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第一章:六条学院文化祭(1)

 9月2日(木)/ハウスメイドもお忘れなく☆








――翌朝。


 疲れが溜まっていたせいか、夜はぐっすり眠れ、寝覚めは決して悪くなかった。


 俺はベッドを降りると、顔を洗いに洗面所へと向かった。

 そして縁側の戸を開けて大きく一つ伸びをし、朝食が待つリビングへと向かう。

 これが俺の朝の簡単な行動パターン(前半パート)だ。



 リビングは畳が敷かれた和室のような部屋で、長方形に長く、ふすまを仕切りに色々な部屋と繋がっている。

 真ん中には横に四人ほど座れそうな長いテーブル、端にはテーブルが一つ、掃除機が一つに幾重にも積まれた座布団など、非常にがらんとした空間だ。

 だいたい食事の際に使用される部屋だが、家族の会合や、応接のときにも使われている。


「うぅー朝早くから腹減ったなー」


 俺は腹部をさすりながらリビングに入った。

 見ると、テーブルの上にサラダやコーンスープなど、存外ヘルシーな食事が並んでいる。

 台所からも美味しそうな食べ物の匂いが立ち込めてきていて、食欲をそそった。

 朝早くから料理をこしらえるのは、間違いない、静香さんだ。


「おはようございます、椋さん」


 と、噂をすれば本人がご登場。

 静香さんは台所とリビングを繋ぐ襖の前に立って、大きくお辞儀をした。

 ポニーテールの下に隠れたうなじが顔を見せる。

 朝から気分爽快、新鮮な空気をありがとう。


「おはよー静香さん」


 

 静香さんはヨーロッパ風に言うといわゆるハウスメイドである。

 詳しく言えばメイド・オブ・オールワークスとか長い名前の職業なんだろうが、ここでは割愛させていただこう。

 

 俺達が一概にメイドと言えば、藤森や沢城みたくエプロンドレスを想像する。

 たしかに、本の中の『日本』やオタクの聖地アギバハラなどの概念でいくとそうなるだろう。

 しかし現実は違う。

 少なくとも、メイドは『坊ちゃま』とか『ご主人様』のような言葉遣いをする役職ではない。

 どちらかといえば、継母ままははや義母に近いものだ。

 多少の上下関係はあっても普通に会話できる。そんな感じの関係。

 家政婦と考えてくれれば一番しっくり来るかもしれない。



「あぁ、静香さん。頭がおかしくなって野獣の本能が駆り立てられるコーヒーを一つお願い」


 俺達と静香さんの付き合いが長い。

 彼女が雇われて、この家にやってきてからかれこれ五年になるか。

 俺が中学に入学した頃に、ちょうど彼女が現れたんだっけな。


「馬鹿なこと言わないでください。本当に変な薬が入ったコーヒー入れてきますよ?」


 そして静香さんは姉ちゃんばりにノリがいい。

 たとえば――



「静香さん、好きです」


「知ってます」


「静香さん、エッチなことしましょう」


「今は朝ですよ、椋さん」


 こんな具合だ。

 冗談に対する受け応えが上手いから、会話が弾むし話しかけやすいのである。




 まあ、メイドと聞いた瞬間エプロンドレスコスで犬のようになんでも言うことを聞いてくれる天然の萌え萌えキャラを想像したあんたはきっと負け組みだろう。




 心の中での静香さん紹介が終わったところで、ちょうど俺は誰かに後頭部を殴られた。


「あだっ!」


「あ・ん・た・は・ア・ホ・か!」


 目から火が飛び出たような衝撃が駆け巡る。

 俺は両手で頭を抱え込むように抑え、腕の隙間から覗くように振り返った。

 そこには片拳をギリギリと震わせた姉ちゃんが立っていた。

 ……くそっ、思いっきり殴りやがったなド畜生が!



「くそっ、思いっきり殴りやがったなド畜生が!」




――ゴツンッ!




