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序章:ホームステイと始まりの日(3)

 9月1日(木)/文化祭の取り決め。









「んじゃ本題に入るで。皆も分かってると思うけど、来週末、土日を挟んだ9日から11日までの三日間、我が校で六条祭が開催されるんやけどな」


 先生の長ったらしい終礼が終わって、やっと帰れると息をついたとき、奈緒子いいんちょうから話があるということでクラス全員が呼び止められた。

 どうやら、夏休み明けに開催される六条学院文化祭(あくまで一条学院レファインス主体だが)の取り決めらしい。

 そういえば、夏休みの宿題として『文化祭の催し物を考えてくること』みたいなのが出題されていたっけ。

 ま、当然のことながら、俺は全くと言っていいほど何も考えてきてないけどな。あっはっはっはー。


「どうもうちらのクラスだけ・・出しモン決まってないみたいなんや。んで、生徒会執行部に提出する書類の期限も明日までやねん。そこでや……」


 奈緒子がわざとらしく間をあけ、目を閉じる。

 そして似非えせ刑事みたくバっと目を見開いた。


「今日は出しモン決まるまで部活も下校も禁止やあぁぁぁぁあああ!」


 ……なんでそんなにテンション高いんだ?

 場の空気を盛り上げるためか知らないが放課後を拘束されるとなるとさすがにシラけ……。



「おおおぉぉーーーーーーーーーーーっ!」



 ないのが不思議なんだよな、このクラス。

 ま、実際のところ水踊りしているのは女子だけで、男子はたいはん他人面か気だるそうにため息をついてるんだけど。

 

 しかし、テンションが高い割には出し物が一向に決まらないのも、このクラスの特性だろう。

 どっかの藤森バカが話を脱線させにかかったりしてね。



「いや〜〜まったくうちのクラスの女どもは、うるさいこと極まりないね。百回くらい殺したいよ」


 と、噂をすれば後席から藤森の呪詛が聞こえてきた。

 むしろお前が百回殺されろ。



「んなわけで、何か提案ある人は挙手お願い。順番に当てていくから」


 奈緒子が機転が利く生徒会長ばりにちゃっちゃと司会進行していく。

 彼女だってぶっちゃけ言うと早く陸上行きたいんだろうな。

 昔から運動好きな奴だったからそのへんはよくわかる。

 運動好きで陸上部な割には肌が白いというところがちょっと加点だ(関係ない)。




 しかし困ったことに、夏休みを挟んだはずなのにクラスの誰からも手が挙がらない。

 人に言える身分ではないが、みんなもクラス行事は二の次三の次だったのだろう。

 もしかして、すっかり忘れていた奴もいたかもしれない。

 かくいう俺がその一人だ。



「ふっふふ〜ん。これでは春の創立者祭の二の舞だな。仕方ない。ここは俺が……」


 後席からまたもや藤森の奇妙な笑いが聞こえてきたぞ。

 つくづく変な奴だよ、藤森は。何が『ここは俺が』だ。

 

 ……って、ん?


 なんだって? ここは俺がだって? おいおいそれってまさか――



「おま――」


「さあみんなの窮地を救う英雄ヒーローのイメージでもってぇ、この不肖藤森が未曾有みぞうの提案をしてやるからよ〜く聞きたまえ!」


 止めるより早く、藤森は立ち上がって言った。

 と同時に、クラス中の視線が藤森に集まる。

 ああ、くそう。悪の旋風を止めることができなかったぜ。


「といってもまぁ所詮は学院の文化祭。学内だということを考慮して、控えめな提案にするとしよう。……というわけで、俺が提案する出し物は……」


 ああ、もうここまで来たらどうにでもなれだ。

 藤森もバカじゃないし、本人もああ言っているのだから、あんまり心配はいらないだろう。

 長い付き合いだからこそ言えるが、こいつはお化け屋敷とか、迷路とか、大口叩いておいて案外ノーマルな提案をするのだ。

 さぁ来い、この際舞台演劇とか野外ライブとかはっちゃけたのでもどっしり受け入れてやるぞ、俺は。




「……ふふっ、ずばり『メイド喫茶』だ」


「ぶっ!」


 アブノーマル過ぎて受け入れ切れなかった。

 色好いろよい返事を期待した俺がバカだった。

 ……つーか、それのどこが控えめな提案だよ。

 未曾有には間違いないだろうが、それはここが天下の六条学院高校だからなんだぞ!

