煌めく
大岩は結局、川の堤防の礎とすべく、その傍へと運んだ。作業を終えた時には、もう昼も過ぎ、遅い食事を川原で取る。
そんなに幅のある川ではない。橋を架ければ、20歩くらいで歩き渡れると思う。
ただ、親っさん、騙されたんだろうな。
もう少し下った所で大きな川と合流していて、大雨が降ると、支流に当たるこちらは氾濫しやすくなる土地だ。
そんなことをシャールの学校で学んだ。
住居は出来るだけ高台を選んだが、畑は仕方無いよな。高台には水が来ない。水路を伸ばして出来るだけ川から遠ざけたが、洪水が起きれば、畑は消失する。そうなれば、蓄えのない俺たちは来年も貧しいままだ。……貴族だった親っさんは、その屈辱に耐えきれないかもしれないな。
魚の串刺しが焼き上がるまでの待ち時間を川辺を歩く事で潰す。奴隷なのに暢気にしたものだ。
うん?
石の影に煌めきが……。
「ど、奴隷くん……。僕は君にどれくらい感謝すれば良いのだろう」
「喜んで頂いて嬉しいです、はい! でも。これは俺の功績ではなく、親っさんの幸運です。俺を買い取ったっていう幸運ですね」
「なんだろうね、その不思議な己への自信は。でも、本当に幸運だったよ。まさか、自分の土地から金が出るなんて……。凄いことだよ!」
そう、砂金が川原の砂から取れたのだ。川床にもあって、そちらの方が多かった。
次の日も、その次の日も俺達は川に入り、土を取り、畑に通じる水路に投げ入れて、水簸で砂金を得る。
水簸っていうのは、軽いのは洗い流されるのに重いのは流されずに残るっていう重さを利用した分別方法で、姉ちゃんの友達の薬師の人の仕事を手伝った時に教えてもらった。姉ちゃんの友達の中では、あの人が断トツで1番まともな人だと思う。口は悪いが、シャールの住まいを整えるときに色々と便宜も図ってもらった。
いや、その話は別に良い。今は関係ない。
驚いたのは砂金だけでなく、親指大くらいの塊さえ出てきたことだ。
親っさんは街で金を金貨に変えて戻ってきた。買い物もしており、その日は酒も出た。
皆で大いに飲んで、酔っ払う。
夜風に当たりに行くという言い訳で、俺は川へ小便に向かった。じいさんが先に来ていて、俺は軽く声を掛ける。
「奴隷くんかいの?」
「じいさんも小便か?」
「歳を食うと近くなるんじゃ。出るのも時間が掛かるし。しかし、目上のものには敬語じゃと思わんかの?」
おお、そう思われていたか。
確かにじいさんは元冒険者。先輩ではある。特に拒絶することでもない。
でも、街にいた頃は対等にあろうとして、今の言葉は無視していただろうな。
「……うす。お小便ですか?」
「それで良いんじゃ。気負いなく過ごすんじゃよ」
穏やかに笑みを浮かべるじいさんの横で、俺も事を為す。親っさんを幸せにする川に対して俺達は申し訳ないことをしているなんて気持ちは勿論なかった。
「金はあそこから流れて来ておるんじゃろうな」
両手が塞がっているじいさんは細い顎で川の上流に見える山を示す。
「そうだな、いや、そうですね」
「あの山な、エルフが住んどるわ」
エルフ、森を愛し守る妖精。長命で知られるが、その秘密は深い森の奥で魔力が凝集して生じる甘露にあると言われている。
伝説では、エルフと仲睦まじい夫婦となった人間がそれを得て、不死に近い体になったと言う。
ただ、エルフなんて存在は旧大陸では見つかっていない。ただの伝承に過ぎないと考えられている。
「じいさん、新大陸に来て半年も経ってねー、で御座いますよね。何で知ってるんですか?」
分かりやすい冗談だと、俺はその時に思った。そして、まだ慣れてなくて喋り辛い。
「こないだ見たんじゃ。そして、今も飛んどる」
えっ?
