97.光の剣、闇の剣
よく晴れた昼下がり、俺は「放蕩当主」の格好をして、街に繰り出した。
「あっ、領主様だ。おハロー」
「ヘルメス様、うちの店にも寄ってってよ」
「おいヘルメス、今日も酒おごってくれよ」
適当にぶらついてると、いろんな人から声をかけられる。
大半は好意的なものだった。
ちゃんとした住民が大半だが、中にはごろつきまがいの連中もいたりして、そういう人たちも親しげに話しかけてくる。
そうやって適当にぶらついていると、ある店にものすごく行列が出来ているのが目に入った。
なんだろうと思い、近づいて、行列に並んでる最後尾の男に話しかけた。
「なあ、これはなんの行列なんだ?」
「ああん? って、ヘルメス様じゃないか。知らないんですか、これ」
「だから聞いてるんだ」
「マヨネーズですよ、マヨネーズ」
「まよねーず?」
初めて聞く言葉の響きに、俺は首をかしげてしまう。
まったく初めて耳にする言葉だ、それがなんなのか、まったく想像もつかない。
「まよねーずって、なんだ?」
「食べ物ですよ。数百年もの間伝説になってる食べ物です」
「数百年も伝説に?」
「ああ。今まで油を使う位しか分からなかったんだけど、なんかお隣の魔王が最近機嫌良くなって、魔王領の遺跡を冒険者に開放したせいで、そこからレシピが見つかったらしいぜ」
「魔王って」
カオリの事か。
って事はカオリが数百年も管理してた遺跡から見つかったレシピか。
それは……なんかすごそうだ。
「なんでも、元々は異世界の人間が持ち込んだ食べ物らしいぜ」
「異世界って、話作りすぎだろ?」
俺は苦笑いした。
異世界人のレシピだというのははなっから信じていないが、カオリが絡んでるのなら、ちょっと気になる。
俺はズンズンと前に進んだ。
列の一番前、店先にやってきて、割り込む。
「ちょっと、何するのよ」
「ごめんね、ちょっと先に買わせて」
「何を――って、ヘルメス様じゃないの」
列の一番先頭の女は俺をみて、唇を尖らせるが、それ以上何も言わなかった。
列の割り込みなんてせこいが、放蕩当主をやる分にはこのせこさが丁度いい。
俺は割り込んだ列の先頭で、店の人に聞いた。
「えっと、まよねーず、下さい」
「領主様か、せっかくだから試食していきます?」
「試食か、そうだな、ちょっと試してみるか」
「はい、どうぞ」
店の人はそういって、瑞々しい、おそらくはもぎたてのキュウリの上に、白いクリーム状の何かを載せて、俺に差し出してきた。
キュウリはキュウリだから――
「この白いのがまよねーずか?」
「そうだよ、食べて見て」
「うん、いただきます……うまい!」
まよねーずののったキュウリは、口の中に入れた瞬間美味さが広がった。
甘くて、ほんのり酸っぱくて、濃厚でクリーミーで。
「これ、うまいな!」
「キュウリだけじゃなくて、いろんなものにあうんだ」
「だろうな。これなら麺類や唐揚げとかにもあうし、ああ、ご飯をこれだけで食べて見るのもいいかもしれない」
「おっ、領主様は通だね。最近はマヨラーっていう人たちもいてね、その人達が一番美味いって言ってるのがご飯とマヨネーズだけの組み合わせだ」
「うん。これを包んでくれ、十人前くらいだ」
「毎度あり」
紙袋に入れてもらった、瓶詰めのマヨネーズを代金と引き換えにもらい、店を後にした。
こんな美味い食べ物があるなんて、後でカオリにお礼をしないとな。
紙袋いっぱいのマヨネーズを抱えたまま、街中をぶらついて回る。
あまりにも美味しいので、瓶のふたを開けて、チョピッとずつ指で掬って舐めたりしてみた。
しかし、最近遺跡から色々見つかるな。
ちょっと前にもどら焼きが見つかったし。
俺は、「遺跡」の事が気になり始めた。
☆
「カノー家の領内で、遺跡とよべるものは一つだけよ」
帰宅した後、姉さんに何となく「遺跡」の話を振ってみたら、そんな答えが返ってきた。
「あるんだ、遺跡」
「ええ」
「どこにあるんだ?」
「ヘルメスも行ったことのある場所よ」
「俺も……?」
はて、遺跡なんて行ったことあったっけ。
「初代様の、試練の洞窟よ」
「あれか……」
なるほど、確かにあれも遺跡といえば遺跡だ。
「……あそこって、入っていいものなのか?」
「普通は立ち入り禁止だけど、ヘルメスは当主だから、誰も止められないわよ」
「ふむ」
あの試練の洞窟、か。
どうせ前に試練の時にやらかしたんだ、あれ以上に事態が悪化することもないだろう。
俺は、遺跡に行ってみることにした。
☆
次の日、俺は一人で試練の洞窟に向かった。
姉さんはついて来たがったが、適当な事をいって煙に巻いた。
あれ以上事態は悪化しない――とは思うものの、やはり一人で行った方が無難だと思った。
前にも通った道を一人で通って、試練の洞窟にやってくる。
さて、ここにはお宝は眠っているんだろうか、と。
俺は洞窟の中に入った。
ちなみに試練のコインは全部スルー、触ることもしない。
下手に触って、何か変な事になったら目も当てられないからな。
そうおもって、洞窟にはいった――その時。
がしゃん。
国王からもらい、常に腰につけていた先祖の剣。
帯びるためのヒモがきれて、音を立てて地面におっこちた。
「おっと、いかんいかん」
腰を屈んで、拾い上げようとした――が。
剣は鞘ごと横滑りして、俺から離れた。
そして、地面から一人の女が浮かび上がった。
全身が半透明で、幽霊のような女。
黒くて長い髪が特徴的で、なんだかどこかで見た事のあるようなおんなだ。
女は手をかざして、俺の剣をしばし見つめ。
『なつかしいな』
「え?」
『……ふっ。聞こう』
女はにこりと笑いながら、更に手をかざす。
俺と女の間に、二振りの剣が浮かび上がってきた。
『お前が落としたのはこの光の剣か、それともこの闇の剣か』
「どっちも違うけど、というかそこにあるじゃん。俺が落としたのはそのボロ剣だ」
『お前は正直者だな』
女は愉しげに笑った。
「いや正直者もなにも」
『褒美に、私のこの二振りをその剣に宿してやろう』
「え?」
直後、光の剣も闇の剣も、どっちも俺の剣に吸い込まれていった。
完全に溶け込んだあと、女は剣を返してくれた。
『ではな』
「ちょっと待っ――」
手を伸ばして止めようとするが、女はすうっと消えてしまった。
俺の剣だけを残した。
狐につままれるような気分だが、俺はおそるおそると剣を鞘から抜き――
「うわぁ……」
と、げんなりした声を出した。
ボロ剣だったそれは、抜き放った瞬間黒い光――闇の光を放つ刀身が見えた。
完全に抜き放ち、軽く振ってみる。
洞窟の壁、岩壁が豆腐のように切れてしまった。
「これ……絶対誤解されるヤツだよ。試練の洞窟でパワーアップして帰ってくるとか」
『やっぱりヘルメスは本気出すとすごいんだわ』
姉さんの言葉が空耳になって聞こえて、俺はため息をつくしかなかったのだった。