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落ちる

 そいつは俺とナタリアに願えと命令した。

 動揺したままの俺達は再度の問い掛けを受け、それから意識を無くし、俺は地上に戻っていた。


 痛む頭を振りながら、ナタリアを呼ぶ。しかし、村を出て以来、一度も離れずに旅を共にしてきた彼女はどこにもいなくなっていた。代わりに剣が一本、傍に落ちていた。



――――――



 王都近郊の港から船で一ヶ月半の距離、荒波に揉まれる旅路を耐えた先である、新大陸と呼ばれる場所で俺達は活動している。

 ここは数年前に発見されたばかりの広大な土地で、手付かずの森や洞窟が存在して、何人かの幸運な冒険者が大きな富を手にしたと噂されている。



 そんな話を聞いて、この俺、レオン・ハウエルは久々に湧いた好奇心と冒険心といった幼稚な感情に負け、船へ乗り込んだのだ。なけなしの金を使って。

 街で錆び付いた俺の夢は、まだ死にきっていなかったようである。


 大きくなったら冒険者になり、何か宝物をゲットして有名になりたい。そんな夢というか単純な願望を、退屈な田舎の村で過ごしながら抱いていた。


 だいぶ昔に、隣の家に住んでいた姉ちゃんが街に行って冒険者になると聞いた夜は、羨ましくて、また寂しくて、人知れず泣いたものだ。結局、冒険者でなくて巫女とかいうよく分からない職に就いていたのは後日知った。

 なお、このハウエルの姓は、隣の家に住んでいたその姉ちゃんが付けてくれた。田舎の村出身の俺には、本来、ちゃんとした姓はない。



 冒険者に憧れ、結局、3年前に俺は村を離れた。母親はおらず、父を村に残す形になったが、それは気にしなくて良いだろう。父もまだ森の魔物を狩る程度には元気だったからだ。


 幼馴染みのナタリアも俺に付いてきてくれて、俺を支えてくれている。洗濯だとか、料理だとか、野宿の床の用意とか、雑務でさえ笑顔でこなしてくれる。俺が手伝おうとするのを断るのは非効率だと思うのだが。


 何より彼女は攻撃魔法に長けていて、その意味でも本当に頼りになる相棒だ。お互いに無名な冒険者であるが、俺と組んでいなければ、彼女の名は世に轟いていたかもしれない。



 俺も自分の剣はそれなりに行けると思っている。ただ、それなりであって達人の域には至ってはいない。

 例えば、人より倍の大きさを持つ犬タイプのモンスターを一人で仕止められる程度の腕で、単騎で竜を討つみたいな真似は出来ない。


 冒険者仲間の評価でも、そこそこ。ナタリアと俺はペアで扱われて、腕の立つ便利屋程度の認識だと思う。ちょっと危険な場所に行くときは保険的に助っ人として誘っておきたいみたいな。

 他のパーティからの正式な加入の誘いも何回かあったが、全てナタリアが断っている。




 さてさて、今の状況は宜しくない。


 剣の傷みが激しくて新しい物が欲しくなり、金策のために街のギルドに幾つかの仕事を斡旋してもらった。その内、手っ取り早く金になりそうだったのが、大陸の奥地を探索する誰かの為に食料やら武器やらを送る馬車の護衛だった。



 しかし、不運なことに、その仕事を別に受けた冒険者連中が依頼主を裏切ってしまった。具体的には目的地へと続く密林の中で、御者とその従者の首を切り落としやがった。見ない顔だったから警戒していたが、ここまで大胆な連中だったとは。

 恐らく、積み荷をそのまま強奪する気だと思う。



 口封じとして俺達の命も当然に狙われた。命からがら、偶然に見つけた洞窟に逃げ、ナタリアと二人で俺は息を潜めている。湿った雰囲気と蝙蝠の臭気が不快ではあるが、身を潜めるには都合が良い。



「しつこいわね。こっち来る」


 必要以上に俺に密着している気がするのは、普段は強気のナタリアも内心怯えているからだろうか。

 心配になり様子を見たら、いつも通りの勝ち気な表情。ナタリアも俺を振り返り、茶色い髪が俺の頬を流れた。


 近過ぎだろ。

 剣を抜かざるを得ないときは離れてくれよ。



 そんな事を思いつつ、俺は視線を戻す。ナタリアが言うように、洞窟の入り口に人影が二つ見えた。逆光で表情などは疑い知れないが、俺達を始末しようと冷酷な顔なんだろうな。



「殺るわよ、レオン。あんな雑魚ども、骨も残さずに焼いてやるから」


 ナタリアは頭が悪い。姉ちゃんくらい頭が弱い。昔の俺でさえ、ここまでではなかったと思いたい。


「ナタリア、待て。やり過ごせるなら、その方が良い」


「はあ? 私、あの馬車にお金置いてるんですけどぉ? 取り返さないと、明日から無一文で、体を売るはめになるんですけどぉ?」


 体を売る? 意味は分かる。

 姉ちゃんの友達が言っていた、職に貴卑はなく、全て尊いと。

 肉体労働、万歳。吹き飛べ、倫理観。



 まぁ、ジョークなんだろうが、流した汗だけお金が貰えるのは真っ当な事だと、俺は思う。


 冒険者になって気付いたんだが、この職業ってのはヤクザな仕事で、職がないからやってる奴等ばかりだった。


 正直、冒険なんてしていなくて、その日暮らしの何でも屋なんだよな。無職と大して変わらない。成功報酬制だから、頑張っても失敗したら金は貰えない。何人かの知り合いは怪我や病気を治せずに死んだ。



「ナタリア、最初の客は俺が予約な」


「はあ!?」


 バカなナタリアが声を上げるものだから、犯罪者に居所を気付かれた。慌てて、ナタリアの腕を掴んで、奥へと走る。


「バカ、声を出すなよ」


「はあ? 出すなって方が無理よ、バカ」


「最近のお前、おかしいから乗っかっただけだ。冗談だ」


 追手の連中の足捌きを見る限り、俺なら勝てると思う。いや、ナタリア一人でも勝てるだろう。


 ただ、奴等を屠ったところで仲間がいて、下手をしたら依頼主殺しの罪を被せられるかもしれないし、夜道で仕返しを受けるかもしれない。

 避けられる危険は避ける方が良いって、師匠も言っていたしな。



 見逃してくれないか。

 天井からの滴で水溜まりが出来ていて、俺達は用心してそれを踏まない様に避けていた。しかし、追ってくる彼らは大胆なのか、洞窟内に向こうの足音が響く。


 あの岩影に隠れよう。もしも、それでも来るならば――ここまで奥なら始末しても他にばれない。


「近接戦も望むところよ」


 俺と繋いでいない方の手で、ナタリアは鋭い片刃のナイフを持つ。

 相変わらずの強気な発言だが、人に刃を向けるのは俺と同じで初めてのはず。いや、ナタリアは魔法で人を焼いた事が何回かあったな。

 何にしろ、俺は予想される対人戦に緊張していたのかもしれない。足下への注意が行き届いていなかった。



「ちょっ! えっ、レオン、下っ!!」


 先を歩いていたナタリアに引っ張られる形で、曲がった先にあった深い縦穴に俺達は落ちてしまった。


 

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