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思い出す

 男はまたもや突きを繰り出す。


 速いが、さっきと同じ。舐めるなよ。

 俺はバックステップで一つ目を躱し、予想できていた二つ目に剣を合わせて反らす。


 高い音が立つ。


 弾いた俺の剣の方がより内側で、うまく詰めれば相手を刺せるかもというところで、後ろに逃げやがり、俺は勢いを削がれる。



「ふん!」


 相手も一息付くのかと思いきや、そこから一転しての猛攻。

 縦斬り、横薙ぎ、突きを繰り返してくる。


 乱雑で力任せ。

 体格の差をもって制しようという意図なのであろうか。


 余りの勢いに、剣が歪む可能性が頭を(よぎ)る。結果、ナタリアを痛めたくないという気持ちが湧いてしまい、俺は剣を出すことを躊躇ってしまった。


 弔いも込めた覚悟なのに、力に出せていない。


 かといって、死にたいはずもない。

 無様に剣を避けている中、俺は考える。

 余所事に頭を使う暇はないはずなのに。

 殺意を込められているのに、俺は殺意を返せない。

 情けない。


 どんな奴でも死んだら悲しむ他のヤツがいる。他人の金を盗むどうしようもないクズの冒険者が野垂れ死んだ後、そいつの子供が泣きじゃくってたのを見たことがある。それだけじゃない。似たような事を、死が身近だった冒険者生活で、嫌と言うほどに目撃してきた。



 腰を斬られる間際、草の上を転がって避ける。


「やはり、飾りだったな!!」


「黙れ! 殺されたいのか!?」


 言葉だけは威勢が良いよな、俺。


「死ぬのはお前だけだよ! 命乞いしたら助けてやるかもな!」


 クソ!

 俺は突き立てられた剣先をギリギリで身を捩って逃げる。剣が地面に深く刺さる幸運があり、その隙に俺は体勢を整える。



 ……あっ、いや、確かにこいつが言う通りで、別に絶対に殺す必要もないんだな。


 獣に対して殺意をもって対峙する癖が、人間を相手にする時も出てしまい、それが俺の剣を鈍らせてきたのか。



 ……殺意? いや、違う。師匠の言葉を思い出せ。

 ″剣の道は愛の道。だから、俺は剣にも愛にも生きている男。正に騎士道″

 ″女は昼の顔と夜の顔がある。怖いだろ。剣と同じさ″


 そんな事を常々言っていた師匠は他の冒険者に陰で笑われていた。俺も正直意味が分からなくて戸惑った。


 しかし、愛なんだ。殺意じゃない。

 こいつも殺人も辞さない狂愛をばら蒔いているだけなんだ、と思えなくもない。


 愛ならば、ナタリアの求めをいなすのと同様に俺は対処できるさ。


 急激に俺の動きはスイッチが入ったように速くなる。


「貴様っ!!」


 もう俺を斬ることは不可能だ。

 お前の愛では俺の服にさえ触れない。

 


 更に、森で一夜の焚き火を囲んでいた時に、師匠が呟いた寝言が脳裏に浮かぶ。


 ″烈火には、水を合わせるんだ。そうすれば、当然の如く、火は消えるだろう。剣もな″


 まだ師事を受けていなかった俺は未熟で生意気で、「大丈夫か、こいつ。意味わかんねー。寝惚けて焚き火消すなよ」と思ったものだが、今の俺には理解できる。



 撫で切ろうとする剣の軌道を見て予測し、完全に見切る。そして、体を緩やかに脱力し、川に浮く葉が石を避けるように、最小限の動作と瞬間的な速度をもって、寸前で躱す。


 激しく剣を刻む男の息は荒くなりつつある。ここまで俺が避けるとは思っていなかったのだろう。

 対して、俺は体力を温存したまま、機会を待つことが出来ている。


 これが正に、師匠の言っていた炎と水の関係だろう。



 荒れ狂う男が遂に剣を止めたのを逃さず、俺は太股に剣を深々と入れた。


「グアァァァ!!」


 幾ら痛くとも、獣でもここまで醜悪な悲鳴は挙げない。剣技は確かに見事で、冒険者としては一流どころだったかもしれないが、精神的な弱さも明らかだ。お前の愛は半人前以下だ。