あ! あの白い光か。
暗い山肌を背景に何かが飛行しているのが分かった。遠い上に暗いために、その物自身ははっきりと視認出来ないが、薄く輝く羽とそこから零れ落ちる光の粒に気付く。
「あれは……魔物?」
「奴隷くんは夢がないのぉ。エルフじゃゆーたろ」
目が慣れる。雲に隠されていた月も出てきたからかもしれない。
俺は空に舞うそれが、俺達と同年齢の整った顔立ちの少女だと認識できた。薄緑色の服を身に付け、腰には細い長剣が携えられていた。
「な、本物じゃろ?」
「そう思えなくもない……です」
じいさんがそれをエルフと呼ぶが、根拠が全くないことは理解していた。でも、それでも、言葉以上に俺は感動していた。
「じいさん。……教えくれてありがとうございました。俺、伝説のエルフを見たのか、ですね……」
「ワシも若い頃に伝説の白い竜が飛ぶのを見たんじゃ。冒険者をやっていて良かったと思った瞬間じゃった。奴隷くんも元冒険者じゃから、気持ちは分かるじゃろ」
うん、凄く幻想的な物を目にできた。
退屈な村にいては得られない経験で……将来、子供に語るべき話が増えたと思う。
「綺麗じゃのぉ」
「……はい」
エルフが山裾に消えるまで、俺とじいさんはその場から離れなかった。
「金が出なければ、この生活も続いたんじゃろうな……」
帰り際にじいさんは小さく呟く。
「どうした? いや、すまない。どうしましたか?」
「金には魔力があるんじゃ」
「人が変わるって事か、ですか?」
纏まった金が懐に入ると、それを大切にする剰りに疑心暗鬼になる冒険者を何人か知っている。
でも、親っさんは人が良いし、そもそもが金持ちの貴族様だった経験もあるから、そこまで悪化することもないだろう。
「甘い汁に集う虫のように、金は人を惹き付けるんじゃ」
「……そうか」
敬語を忘れたのは分かったが、言い直さない。
それよりも頭を動かす。じいさんははっきりと言わなかったが、金が出ることを知った悪党がこの開拓地を襲ってくることを言っている。
「私兵を雇っても、そいつらにここを奪われるだけじゃし、打てる手は逃げくらいじゃ。だから、親っさんと坊っちゃんには秘密じゃてな」
あの二人はもう後がない。元貴族が恥を忍んで新大陸で少人数の開拓事業をしようとしたのだ。
金が出て、漸く面子が立ったところに、来るかどうか不確かな悪党から逃げようなんて提案が受け入れられるとは思えない。
これは立ち向かうしかないか。
「奴隷くん、腕には自信あるかの?」
「……そこそこ、です」
「ワシもじゃ」
「……人を殺したことはないです……」
「ワシもじゃ。じゃが、気楽に行こう。別に殺さなくて良いんじゃ」
ふむ。
じいさん、目が据わっている。
もしかしたら実力者なのかもな。
「俺はレオン・ハウエルと言います。一緒に戦うなら、名前を教えてください」
「なんじゃ、姓持ちが奴隷に落ちとんかいな。ワシはポールじゃ。宜しくな、レオンくん」
それから、じいさんは付け加える。
「ここのルールでは名前を名乗らないんじゃ。触れられたくない過去が親っさんと坊っちゃんには有るらしいからじゃ」
なるほど、そうだったのか。だから、誰も俺の名前を訊かなかったのか。 自分の名前を聞き返されない為に。
親っさん達は何をしたのか。王位簒奪に伴う権力闘争に負けただけなら、そこまで徹底して名を隠さないだろう。いや、しかし、気にはなるが、新大陸の流儀に沿って、無駄な詮索は止めておこう。




