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嵌まる

 ナタリアが追加の治癒魔法を掛けてくれた事もあって、俺は数日で全快した。

 宿屋を出る前に、溶き卵の入った粥を連日持ってきてくれていた主人にこれまでの礼として、何枚かの銅貨を渡す。


 さてと、久々の外出だ。いきなり激しい仕事は避けておこう。日光を浴びながらそんな事を思いつつ、ナタリアを持ってギルドへと向かう。



 いつも通りに依頼を選び、カーラの所に持っていく。簡単な世間話をしていると、突然走り書きのメモを渡された。


″剣を私に預けて、念のため″


 怪訝な顔でカーラを見る。扉が開く軋み音がする中、表情を変えないまま、彼女は更に″早く″と乱暴に追記する。


 尋常じゃないな。

 カーラは信頼に足る人物である。少なくとも俺の物を奪って売り払うとかは絶対にしない。

 素直に剣をカーラに渡すと、彼女はカウンターの下に隠し入れた。



 直後、背後に数人の気配を感じ、同時に両肩を抑えられる。


「大人しくしろ」


「……何のつもりだ?」


 俺は片方の手を払いつつ、振り向こうとした。透かさず、背中の服越しに突起物が宛がわれる。軽くでは有ったが発した痛みの鋭さからすると、ナイフか?


 ギルド内で珍しく物騒な事をやってくれる。暴力沙汰で出禁にでもなったら、困るだろうに。

 目の前のカーラはあぁ見えて、それなりに強いしギルド内での発言権もある。喧嘩の現場を収めて、相手を取り押さえる事も仕事の一つだからな。



 下手に暴れるよりもカーラの動きを待ったのだが、彼女は不思議と座ったままである。

 そこへ、別の声が後ろから聞こえた。


「少し話を聞きたいので御座います。無様に逃げずに、上の部屋に来て頂けますか?」


 その声には聞き覚えがあった。ここのギルドの管理長だ。最近、旧大陸から赴任してきた若い男。いや、ハンスより若いって意味で、当然、俺よりは歳上だ。

 前任者と違って、何かと収穫品や依頼品の質などに難癖を付けてくるから冒険者連中には嫌われている。


 ヤツならギルド内での荒事も問題視されることはない。ギルドの秩序を守って上手く運営するのが仕事だから、大きな権限も持っている。そうじゃないと、日々、様々なトラブルが発生するギルドを纏めきれなくなるから。つまり、何事もヤツがルールで、ヤツが白と言ったら、黒でも白になる。だから、カーラも黙って見ているんだな。



 ギルド長が俺に何の話を聞きたいのかは分からないが、悪い事だろうとは、はっきり分かる。背中の何かが強めに押され、俺に有無を言わせぬつもりだろうな。


「ああ、良いぞ」


 それでも言葉だけでも強気で行く。



 俺は犯罪者かのように肩を抑えられた状態で階段を登らされた。途中、心配顔のカーラと目が合う。少し手を上げて、余裕を見せる。ナタリアを頼んだ。


 訊かれた話は、ナタリアが剣になる事件の切っ掛けとなった馬車の強奪についてだった。

 俺がカーラに伝えた通り、御者の死体が密林の中で発見されたらしい。犯人は見つかっていないが、事件後に高価そうな剣を持ち歩くようになった依頼引受人の一人である俺が怪しまれているとのことだ。


 俺は他の引受人の仕業だと主張する。


 しかし、ギルド長は取り合わない。



 無駄に豪華な黒く染めた革張りの椅子に身を沈めて、俺は考える。ギルド長が何かを言っているが、聞かなくても分かる。俺は天井を見る。


 ここまで、あからさまで悪どいギルドによる収奪は聞いたことがない。必要物資や情報を高値で売ったりする分は、まだ商売として理解できない訳ではない。しかし、これはダメだろ。


 狙いは金か。


 ハンスは大金を稼いだ。

 ギルド長は職責でそれを知っているし、当然、俺が同行していることも把握している。

 ハンス達が船で去った今、分け前を貰っているはずの俺は後ろ楯がいない、若いカモに見えたんだろう。


 ……ハンス、本当にどれだけ稼いだんだ?

 かなりの額じゃないとここまでイカれた行動には出ないぞ。



 ナタリアをカーラに預けて良かった。あとで酒をおごろう、カーラ。

 しかし、カーラとのやり取りから察するに、その計画が外に漏れている杜撰さ。これ、カーラ以外にも情報が行ってるだろ。ギルドとしても大丈夫なのか。


「レオン・ハウエル、馬車泥棒の罪で、あなたの財産を没収致します」


「何度も言った。やっていない」


「やっていない証拠は御座いますか?」


 無茶を言うな。笑えるぞ。

 その慇懃無礼な口を切り裂いてやろうか。


「俺の仕業っていう証拠をまず出せよ」


「ええ。こちらが証言される方になられます」


 ギルド長は俺の左右に座る二人を示す。

 見たことない奴だが、チラッと見えた掌に剣を握るヤツに特有のタコが出来ていたので、余所者の腕利きの冒険者か何かだろう。


「誰か分からん奴に証言させても説得力がないぜ」


「説得力が無くとも、事務処理上、形式に則っていれば問題御座いません」


 俺一人が居なくなっても、街には何の影響もない。だから、こんな道理に合わないことを進めているのだろう。


「……目的は金か?」


 単刀直入に尋ねる。


「えぇ、依頼人から荷物の賠償請求が来ております。その分とギルドの信頼を損なった損害金をお支払い願います。それから、あなたの冒険者登録も抹消しましょう。でも……ここだけの話、お支払い頂けるのなら、犯罪でなく事故として処理しますよ」



 ……ナタリアをカーラに預けて良かった。手元に剣が有ったら、余りの怒りでこの場で俺は抜いていただろう。

 見逃せば、他の冒険者にも害になるとか考えてな。


 その結果、こいつらを始末したとして殺人者として身を潜める生活をしないといけなくなり、渡航も出来なくなる。そうなると、ナタリアを人間に戻す為に姉ちゃんを頼る事も難しくなる。


 受け入れるべきか。

 冒険者登録の抹消は痛いが、そろそろ諦めようとしていたのだ。良い機会かもしれない。目当てのハンスからの金も俺にとってはあぶく銭。旧大陸に戻る為の船賃だけ残す様に交渉すれば、気分は悪いが、俺も満足だ。


 よし、それで行こう。



 しかし、ギルド長は俺の想像以上だった。交渉を始めようとした俺を弱気になったと見たのかもしれない。


 ヤツは俺を犯罪奴隷落ちにしやがった。

 許さない。それに、俺への仕打ちが冒険者の間で広まれば、どう跳ね返って来るのか、少し考えれば分かるだろうに。想像以上に愚かだ。



 俺の身受け先はカーラに一任させる。ギルド長は俺とカーラの仲を知らず、彼女を淡々と事務仕事を進める部下としか見ていなかったのだろう。


 カーラに俺の奴隷落ちを無効にする権限はないが、悪くないようにしてくれる事を願うのみだ。

 更には、ナタリアもカーラにしばらく預けたままになる。礼の酒は一杯では利かないな。樽で贈るか。


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