98.予想外の黒幕
「そういえば、最近女の子の誘拐が増えてるんだけど、ヘルメスちゃん何か知らない?」
「んえ?」
とある日の昼下がり、オルティアの所でくつろいでいると、彼女がいきなりそんな事を聞いてきた。
それまで一緒にベッドの上にいて、彼女に膝枕してもらってうとうとしていた俺は一気に目が冴えて、膝枕のまま彼女を見あげた。
「どうしたんだいきなり。お前からそんな話題を振ってくるなんて珍しいな」
俺は聞き返した口調以上に、オルティアのそれに驚いていた。
オルティアは「プロフェッショナル」な娼婦だ。
本人は娼婦としての誇りをもっているっていつも言ってて、実際娼婦以外の事では金を取らない。
娼婦という、男を盛大に惑わす職業である以上、相手の男から通常以外の金銀財宝を渡されることも多い。
それを受け取る事自体悪いことではない、むしろ娼婦として当たり前の事だ。
だが、オルティアはそれを頑としてしていない。
そんな彼女が、客としてきている俺にこんな事を聞いてくるなんて普通はないことだ。
「おかしいかな」
「ああ、おかしい。一生のお願いとかでおねだりされるのならともかく」
「一生のお願いの方が好きなの? ヘルメスちゃんマゾっ子だっけ?」
「なんでだよ! 男としておねだりされるのは悪い気はしないってだけだ」
要求しだいではあるが、可愛い女の子に「お願い」をされるのは普通に悪い気はしない。
むしろ気分がいいのである。
「あはは、ごめんごめん」
オルティアは両手を合わせて、ウインクしながら謝ってきた。
直後、表情が変わる。
今までのとは違う、真剣な表情だ。
それに「何か」を感じた俺は、膝枕から起き上がって、ベッドの上でぐるっと半回転して、彼女とまっすぐ向き直った。
「ヘルメスちゃんも知ってると思うけど、娼婦って、誘拐されて売られてきた子も多いんだ」
「まあ、な……今でもか?」
「今はあまり」
「そうか」
俺は静かにうなずいた。
俺が領主になって、政務してきた中でいくつか気に留めた事がある。
人さらいと、人身売買の事だ。
親から自発的に子を売るのは禁じていない。
農村とかだと口減らしの必要がそもそもあるし、真っ当に売り買いした方が互いに幸せな事が多い。
誘拐による人身売買はキツく禁じて、取り締まりさせている。
その結果がオルティアの口から聞けて、少しほっとした。
「でもやっぱり、ゼロじゃないのよ」
「そりゃな。なんでも『ゼロ』ってのはありえんさ」
「たまにやっぱり来るのね。ここだと買い取った方がいい事も多いから買ってるし、それでまた来るんだけど、ここ最近また誘拐が多くなってるけど、うちにはまったく来ないのよね」
「他の娼館には?」
「やっぱりないみたいだよ。お姉様にもきいたんだけどね」
お姉様……オルティアの娼婦の先輩、ヘスティアの事か。
「そう、か……」
俺はあごを摘まんで、考えた。
オルティアに話したことではないが、「まったくない」ってのはおかしい。
これが普段から買ってないっていうのなら、ここに来ても意味がないって意味でこないだろうけど、普段から人さらいから買い取ってるんなら、まったく来ないのはおかしい。
ゼロになったのなら、そこになにかがあると考えるべきだ。
「だから、さ。ヘルメスちゃんなにか知らないかなって」
「……わかった。調べてみる」
☆
「ご当主様に言われて調べてみたのですが、おっしゃる通り領内での行方不明が多く発生しております」
屋敷の執務室。
調査をさせたミミスの報告を聞いて、俺は眉をひそめていた。
ミミスに命じてからわずか半日程度だが、それでもはっきりと「多く発生している」っていう結果が上がってくるくらい、多発しているみたいだ。
「解決はしてるのか?」
「ほとんどが未解決とのことです。そして」
「そして?」
「おそらくは全部が同一犯、という事のようです」
「根拠は?」
「今のところ誘拐の件数が増えた分と思しきものは、すべて若い娘がさらわれているとのことでございます」
「若い娘?」
「年齢は下が12、上が25まで。いずれも未婚の娘だけが狙われているようです」
「出自は?」
「農家の娘もいれば、商人の娘も。街で評判の茶屋小町もおりました」