 二発目。今度は抑えていた手まで殴られた。


「あだだだだだ!」


 く〜、思ったことを口にしてしまうのは俺の悪い癖だぜ……。


 痛みに悶絶している俺を見て、姉ちゃんは呆れたようにため息をついた。


「はぁ〜〜〜〜、あんたの頭殴ってるこっちの身にもなれっての。けっこう痛いのよ、これ?」

「じゃ殴らなきゃいいだろーがこのやろう!」



――ドスッ!



 脇腹に蹴りを一発。


「ぶほっ」


 ほんとに信じられないことしますねぇあんた!


 俺がさらに身悶えすると、姉ちゃんは嫌なニヤケ顔を浮かべて言った。


「でも朝一番はやっぱり椋の後頭部に一撃かましとかなきゃすっきりしないだろうなと思って〜」


 思うなよ、そんなこと。

 しかも一撃じゃなくて二撃だったじゃねぇかよこのやろう……。




「あーそれよりさあんた、来週からカレンちゃん一条学院レファインス週三日しゅうさんで通うみたいだからさ、登校する火曜と下校する金曜は一緒に送り迎えしてあげな」


 髪をボリボリと掻きながらそんなことをのたまった。

 またいきなり無茶なことを言ってくれる。


「そんなの無理に決まってんだろ、沢城をも蹂躙じゅうりんさせるほどの美少女と一緒に帰ってりゃ周りになんて言わ――ぶほっ!」


 言い切るより早く、脇腹にもう一発食らわされた。



――ドスッ、ドスドスッ、ドスッ。



 ちょっ、蹴り過ぎだって姉ちゃん!


 続けさまに飛んでくる足技を俺は手で制しながら、『やめてくれ』と叫んだ。

 ふと横を見ると、静香さんは天使のような笑顔かおで微笑んでいた。

 ……って、何か言ってやってくれよ静香さん!



「とにかく四の五の言わずに言うとおりにすればいいのよ」


 姉ちゃんはあくまでも命令口調でものを言った。

 いや、しかしだな。俺にだって用事ってモンが……。


 そんな俺の意思を察したのか否か、姉ちゃんは俺の耳元に顔を寄せ、こう囁いた。


「あのねぇ、可愛い女の子と登下校するのよ? わかる? ラブホよラブホ。もうこんなドキドキシチュエーションならラブホ直行確定なんだから。据え膳食わぬはなんとやらって言うでしょ。ここハイカラなお寺なんだーとか言ってホテルに連れ込めばいいのよ。わかった?」


「全然わからないよお姉ちゃん」


 というかどんな登下校だよそれ……。

 妄想凶みたいな思考回路だな。


「とにかく! あんたに拒否権はないの。可愛い子と魅惑の登下校をするのと、股間にペリカンのついたバレリーナ服着せられるのとどっちがいいの?」


「どこにそんな服あるんだよ!? 和谷でも持ってねぇよ、んな気持ち悪いモン」


「……あ、それなら私が持ってます。もしものときのことを考えたら、服は予備があればいいなと思いまして」




――ゑっ?




 ずっと隣で微笑んでいた天使が何かとんでもないことを言ってくれたような気がした。

 あは、気のせいかなぁ、あはは。そうだよな、まさか静香さんにそんなアホみたいな趣味があるなんて……。



「通販で買ったんですよ。一回着てみたら凄いボリュームでした。ちょっと、股のところが重かったですけど」



 あああぁぁぁぁぁぁっ!

 なんてことだ。あの天使のような静香さんが、あの母親のような静香さんがっ!

 俺は全身全霊で今起こったことを忘れることにした。

 ましてやその服を着ちゃったなんて、覚えておいてこれほど毒なことは他にない。


 俺はお気に入り覧にたまったエロサイトへのリンクを全消去する勢いで記憶を抹消した。


 

「あの……椋さん?」



 かすかに口元が微笑んだ静香さんが身悶えする俺に声をかけてくる。

 その隣、嫌らしい笑みを浮かべた姉が嘲笑するかのごとく俺を見下ろしていた。


「わかった……なんでもするから……どうか、どうか!」


「うふふ、よろしい。じゃさっき言ったこと、よろしくお願いね」


 俺はこの瞬間、姉の背中に悪魔を見た気がした。








 そういうわけで、結局俺は火曜と金曜限定でカレンと登下校することになりました。


 

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