 それにな……。


「アホかお前は! 生徒会が許してくれるはずないだろ」


 自慢じゃないがうちの学校の生徒会は巍然ぎぜんとして優秀だ。

 特に女性陣は一条学院レファインスから抜擢ばってきされた超エリート会員である。

 また、何より生徒会長が、あの一条学院総代レファインストップ細道夏樹さいどうなつきだ。

 問題児(=藤森&沢城)を抱えるうちのクラスの動向など、ありとあらゆる手段で調査してくるに違いない。


 俺は、藤森に向けられていたクラス中の視線を受けた。

 中には、俺の意見に賛成だと言わんばかりにうんうんと頷いている人もいる。

 

 しかしそんな反応を余所よそに、天使のようなすまし顔で藤森は言った。



「ふむ、タイトルはメイド・イン・メイド喫茶で決まりだな」


「名前なんてどうでもいいんだよ!」


「あはは。これはこれは手厳しい」


 

 くそっ、あくまでそういうテンションで来るか。

 ならば俺は……。


「あのな、もしやるとしてその衣装はどうするんだよ? お前がどんなメイド喫茶想像してるか知らんが制服でやるなら、んないかがわしいネーミングにしなくてもいいんだぞ? それに準備期間は一週間しかない。そんな短期間で立派な喫茶店が出来るのか? それに予算は? お前が想像してるのはクラス内のカンパでまかない切れるものなのか? そして何より生徒会にバレたときはどう責任をとってくれる? クラス単位で停学食らっても知らないぞ?」


 捲くし立てるようにして異論を並べる。

 うざいくらいに次々と反論が出てくるのは、俺の長所であり短所だな。

 ここだけの話、『教師』になるトレーニングをやっていたらこれくらい自然に身につくものだ。

 

 しかしこれだけの反論を述べられたにも関わらず、藤森は相変わらず颯爽さっそうとした様子で言ってきた。


「ふふっ、何を言い出すかと思えばそんなことかい? 下世話だなぁ音原は」


 そして勝ち誇ったような笑みを浮かべ、くすくすと小さく笑った。


「生徒会執行部や風紀委員の連中については、当日俺が別所で暴れて注意を引き付けておくよ。おおかた、向こうは俺一人に戦力を集中させてくるだろうしねぇ。それで衣装のほうは……そうだなぁ、本場仕込みのフリル付きエプロンドレスが理想だから、沢城君に頼もう」


 彼はすぐ隣の席にいる沢城を指摘する。

 すると沢城は、誰が見ても分かるような困惑を顔に出した。


「無理だ。三次元の娘に俺の愛しいメイドカフェの思い出(=メイド服)を汚されたくはない。君が提案した企画なんだから僕を巻き込まないでくれ」


「まぁまぁそう言わずにさぁ。もし貸してくれたらYUKI☆TANNゆきたんと恋文エキセレントのDVD永久保存版をタダで譲ってあげるからさぁ?」


「……任せな。ゴスロリから巫女服まで幅広く取り揃えてヤ☆ル☆ヨ」


 おいおいおい。

 なんだその現金丸出しな心変わりは!?

 ていうかお前のせいでアキバ級のメイド服が手に入っちまったじゃねえか!

 くそう、懸念が一つ消去されたぜ。



「さあ、これでも何か問題があるとでも?」


「そもそも問題しかないように思うんだが。まぁ、とりあえず準備云々うんぬんの前にクラスの意見を聞いてからだ。奈緒子、この提案についてどう思う?」


 何だか奈緒子いいんちょうとの立場が逆転してしまっているような気がするんだが。


「そうやな……。なぁ藤森。生徒会に提出する書類に対する懸念は――」


「ノープロブレム。書類を捏造ねつぞうするか虚偽の報告でもして、適当にあしらっておけばいい。当日までメイド服の着用を控えておけば、たとえ向こうが偵察にやってきても誤魔化しがきく」


