集う
開拓事業はそっちのけで、金の発掘作業を連日行う。親っさんの意向だ。
金があれば色々と物が買えるから、俺たちの生活も変わっていく。まず、飯が豪華になり、街で買った酒や肉が晩餐に出るようになった。
だから、おっさんは調理係として活躍中だ。
親っさん、服装が良くなって、街に出掛けるのも楽しそうだ。
帰ってくる時に女の化粧の移り香を漂わせていることを本人は気付いていないな。坊っちゃんの手前、朝帰りはまだしていないが、時間の問題かもしれない。
それでも、親っさんの人の良さは変わらない。
住人と呼んで良いのかは分からないが、ここに暮らす人間も徐々に増えた。
親っさんは親のない街の子供を連れて帰るのだ。戦える成人を選ばないのは、親っさんも裏切りを恐れているからなのか、一人で生きていけるからと考えての結果なのかは分からない。
子供も泥を運んで水路に入れる事は出来るし、何より細かくて小さな金を見付けるのは俺達よりも得意だった。じっと水中を見て微かな輝きを探すのって、腰が痛くなるんだが、子供は遊びの如く楽しんでいた。
彼らの救い主である親っさんが誉めてくれるから嬉しいんだろうな。
だから、新しい彼らの家を作るのが俺の専らの仕事となった。食料は街から買ってきているので不足しない。
板は無いので、枯れ木を何本も土に立てた粗末な柵が壁になる。木の間には隙間があるので、室内も見えてしまうし、虫も風も入り放題だ。この温暖な季節でなければ、寒さも防げないだろう。
屋根も枯れ草を束ねた物を何個も乗せただけで、多少の雨漏れは勘弁なという代物だ。
当然、床も地面剥き出しなので、そのままでは寝にくい。だから、干し草や落ち葉を敷き積めている。
うん、見た目的には家ではなく檻だな。
柵の隙間を粘土みたいなもので埋めればマシになるかもしれない。
空き時間もあって、たまに森や集落の中を散歩する。水路の近くで仕事に励んでいる子供から声を掛けられる。
「お兄ちゃん、その剣、綺麗だね。私も欲しい」
俺は帯剣の許可を親っさんから貰っている。それを見た子供の一人が誉めてくれたのだ。
「そうだろ? よく切れるんだぞ。おっ、蛙が泳いでいるな」
水路を見つめる子供に視線を遣った際に、緑のそれが視野の端に入った。
「あっ、美味しそう」
……そいつが一人で街にいた頃は貴重な食料だったんだろうな。
俺と姉ちゃんが幼い頃なんて、蛙は遠投げのための遊び道具だったというのに、複雑な心境になる。
「お兄ちゃん、家造り、ありがとう。皆と寝ると温かいね」
「そうだな。これからも頑張れよ」
こんな子供がいっぱいいる。10人を越え、20人に達しようかと言う人数だ。
これは守りきるのが大変そうだ。
じいさんと相談して、親っさんに大量に採れ続けている砂金を狙っての襲撃の可能性について話した。
「うんうん、じいさんも奴隷くんもよく気付くね。僕もそう思って子供を集めたんだよ。もちろん、可哀相だったのもあるけど、こんな幼い子が頑張っている姿を見ても襲ってくる非道な人達はいないと思うんだ。一挙両得だね」
親っさん、笑いながら答えた。貧しい子供を道具にする、貴族らしい傲慢さを少しなりとは感じたけれども、危険への認識が共通なら話が早い。
「親っさん、子供の首を平気な顔で切り落とす奴等もいるんですよ。念のための備えはやっておきましょう。この俺に任せてください」
「うん、頼もしいね、奴隷くんは。全部任せるよ。そうだ、息子にも教えて欲しいな。将来の役に立つかもしれないしね」
親っさんの了解を得て、俺はじいさん、坊っちゃんと罠造りや集落を囲む柵作りに励む。
落とし穴は念入りに、子供が乗っても落ちない程度の強度に調整する。獣を捕るときの経験が活きる。幼体の獣は捕らないっていう作法を旧大陸のギルドで教わったのが役に立ったのだ。
坊っちゃんはじいさんに教わって、草結びを作る。これは、生えている長草の葉を結んで作るトラップの一種で、結んだ輪に足を取られて転がる事を期待される物だ。単純で簡単な罠だが、予想以上のダメージを与えることもある。まぁ、こんな物に引っ掛かる者も珍しいのではあるが。
10日を越えると、拾ってきた子供の姿格好はいくらかマシになった。親っさんが新しい服を与えたし、川が近いから水浴びも簡単だ。そして、何より食事の効果が高いのだろう。
ただ、これまでの過酷な生活で傷付いた体までは癒せない。何人かは腕や足の骨が折れた後に適切な治療を受けれなかったみたいで、曲がったままになっている者もいる。
片目が潰れている者さえいた。
親っさんは特に不憫な子供を集めたのかもしれないな。
森の中に一人入り、俺は人間のナタリアと話をする。子供達を完全に回復させる事は不可能でも、多少なりと魔法でマシにならないかと。
「うん、治せるわよ」
「そうか。良かった。助かるよ。ある程度で良いんだ」
「うん。お礼は私たちの赤ちゃんでいいわよ。私、受精を待ってるの」
ナタリアは二つ返事で了解してくれた。いや、これを二つ返事と呼ぶのだろうか。
一人ずつ子供を連れてきて、彼女の治癒魔法で体を癒す。
古傷を治すのは至難の技。魔法は精霊による奇跡であり、その精霊の認識が大きく作用する。で、古傷の場合、時間が経つにつれて、正常な体の一部とその精霊が看做すからと魔法学校で聞いたことがある。
なのに、ナタリアは子供たちの骨格を元に戻した。片目が潰れた者も視力の回復の喜びを涙と嗚咽で示す。
森のエルフ様。
俺がナタリアの事を秘密にするように願ったが、子供たちはそんな異称をナタリアに送っていた。
それにしても、ナタリアはここまで効果の有る治癒魔法を使えたのだろうか。甚だ疑問ではある。
「ナタリア、何か強くなってないか?」
「そうかも。暇だから色々と試しているのよ。こんな形で修行するなんて思っていなかったわ」
魔力を高めるための修行か。
熟練した魔法使いは魔力の流れが読めるようになると言う。逆に、魔力の流れを読めない魔法使いは二流とも表現される。
ナタリアは、剣の姿のまま、魔法使いとして一歩進んだところへ行こうとしているのだろうか。
俺の成長はそれに付いて行けるのだろうか。
しばらく経ち、その日はやって来た。
剣を抜いた集団が現れた。盗賊にしては礼儀正しく、この集落には入らず、俺達に呼び掛けてきた。
「子供を拐う不届き者よ、抵抗せずに投降せよ。我々は冒険者ギルドより依頼を受け、派遣された者である」
俺とじいさんは顔を見合わせる。
ちょっと離れた所にいた親っさんの慌て具合からすると、彼らとは誤解が生じているな。




