ただ、ハンス氏から貴方の為に使えと預った金は残っておりまして、新しい部屋をご用意出来ますが、如何なさいますか?」

 

 ……ハンス、お前、本当にお人好しなヤツだったんだな。新大陸には戻ってこないって本人が言っていただけに、その金は俺が受け取らなかった分を見越したものだと思う。

 あと、店主の律儀な性格にも感謝する。黙っていれば、丸々、その預り金を懐に入れられただろうに。


 俺は夕刻に戻ってくる旨と簡単な礼を告げて、次の目的地に進む。



 冒険者ギルドである。

 俺の登録は抹消されているが、依頼を受けることが出来ないだけで、出入りは自由だ。


 復讐に来たのではない。俺への便宜の礼をカーラに言いたいが為にやって来た。

 


 だから、彼女が暇である、ギルド内に人が少ない昼下がりを選んだ。

 冒険者に成り立ての者達は日銭暮らしだから、依頼を朝方に選ぶことが多い。彼らが行うのは近場で簡単なものを採る仕事だから、暗くて非効率で、魔物も出やすい危険な夜に活動する意味がないのだ。


 新大陸に渡る船賃は高い。なのに、どうして、こんなにも貧しい人間や不馴れな冒険者が多いのか疑問に思ったことがある。

 仲間に訊いたら、彼らは主人を亡くした元奴隷達らしい。親っさんの様に開拓で財を為そうとした没落貴族が旧大陸から引っ張ってきているのだ。あえて、そいつは触れなかったが逃亡奴隷もいるだろう。


 対して、俺やアレンの様な中堅どころの本来の意味での冒険者は旧大陸のギルドよりも少ない。ある程度の腕を持って新大陸に来た奴は、機を見てはぼったくろうとするギルドの世話にならずに、独自で情報や道具を準備して活動できるからかもしれない。或いは武者修行的に短期間の探索だけの為に訪れている奴らもいて、そいつらも新大陸のギルドに登録をすることは滅多にない。



 俺が期待した通り、まぁ、普段通りなのだが、この時間のギルドは、やはり人が疎らだった。ただ、残念ながらカーラは接客中で、俺は長椅子に座って、彼女の手が空くのを待つ。


「よぉ、レオン、久しぶりだな。奴隷になったんだって?」


「おう。昨日、解放された。また探索にでも誘ってくれ」


「あぁ、それは良かったな。しかし、仲間が療養中だから、来月な。俺ぁ、それまで暇潰しだ」


 名前は忘れたが、見知ったヤツがいて軽く挨拶をする。そいつは適当な依頼書を壁から剥がして、カーラの所へ向かった。


 もう少し待たないといけないか。

 親っさんの集落を襲った連中と顔を合わせるのも気不味いが、もう終わったことだ。こちらから絡まなければ、向こうも態々騒ぎを起こす事はないだろう。

 俺を嵌めたギルド長とその取り巻きに遭遇したとしたら、それはその時。俺としては今日は何もしないし、それでも向こうが仕掛けてくるなら受けて立つ覚悟である。



 受付のカーラの「はい、次」と言う声が聞こえる。先程の冒険者が紙を渡すのを背景に、何らかの事務手続きを終えた男がやってきて、俺の隣に座る。距離が近い。もっと端に寄れよ。遠慮のないヤツだな。


 先に長椅子を占めていた俺が、落ち着く位置へと座り直すはめになった。序でに、そいつの横顔や体付きを確認する。初見のヤツが出来るのかを観察する、冒険者の癖だ。


 顎に短い無精髭が並んでいるが、眼は鋭く、精悍な顔付き。帯剣しているにも関わらず、得物の剣を振るには必要のない筋肉の膨らみも見えることからして、経験上、軍経験者か現役軍人だ。


 更に、日焼けが然程でもない所からすると内勤中心の軍人だろうと俺は推察した。

 珍しいな。


 新大陸に王国の敵はいない。ここには異国どころか蛮族も確認されておらず、軍隊が出動する必要性が皆無だからだ。


 ならば、軍警? 他国のスパイが居ないか調査に来たのか。

 そうだとしたら、馬に乗る。しかし、新品でもないズボンの内側に擦れ跡が残っていないか……。退官してから間もない者の可能性も有るが。



「どうした、坊主?」


 気になってそいつを観察し続けていた為に、不愉快そうな声で注意を受けた。


「あぁ、すまない。良い剣だと思ってな」


 適当に誤魔化す。

 剣は地味だが滑り止めの柄皮が丁寧に巻いてあり、作製者の技術と高価さと使用者の手入れの良さが伺い知れた。

 

「あ? 普通の剣だろうが」


 鬱陶しさを更に出して、強い眼光で俺を睨む。俺も正面からそいつの顔を見ることになり、視線がぶつかった。


 が、余計なトラブルの素なので俺が先に逸らす。



 相手もそれ以上の興味を俺に持たず、二人とも雑多に依頼書が貼り付けられた壁を見ることになった。

 無精髭の男はまだギルドに用が有るのか、俺の隣から離れないのだ。



「ふぅ、酒飲みて……」


 深々と溜め息まで付いて、何か知らんがこいつも大変そうだ。刺々しい物言いも疲れかストレスのせいなのかも知れない。

 多少感じていた居心地の悪さが、勤め人への憐れみに変わる。



 しばらくして、先の冒険者の手続きが終わり、ようやく俺に順番が回ってきた。


 早速近付いて、俺はずっと言いたかった礼を告げる。師匠なら上手く口が回るだろうが、俺は朴訥にしか言えない。それでも気持ちは伝わっただろうか。


 俺の心配を余所に、カーラは飯と酒で快く手を打つとのことで、無論、俺は了承した。金が出来てからという条件付きだが。



 当初の目的を遂げた処で、少し沈黙を作ってから、背後にまだ座っている無精髭の男の素性について尋ねる。



「……レオン君さぁ、私も仕事に誇りを持っているんだよね。個人情報を許可なく漏らすと思う? ほんと、ちょっと私を舐めてないかな。逆に考えて、レオン君の事を知りたいって人が来たら、私が教えると思うわけ? えぇ、良いわよ。あの子はくそ生意気な口調で喋る16歳で、旧大陸の王国領西部シャール近くのノノン村出身。つい最近、同年齢の幼馴染みの娘を、考えなしに妊娠させたクレイジーボーイ。ここまで聞いたなら、じゃあ、カンパを宜しく。なんて、言われたらショックでしょ?」


 一気に巻くし立てられた。

 あと、カンパの件は既に動いているんじゃないだろうな? 止してくれよ。

 本当にショックだ。冤罪だ。


「分かった、分かった。すまない」


 俺は平謝り。それにしても、カーラの仕事への熱意と言うか、融通する範囲がよく分からない。



 直後、背後に気配を感じる。

 ギルド長に奴隷落ちさせられた苦々しい過去を思い出す。

 あの時と違うのはカーラが何ら反応をしなかったことだ。



「受付の姉ちゃん、助かった! そいつがノノン村のヤツだな!」


 さっきのおっさんだ。


「あら? 他人の会話に聞き耳を立てるなんてルール違反ですよ」


 とは言うものの、カーラは涼しい顔。あえて、俺の情報を高々と述べたのだろう。


「お前に用がある。ちょっと面を貸せ」


「あん?」


 いきなりの物言いに俺は反抗して、強く睨む。


「お二人さん、ギルド内は流血禁止なの。外でやって下さいね」


 ……カーラ、何のつもりだ?


 しかし、俺の疑問は措かれたまま、おっさんは金貨をカーラに渡した。「カンパだ」って言いながら。


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