「なるほど……」
その年代の子達ばかりなら、確かに噂になれば、オルティアの様な娼婦・娼館が気にかけるのは当然の話だな。
共通点がないのも、噂を加速させる理由なのかもしれないな。
「それともうひとつ」
「ん?」
「さらわれた娘の実家に、金銭が届けられております」
「金が? どれくらいだ」
「金貨で、10枚ほど」
「金貨十枚!? 若い娘なら十年必死に働いてどうか、って額だぞ」
「金銭が発生している以上、やはり人買いではないか、と――」
「バカかお前は」
俺は呆れた。
言われたミミスはきょとんとなった。
「ど、どういう事でございますか?」
「若い娘の人身売買にしては額が大きすぎる、それにそういう相手がわざわざ相手の実家に金を届けるか?」
「そ、それは……」
狼狽するミミスを放っておいて、俺は考えた。
積極的に関わるべきかどうかを迷った。
俺の勘がこう言ってる。
この件は、結構でっかい裏と繋がってる。
誘拐という手段なのに、相手の実家に大金を届けたのが一番の理由だ。
でっかい何かと繋がってる案件は、逆に言えば解決しちゃった時の名声の上がり具合もでっかい。
オルティアには悪いが、この話は聞かなかったことに――。
「――っ!」
俺は椅子を倒して立ち上がった。
「ご当主様?」
驚くミミスをよそに、窓の方を見る。
正確には、そっちから伝わってきた合図を読み取る。
間違いない、この合図は姉さん。
姉さんは俺にとって大事な人だ。
そのため、姉さんの身に何かあったらすぐに分かるように魔法をかけている。
三人の兄さんが隕石で急死したこともあって、姉さんの身を守るために魔法をかけておいたのだ。
その魔法が、発動した。
姉さんの危機を伝えてきた。
「――っ!」
俺は窓をつきやぶって飛び出した。
飛びだして、虚空を蹴って加速して、飛行魔法で一直線に信号の場所に向かった。
すぐに、空からそれが見えた。
大通りを街の外に向かって、疾走している一台の馬車。
俺は腰の剣を抜き、それを投げつけた。
剣はまっすぐ飛んでいった後、弧を描いて一度急上昇したあと、真っ逆さまに地面に向かって、吸い込まれるように落ちていった。
そして馬車の先――馬の先の地面に突き刺さる。
ひひひぃーん――と、馬がいなないて、馬車が止まった。
とんできた剣――黒いオーラを出す闇の剣の圧倒的な存在感に、馬はあわや棒立ちになるくらいの勢いでとまった。
俺は剣の横に着地した、馬車と――御者を睨んだ。
「その中の人を置いていけ」
「――っ!」
フードを深くかぶった御者は見るからに動揺した。
そんな反応がなくても、姉さんが馬車の中にいる事は間違いない。
「何をいっているのか――」
女の声だった、俺はそれを無視した。
突き刺さった剣を抜き放って、真横になぎ払う。
真空の刃が、馬車の上半分を斬り落として、そのまま吹っ飛ばした。
馬車の中に二人がいた。
一人は、気絶している姉さん。
気絶こそしているが、パッとみた感じまだ何もされてない。
もう一人は――女だった。
仕立てのよい服を着ている、俺より何歳か年下の若い少女。
「その人を置いていけ。俺の姉だ」
「エレーニ! そいつをどかしなさい!」
姉さんと一緒に乗っている少女が声を張り上げて叫んだ。
主の命令を受けて、御者が懐に手を差し入れる――が。
「エリカ様?」
戦闘開始――の状況を止めたのは横から聞こえてきた、綺麗だが驚いている女の声だった。
振り向くと、その女は知っている顔だった。
ヘスティア。オルティアの娼婦の先輩だった。
「あんた……お父様の……」
「その方……エリカ様が誘拐の犯人だったのですか?」
互いに驚き合っている二人。
俺は眉をひそめつつ、闇の剣を鞘におさめて、ヘスティアに聞く。
「あの子を知っているのか、ヘスティア」
「はい」
ヘスティアは頷いた。
途端、俺は悪い予感がした。
とてもとても、悪い予感。
直前の女の子の「お父様の……」という言葉と、かつてヘスティアと関わった「父」という流れを思い出したから。
だから、彼女がこたえるのをやめさせようとしたのだが。
「エリカ・リカ・カランバ殿下。カランバ王国の現女王陛下ですわ」
黒幕が、予想以上にでかすぎた。