8話 賢人コールマン
朝食を済ませたセフィアとカインは、レインス家の書庫に侍女の案内で足を運んでいた。
セフィアにとって実家であるため、屋敷内は自由に動くことが出来る。ただ、今ではプロメテア家の人間であり、節度を守るためにも領主である父、ゴッツァへは許可を取っていた。
「母様、ここには何があるんですか?」
「ここは本が沢山置いてあるのよ〜。だからカインのスキルについて何か分かるかもしれないわ」
書庫へ入ると本棚が壁に沿って置いてあり、そのほとんどを埋めていた。部屋の真ん中には大きめの机があり、そこにも無造作に本が置かれていた。
「すごい量の本ですね。これだけあれば何か手がかりがあるかもしれないですね」
「じゃあカイン、別々に探していきましょう!母さんはこっちから見ていくわね」
両側からそれぞれ目ぼしい本がないかパラパラと捲っては元の場所に戻す。
カインには難しい本が多かったが、たまに魔法について書かれた本があり、つまらないということはなかった。
「あ!カイン!こっちにきて!」
カインは近づき何だろう?と本を覗くと、
『退魔戦争の英雄コールマン』という表紙の本だった。コールマンとは確か昨日ゴッツァおじいちゃんが言っていた名前だ。
もしかしてそんなにすごい人が近くにいるのかな?と興味が沸いた。
「コールマン様はね、世界で3人しかいない賢人と呼ばれているの。この方とレインス家の前領主、つまり私のおじいちゃんとが幼馴染だったの。そのおかげで今でもコールマン様はレインス領に居てくださるのよ。そしてレインス家を色んなことから守ってくれているのよ」
「そんなにすごい方が居るならこの領地は安心ですね」
「カインはこれからコールマン様のところで世話になるようにお願いしてるのよ」
「えっ?」
さり気なく言ったセフィアの言葉にカインは固まった。それは想定していなかった。
「それは、俺1人がコールマン様の所に行くということですか?」
「そう、なるわね・・・」
セフィアとしても可愛い我が子がやっと元気になったのに、すぐに距離を取ることには少なくない寂しさを感じていた。
しかしカインの将来ーーープロメテア家全体の将来ーーーを考えれば致し方ないと納得する他なかった。
そのあとも暫く書庫での物色を続けたが、結局スキルについては見つけることが出来なかった。
時間はすでにお昼に差し掛かっていたので、ゴッツァと昼食を取った。
「セフィア、この後コールマン様の所へ行くのだが、準備は良いか?」
「ええ、お父様。カインも、いいわね?」
「はい」
軽めの昼食を済ませると、程なくして移動を始めた。屋敷を出て一刻程度の距離に木々生い茂る土地に古い建物があった。
お世辞にも立派な屋敷とは言えない建物を見て、ここに賢人様が本当に居るのだろうか・・・と不安を覚えた。
コンコン、
「ゴッツァです。コールマン様、いらっしゃいますか?」と呼び出すと、少ししてガチャリとドアが開く。
「なんじゃ、ゴッツァの坊主かい。また貴族の揉め事かの?」と面倒くさそうな態度で真っ白な長髪の老人が出てきた。顎にも長く伸ばした白い髭があり、皺だらけの顔だった。
「コールマン様、仮にも今は領地を任されております。坊主は勘弁して下さい」とあまり頭が上がらないといった姿を見て、セフィアはくすくすっと小さく笑っていた。
立ち話もなんじゃし、とほにょほにょ言いながら家の中へ招き入れてくれる。
「コールマンおじい様、ご無沙汰しています。セフィアですわ。今日はおじい様にお願いがあって参りました」
「ほほ〜う?これはどこの美人さんが来たのかと思ったらセフィアじゃったか!にょほほ〜」
とゴッツァの時と明らかに態度が違い、今度はカインがクスクスと笑っていた。ゴッツァは苦笑いだったが。
「おじい様は相変わらずですわね〜、ふふふ。それでお願いなんですけれど聞いてくれますか?」
「仕方ないのぉ、今日の晩酌をしてくれるなら考えんこともないぞ〜?にょほほほほ」
今度は母親にいやらしい目を向けて来たのでカインは少し苦い顔になった。
「まあ!私は今日はレインス家に戻らなくてはならないのです〜。こちらに来て下さるなら歓待させて頂きますわ」
「くっ、レインス家には顔を出したくはないのぉ〜。セフィア嬢は相変わらず躱すのが上手いのぉ。ほんで、お願いというのは一体なんなのじゃ?そこの小さいのが関係しとるのかの?」
ふふふと、余裕の表情でセフィアは受け答えしつつ、
「ええ、お願いというのはこの子、カインをおじい様に預かって欲しいの」
「ふむふむ、やはりのぉ。こやつ魔力を纏っておるな?うう〜む、変わったスキルでも持っていそうじゃの・・・」
カインはまだスキルについて何も話していないのに、見透かされているような感覚を受けドキッとした。
「流石は賢人様ですわ、それについてはカインから詳しく聞いて欲しいのです。お父様と私はすぐに屋敷に戻りますから」
「なんじゃ、もう行くのか?ほんでこの坊主をいつまで預かればいいんじゃ?」
「少なくとも5年は・・・成人するまでは、と考えています」
さっきまでとは一転して、堅く覚悟を決めたような表情を浮かべたセフィアを見てコールマンは察した。
「ふむ、これだから貴族は面倒臭いのじゃよ・・・、坊主、カインと言ったかの?お前はこれからただのカインじゃ。良いか?名乗る時はカインとのみ名乗るのじゃぞ!儂のことは師匠と呼べ。良いな?」
カインは話の流れに付いていけず、混乱が混乱を重ねるといった状況ではあったが、母親の真剣な顔を見て、これはやはり嘘ではないのだな、と諦めるしかなかった。
「はい、師匠!これから宜しくお願いします!」