表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

叩く

 俺は大男と対峙する。でかい。俺の頭の位置が相手の臍の高さだ。脚も俺の胴体より太い。

 ナイフが刺さった両目の下に赤い筋が垂れているが、その血と同じくらいに肌が赤くて、目立たない。


 大男が先に前へ出る。エスリだった炭を踏み砕く。



 さてと、どうしたものか。ナタリアを出しても良いが、そうすると俺の得物がなくなる。また、最悪のケースとしてナタリアの魔法が効かない場合も想定しておきたい。


 だから、まず、俺が大男を削ってみる。無理ならば、すぐにナタリアを召喚する。それに、そこまでの事態になっていたら、俺も出血していて必然的に剣に血が掛かり、勝手に彼女も出てきているだろう。



 大男の豪腕が振るわれ、俺は後ろに跳ねて避ける。勢いが強すぎて、巻き込む風まで規格外。土煙が消えた後の地面に大きな窪みを作っているくらいの威力だ。かすっても致命傷になりそう。


 しかし、降り下ろした腕を戻す速度は並。もしかしたら、これを機会に首の後ろを斬れるかもしれない。


 ……他の動作にも俊敏性は感じない。しかし、速度を騙す知恵がある可能性は忘れるなと、自分に言い聞かせる。



 大男はまた一歩踏み込んで、見上げる俺にさっきとは逆の腕を叩き付ける。対して、今度は避けるだけでなく、剣を繰り出す俺。丁度、地面に拳を付けた瞬間に関節が曲がった関係もあって、目立つ肘頭を剣で削ぐ。


 水を斬るかの如く、滑らかに剣が入り、その部位を落とした。血が吹き出る前の切断面に白い部分が見えて、肉だけでなく骨をも削り落としたことを知る。


 いける!


 俺は大男の傷付いた腕のサイドから集中的に攻撃を入れる。たまに、魔物の工夫のない原始的な殴打や蹴りが来るのを避けながら、剣を舞わす。


 何回かの攻防の末、横から剣を太股に刺し入れて、転倒させることに成功する。



 倒れたヤツの顔を確認する。大きく吼えるくらいに元気だな。早く死んでくれ。

 まだ警戒を怠れない。


 ようやく手が届く高さに来たのだから、必ずお前の最大の武器を斬る! 


 しかし、狙っていた角で先に稲光が生まれた。



 来るっ! が、構わず行けっ!


 エスリも同感だったんだろうな。

 ここで動作を止められる訳がない! 俺は剣を横に薙ぐ。先に角を刈り取る!!



 腹への衝撃で俺は吹っ飛ばされる。空中で一回転してから地面に叩き付けられる。死んではない。追撃の恐れから、死ぬほど痛いがすぐに立ち上がる。


 ぼやける視界で大男を見る。角は……根本から欠けている。


 しかし、この腹の痛みは何だよ……。


 ゴボッ。

 殴られたのか……。


 悟る直前に胃袋から血が逆流し、口や鼻から溢れ出る。


 やば……。

 意識が遠のく……。


 剣は……? あっ、血塗れだよな。


 ナタリア、見ていただろ。……ハンスを頼んだ。



 地面に倒れた俺の目の前に、ナタリアの裸足があった。

 そうだよな、裸だよな。

 そこまで考えていなかった。誤算だ。済まない。




「クソが! 殺してやるから! レオンを助けてから、お前を殺してやるからっ!!」


 ナタリアの叫びが響く中、俺は血が気管に入って()せる。前口上は良いから、早く敵を討って、可能なら俺を治療してくれ。



『我は願い乞う。英稟(えいひん)なる苦渇を負いたる貔貅(ひきゅう)怨府(えんぷ)(あるじ)とならん馮夷(ひょうい)。其は腐渣を譴罪(けんざい)して坐忘に至り、(しか)して、舒暢(じょちょう)たる剖身は無常の刧風(ごうふう)と改める。険固に揺れる(たてがみ)を震わせ、生孩(せいがい)をも還り(うるお)せよ』


 聞いた事のないナタリアの詠唱句。それは治癒魔法の系統だったみたいで、俺の痛みを緩和する。しかし、肺から血を出しきるまでは咳を続けざるを得なかったのだが。



「ナタリアの声だとっ!?」


 今度はハンスの叫び声だ。二人とも余計な魔物が寄ってくるから騒ぐなよ。



 俺が落ち着く前にナタリアは次の魔法に入っている。

 両手を前に出し、難しい言葉を唱える彼女の裸の背中を、俺は息を整うのを待ちながら見ている。


 凛として敵に立ち向かう彼女は、剣の姿の時よりも、もしかしたら、綺麗なのかもしれない。


「――(うてな)の如く陰徳たらんと望む珠色よ、紅涙(こうるい)たる瓔珞(ようらく)を放ち上げよ」


 赤肌の大男はナタリアに迫っていた。それに対して一切の反応もせずに、ナタリアは句を完成させる。

 ナタリアを中心とした地面に深紅の魔法陣が現れ、周りを照らす。

 戦闘中にも関わらず、下からの光がナタリアの臀部を紅い陰影で強調し、俺は彼女に艶かしさを感じた。ナタリアはやはり美しい。



 彼女から放たれたのは、炎の槍とも言うべき、極大の火球魔法、若しくは火柱魔法。

 それが大男全体を飲み込み、焼く。それに止まらず、背後の壁さえも貫き溶かす。



 しかし――岩さえも溶かすナタリアの一撃であったが、大男は尽きていなかった。炎の中、高く腕が上がるのを俺は見た。



「サンキュー、ナタリア! 最後は俺が殺る!」


「えっ、レオン! まだ傷が癒えてない!」


 そうは言うが、お前が死ぬ方が辛い。



 拾ったのはエスリの大槌。焦げてはいるが使えそうだ。

 重い。エスリの腕力、凄かったんだな。

 脚を踏ん張って、腰を回す。


「うおおおおーー!!」


 それを気合いと共に斜め下から突き上げる形で、まだ燃えている大男の股間にぶち当てる。


 さらに二撃目。


 大槌を背中から縦に振り上げ、前へ下ろして、大男の胸を破壊する。大きく仰向けに倒れた様子から、戦闘を終えた感触を得る。


 大槌を投げ捨てる。

 クソ重い。無我夢中とはいえ、よくもこんな物を振れたな、俺。


 エスリ、仇は討ったからな。



「レオン! やるじゃない!」


 感傷に浸る間もなく、喜ぶナタリアが俺に後ろから抱き付いてきた。裸なのに。首に巻き付いた二の腕が柔らかだった。


 俺が赤面している事から、彼女もそれに気が付いて、同じく顔を真っ赤にしながら、俺の頬を平手で殴り、存分に(なじ)ってから、剣に戻っていった。


 本当に理不尽だと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