 血を流しながら転がる男に対して、俺は剣を収める。

 草が血で染まっていく。それとともに、周りの争いの音も終結していった。



「流石だ、レオン。初めて見たが、お前の体術は人間離れしていたんだな」


 敵対する者がいなくなったのを確認したアレンが近寄ってきて、皮肉った誉め言葉を送ってくれる。


「見てたんなら、来いよ」


「お前の実力も見定めたかったんだ」


「死んでたらどうするんだ?」


「なら、そいつを殺した上で、お前の首を持ってギルド長から金貨1枚を貰ってたさ」


「賢いな」


 言い終えると、互いに突き出した拳をぶつけて笑い合う。


「しかし、本当に強かった」


「剣は愛だからな」


「は?」


 アレン、お前にはまだ難しいか。


 

「やるねぇ、レオン。あたしの男になるかい? あんたの愛を受け止めてやるよ」


 胸をたゆませながらジョディもやって来ていた。


「遠慮しておけよ、ジョディ。ナタリアに殺されるぞ」


 アレンはそう言う。ジョディは俺の好みでは全くないので、有り難い言葉である。申し訳ないが、愛はやれない。


「それはそうと、素早い動きだった。ベッドの上でもそうなのかい?」


 ……ナタリアもそうだが、冒険者の女って言うのは肉食系しかいないのか。いや、エスリ、あいつは言葉だけは丁寧だった。惜しいヤツを亡くしたと、失礼ながら、こんな事で思ってしまった。



 話を変えたい。


「火には水。ヤツの烈火の様な剣には水が合うと師匠に教わった。それだけだ」


 愛の話は止めておきたいのだ。


「は? レオン、何を言ってる?」


 冷たいなアレン。


「師匠の教えを広めたい気持ちがある」


「そうだとしても唐突だから驚いた」


 うん。話題を変えるためだからな。


「レオンさ、前には『水には火だ。煮え切らせてしまえば、何も残さない』って言ってたよな」


 あぁ、それは師匠が料理をしている時に教えてくれた極意だ。やはり今となっては深い含蓄を感じる。


「なあ、アレじゃないか。水にしろ火にしろ、要は強い方が勝つ」


「おぉ。たまにジョディは鋭い。それが当たりだな。そうだろ、レオン?」


 師匠の凄さを知らないから、そう言える。しかし、押し付けて理解させるものではない。やがて彼らも分かる日が来るだろうから、それを待とう。愛に目覚めよ。



「奴隷くん、本当に強かったんじゃな」


 おお、じいさん!


「はい。じいさんも傷を負っていないようで安心しました」


 戦闘には参加していないとはいえ、気にはなっていた。


「お陰様じゃ。そいじゃ、親っさんを迎えに行こうかいの」


「はい!」



 早速森に向かおうとする俺に対して唖然とするアレンとジョディがいた。


「どうした?」


「いや、お前が敬語を使っているから驚いた。お前、いつも生意気じゃん。お前、まだ20にもなってないのに、俺とタメ口だし」


 そうか。

 ……そうだな。ハンスにも言われたが、俺は他人に負けないように気負いすぎていたかもしれない。


「あたしも驚いた。あっ……そういや、アレン。ここのボスとレオンは夫婦のようだ。色々と気を付けろ」


 ……何だ、それ?

 本気でジョディは頭が弱いな。


「親っさんは俺の主人だって、あたし、告白された……」


「そうか……。だから、愛とか……。……愛の力。そっか、ナタリアは傷心して去ったのか……。しかし、なんだ、人の好みは分からんもんだな」


 いや、お前らの納得具合いの方が分からんのだけど。反論するのも虚しさがあって、俺は親っさんを迎えに森へと向かった。

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