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満ちる

 ギルド長の思惑通りに、俺は奴隷として売られ、買い主によって密林地帯に連れていかれた。新たな土地を開拓し将来的には農場や町にする計画で、この辺鄙な場所に閉じ込められて、俺はそれに従事することになる。


 最初はそんな風に構えて劣悪な環境を覚悟していたのだが、三食はちゃんと出るし、服が汚くなれば新しいものが支給される。こないだなんて、顔が赤くて熱があるっていう理由で、ここの管理者に休みを取るように指示された。


 ギルドの事務処理を一手に担っているカーラは俺のために陰で働いてくれたみたいで、俺の身分は奴隷なのに、一般の雇われ人夫(にんぷ)と待遇は変わらない気がする。


 でも、俺、奴隷なんだよな。ここにいる皆も、そう認識している。初日に管理者から「新しい仲間の奴隷くん、今日から皆と働くので宜しく」って紹介されたからな。



 俺は毎日、土地を整備している。岩や石、切り株を除いたり、水路を引いたり、森に火を付けたりと、やることは多い。


 実は冒険者をやっている時よりも充実している。思い返せば、俺、村でも土いじりしている時が1番楽しかったかもしれない。



「奴隷くん、今日は草抜きでお願いするよ」


「はい! 任せてください! 全部、引っこ抜いてやります」


 小太りで小柄な親っさんからの指示に大きな声で、素直に返事する。

 俺は小屋から木桶を一つ借りて、黙々と座り込んで、開拓地の端っこから草を根絶やしにする。


 無心。


 剣では到達し得なかった無の境地に、草抜きで容易に至ることが出来てしまった。しかし、それさえも晴れ渡る心の中では驚きと余り認識しない。


 この日も俺の活躍により、広々とした茶色い地面が見える。木の上とかから見ると、真四角に俺が草を抜いた領域がはっきりと分かることであろう。


 正直、この開拓地にいる5人、全員が男だが、その中で俺が最も仕事が出来る。

 奴隷ではあるが、この開拓が成功するかどうかは俺に掛かっている事は明らかであろう。



 日が暮れ、夕飯となる。

 管理者である親っさんが直々に作ったスープである。まだ作物を取れる状況ではないが、森の恵みで具を拵えている。


 まずは、ゴロンとした鳥肉。俺が掴まえたフクロウの肉である。続いて、焦げ茶色の固くてポリポリとした食感の根っこ。俺が掘った牛蒡である。他にも俺が見つけた大きな団栗、俺が手掴みした魚などが入っている。


「いやー、奴隷くんが来てくれて、僕達の仕事が進むようになったよ」


「いえ、そんな事ないです。皆の下支えがあって、俺の働きが有るんです」


「えっ? 奴隷くんの下支えなの、僕?」


 親っさんが柔らかく笑いながら言う。


「そうじゃろ。奴隷くんは、ほんに出来る男じゃて。正直、奴隷なんかに落ちる男じゃなかろうに」


 雇われ人夫のじいさんがスープを掬いながら俺を誉める。この人は元冒険者だが、歳もあって引退し、この開拓地に雇われたのだ。

 ベテラン冒険者だが旧大陸の知識が中心なので、この地域の草木については、俺の方が詳しいくらいだ。


「奴隷くん、明日はあの奥の大岩を遂に掘り出そうと思うんだが、協力してくれるかね?」


 管理者の親っさんよりも頼りになるおっさんが俺に尋ねてきた。

 あの大岩か……。人数が入れば縄を掛けて引っ張り出すんだが、この5人ではキツいと判断したヤツだな。


「奴隷くんが言った通りに、穴を掘って、梃子の準備は出来ている。コロも用意した。でも、奴隷くんのパワーが要るんだ」


 なお、おっさんは元奴隷である。旧大陸で長年の奉公の末に解放されたのだが、その後の就職に苦労して、流れ着いたのが此処らしい。


 おっさんは俺の主人でないので、タメ口で良いであろう。


「どこに捨てる?」


 岩を掘り返した場合、置き場所を決めておかないと後々に邪魔になる。これは将来の町設計にも関わる重要な処である。


「川の側に置きませんか? あそこ、氾濫するかもしれないって奴隷さんが言ってましたよね」


 考えとしては悪くはない。悪くはないが、川の蛇行を整える工事をしてしまえば、大岩は邪魔となる。

 俺は意見を出してきた少年にそう答えた。彼は親っさんの息子だ。俺よりも若い。


「川の流れを変える? そんな発想、普通は出て来ないよ。もう奴隷くんは天才だね。昔の僕なら、君を街の公吏に推薦してたよ」



 親っさんは、元々貴族様らしい。付け加えるように、下っ端だとも言っていたが。

 数年前に王位の簒奪事件が起り、その煽りを食らって、没落したと親っさんは言う。そして、貧乏暮らしからの逆転を狙って、二ヶ月前に新大陸に来て、この開拓事業を始めたのだ。


 しかし、親っさんとその息子の二人だけで、この密林に近い土地を開くのは無理だっただろうに。三日で獣に襲われて死ぬところだったのではないだろうか。


 親っさんもバカではないから、獣対策に元ベテラン冒険者を雇った。それがじいさんである。……しかし、その震える腕とヒョロヒョロの体で戦えるのかという疑問が残る。


 親っさん的にも元冒険者の肩書きからは想像できないひ弱い外見を心配し、おっさんを新たに雇った。おっさんは戦闘経験が無いが、体格に恵まれているので、強そうに見えたのだ。


 この二人を揃えたところで、親っさんの金は尽きた。開拓の成果が無ければ『来年には飢え死だ』になんてレベルでなく、明日の食料にも事欠く状況だったらしい。


 そこに、俺が現れた。

 どうしようもなくなり、日々の金策のために、じいさんの薦めで親っさんと息子が冒険者登録をしに行ったギルドで受付に押し付けられたらしい。



 登録して欲しければ、奴隷を買い取れと。



 カーラ、スゲーよ。無茶も此処まで行くと、逆に潔い。


 なお、俺の価格は極めて安く設定されていたみたいで、銅貨1枚だったらしい。

 本当に無茶をする。ギルド長にバレたら、お前までまずい立場に陥ると言うのに。

 ナタリアまで親っさんに渡してくれている。


 結果、俺は奴隷なのに、ここで伸び伸び過ごせている。カーラは俺の待遇がこうなることを予期して、親っさんに俺を勧めたのだろうか。そうだとしたら、カーラの能力の高さを再評価しておかなければならない。

 

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