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別れる

 安宿の俺達の一室は、長期契約で借りている。森で遭遇した獣の爪が貴重品だったらしく、思わぬ大金が入った日に、ナタリアが宿屋の主人に掛け合って一年間で契約したのだ。


 金を盗まれる事を恐れて、その管理に頭を悩ますくらいなら使ってしまえという事だったんだろう。

 ファインプレーだったと思う。一文無しで、且つ、怪我人の現状を鑑みるに、本当にそう思う。



 あの洞窟で大男を倒した後、ナタリアも剣に戻り、ハンス達が俺をここまで帰してくれた。剣の姿のナタリアも壁に立て掛けてある。死んだ者に対するように、リンゴとか花とかをその前に置いているのは冗談なのか本気なのか分かりにくい。


 そのリンゴを食べたくなっても俺はベッドから動けない。

 ナタリアに治癒魔法を掛けて貰ったのに、すぐに激しく動いたものだから、傷が開いたみたいで俺は養生している。もう3日目だ。


 宿屋の主人が3食持ってきてくれるのが有り難い。恐らくハンスが金を渡したのだろう。


 ナタリアが掃除してくれていた頃にはなかった蜘蛛の巣が天井の隅に出来ていた。

 ……あれを取り除いて欲しいからって呼び出したら怒られるかな。



 扉がノックされ、返事をする前に誰かが乱暴に入ってくる。


「よぉ、レオン! まだ足はあるみたいだな! 腹に穴が空きそうだったけどな、ガハハ!」


「お前の支度が遅いからだ。血の汗を掻いたぜ」


「元気そうで良かったぜ、レオン」


 ハンスは扉を閉めて、ナタリアが使っていたベッドに腰を下ろす。



「エスリの件は悪かったな。葬儀は終わったのか?」


「お前が謝る必要なんてないだろ。火葬の手間は省けたから、楽だったぜ。俺たちの紅一点だったんだ。豪華にやらせて貰った」


 身内のない冒険者だったら、そいつの残した金で一晩中騒ぐんだよな。それが俺達流の遣り方だ。悲しみと共に酒を頂く、という建前のただ酒で大騒ぎだ。

 でも、その大騒ぎが激しいほど記憶に残り、誰々は立派な冒険者だったなんて語り草になる。エスリの葬儀もそうであって欲しいと思う。


「残念だ。エスリの代りは当てがあるのか?」


「おいおい考えるさ。ところで、レオン、今日は別れを言いに来たんだ」


「別れ?」


「エスリが『死んだら故郷に埋めてくれ』って言っていたんだ。俺達は旧大陸に戻る」


 多いよな、その願いを言うヤツ。でも、それを叶えてやろうって言うヤツは初めて見たかも。



「そうか、ここも静かになって良いかもな。長旅の共に俺の思い出の品を渡してやる」


 強がっても寂しいものは寂しい。その感情を隠しながらも、俺は胸ポケットから取り出した黒い粒2、3個を渡す。


「丸薬?」


「船酔いの薬だ。ちょっとはマシになる」


「有り難い」


 本当は腹下し用の薬だけどな。まぁ、船酔いも気分の問題だから、よく効くと思う。



「エスリの里はナドナムだ。言付けがあれば、聞くぞ」


 ナドナムか。シャールからはかなり遠い。王都を挟んで、ほぼ逆方向だった気がする。

 それでも俺は姉ちゃんへの手紙を託した。



「ナタリア、剣になったんだな」


 ハンスは俺に確認してくる。あれだけ派手に洞窟内で声を張り上げていれば聞こえるよな。ダンケルやランディも知っている。ナタリアの声は響くものなぁ。


「そうだな」


「事情は知らんが黙っていてやる」


「感謝してやるよ」


「レオン、肩肘を張る必要はないんだぜ。お前は強いが、まだ若い。俺はお前を認めている。だから、悩み事も相談してくれたら良かったんだ。経験の浅さを俺が笑うとでも思っていたか?」


 すぐに俺は次の句を続けられなかった。

 ハンスの言葉は俺の未熟さと痛みを抉った。自信の無さが根本にあって、それを隠すために俺は言葉で取り繕っている。そんな真実を自覚させられた。


「……強くなりたかったんだ。言葉だけでも」


 考えた末に出た言葉は正直なものだった。それほどまでに俺はハンスを信頼して慕っていたのだろうか。


「ガハハ! 言ったろ、お前は強いぜ! 心配するな」


 ハンスはそう言いながら、(たわ)み具合いからも中身の重量感が予想できる皮袋を腰ベルトから外した。中から聞こえた擦れ音からして、恐らくは金だ。


「お前らが洞窟で倒した大男、鬼人って言うらしい。竜にも匹敵する強さだと、カーラは言っていた。その報酬だ」


 竜と同クラスとは、相変わらずお世辞が下手な男だ。それに、その金は受け取れない。


「俺は分配不要だって言ったぞ」


「これは見舞いだ。受け取っておけ」


 義理堅い事だ。感心する。


「何、本当に気にするな。信じられない程の大金が入ったんだ」


 鬼人は金銀、宝石を集めていたらしい。竜に匹敵する強さとは慰めだろうが、宝に関しては本当だったのか。

 率直に言って、羨ましい。冒険者としての最終目標だろ、それ。

 


「先に言えよ。だから国に帰るんだな?」


「そういう事だ。目が飛び出る程のたっかい上等なチケットだったから、良い船旅になるさ。だから、この薬は要らないかもな」


「一文無しで戻ってくる時に、取っておきな」


「クハハ! そうかもな! ……いや、レオン、俺は引退するんだ。もう歳だからな」


 一度の成功で冒険者を辞める事を決意したハンスに残念な思いを感じなくもない。

 冒険者を目指した目的が金の連中は多い。ハンスもそうだったのだろう。ただ、他人に必要以上に首を突っ込まない冒険者の流儀に沿って、俺は引退の理由を訊かないし、引退を撤回させる事もしない。


「ったく、ハンス、お前、どれだけ稼いだんだよ」


 金の話は別な。酒場で盛り上がるためにはちゃんと聞いておきたい。俺の問いにハンスは照かった顔で笑いながら、両手で大きく動かして円を描いた。


「うーんと、たっぷりだ」


 わかんねーよ。お前、数字の計算が苦手だったな。



 俺は剣のナタリアとナイフを取ってもらい、人間の姿のナタリアを出す。


「……実際に見ると驚きだな」


「だろ?」


「ナタリア、今まで世話になったな。旧大陸に俺は戻る」


「うん、聞こえていたよ。こちらこそ、今まで有り難う御座いました。あと、エスリさんの件、申し訳ございません」


 ナタリアは深く頭を下げた。茶色い髪が揺れ垂れて、俺の場所からはナタリアの白い首筋が見えた。


「気にするな。よくある事だ」


 一般的な冒険者だったらよくある事だが、ハンスのチームでは珍しい事だろうに。



「じゃあな、二人とも元気でな」


「おう」


「ああ、そうだ。嘘にならないように、早く赤ん坊を仕込んでおけよ。お二人さん」



 そんな捨て台詞を置いて、指で卑猥なサインをしながらヤツは去っていった。

 残された俺達は凄く気まずいんだが。なぁ、ナタリア?


 あっ、おい! お前、何で顔を紅潮させてんだよ!


「レオン、今は動けないんだぁ」


 マジか!? ニタァって笑うナタリアは、ちょっとフロンさんに似ていた。


 しかし、俺の貞操はナタリアが剣に戻ることで守られる。

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