「……へ〜、なるほどねぇ……」


 変に周到しているから、曲がりなりにも奈緒子が納得されかけているぞ。

 俺は藤森といがみ合うようにして奈緒子に言った。


「おいおい奈緒子、書類以前にここは学内だ。それが一番の懸念だろ?」


「……生徒会に目をつけられることは殆どない……ぶつぶつ……衣装も本場仕込みのエプロンドレス……ぶつぶつ……」



 ん? どうした。奈緒子の様子がおかしいぞ……。



「あのぉー、奈緒子さ――」


「よぉーし。うちはメイド喫茶に賛成やっ!」


 はいぃぃぃぃぃい!?

 え、なにそれ。どうしたの、その心変わり。沢城のはまだ分かるけど、あんた、何も貰ってないよねぇ?


「だってさ〜、うちも一度着てみたかったんやもんメイド服。普段は『きも〜』とか言ってるけど、なんだかんだ言ってちょっと興味あるんよね? だからさぁ、クラスの催しなら堂々と着れるしいい機会かな〜と思って」


 それ委員長としてどうなの!?


「ですよねぇですよねぇ? やっぱり奈緒子いいんちょうはアキバ心というものをよく理解してらっしゃる。どっかの凡骨と違って」


「突っ込みどころが多すぎるぞお前……。二点だけ言わせてもらうと、まず奈緒子のはアキバ心じゃないし、そして俺は凡骨でもない」


「え、じゃあポンコツ?」


「どうしてそうなるんだよ! 一回お前の頭かちわって中身見てみたいわ」


「ああ言えばこう言う。まったく、誰に似たのかしら」


「あぁぁもう! 話をそらすなあぁぁぁーーー!」



 俺はひたすら突っ込み役に回る哀れな主人公ばりに叫んだ。

 すると、やたらとうるさかった藤森が気持ち悪いくらいに押し黙る。

 代わりに、一部始終を見届けていたクラスメイト達のくすくす笑いが聞こえてきた。

 

「……」


 路上での痴話喧嘩を遠巻きに見られてるような気分だぜ……。


 そんなことを考えていると、どこからともなくこんな声が聞こえてきた。





「ねぇねぇ、メイド喫茶ってちょっと面白そうじゃない?」

「あ、それ思う〜。かなりここだけの話、うちも委員長と同じ考えなのよね。一回着てみたかったけど、恥ずかしくて言えなかった系な」

「俺も公言できないけど、実はそっち系にもちょっと興味が……」

「じゃ賛成しちゃう? 音原君、あんなに頑張ってるのに気の毒だけど」




 あれれあれれ!? なにこれ、クラスの雰囲気がメイド喫茶に流れ始めてる!?

 しかもさりげに俺への哀れみの言葉がっ!


「YOU、いい加減諦めちゃいなYOU!」

「だ、黙れこのナルシスト野郎! まだ決まったわけじゃねぇぞ? それとそのネタ古い」


 と言いつつ、クラスの雰囲気がメイド喫茶に流れ始めてるのは誰が見ても明白だった。

 おいおい、お前らマジでこんなのでいいのか?

 今ならまだ引き返せるぞ? 何ならオーソドックスに縁日でもやればいいじゃねぇか。



 

「じゃー私は藤森君に賛成ー!」

「俺も。っていうか俺もともと賛成派だし」

「やろうやろう! 今年一番のはっちゃけイベントだよっ!」



 

 ああぁぁぁ。とうとう賛成の旗が……。

 こういう議題だと、一度上がった賛成は伝染病のごとく広がっていく。

 もとより、みんな『放課後だから早く帰らせろ』精神だ。

 俺以外の全員が賛成派になるまで、そう長くはかからなかった。


「ふふっ、俺を敵に回すと恐ろしいことになるってこと、分かってくれたかな?」


 後方に見下すような視線を送ってくる藤森の姿があった。

 ちくしょう、敗北が事実なだけに何も言い返せん……。


 

 俺は死にかけのゴキブリばりに机に突っ伏した。









 そんなわけで、俺らのクラスの出し物は『メイド・イン・メイド喫茶』に決まりましたとさ。とほほ。






 




(4)のところを(3)に修正しました(汗


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