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95.らぶ注入

「甥っ子ちゃーん、あーそーぼー、なのだ!」

「ぐえっ!」


 昼下がりの庭、安楽椅子に寝っ転がってくつろいでいると、どこからか現われたカオリが腹に突っ込んできた。


 それ自体はただの「女の子がダイブしてきた」なだけなんだが、全くの無防備なところにやられたから結構効いた。


「げほっ、げほっげほっ!」

「どうしたのだ? 分かった、お父様が言ってた『持病のシャク』というやつなのだ」

「物理的なアタックだよ!」


 痛みをこらえてカオリに突っ込んだ。

 彼女はきょとんな顔をして不思議がった。


「甥っ子ちゃん冗談上手いのだ。私がアタックしたら半径一キロは消し飛んでるのだ」

「怖いよ魔王さん!」


 またまた盛大に突っ込んだ。

 ボディプレスで大爆発、世界滅亡的なシーンが脳裏に浮かんでしまった。


 半径一キロが消し飛ぶってのがまったく冗談に聞こえないのが魔王の恐ろしいところだ。


「それよりも甥っ子ちゃん、遊ぼうなのだ」

「はいはい、今日は何?」


 カオリの誘いは断るだけ無駄。

 俺は早々に観念して、さくっと付き合ってサクッと終わらせる方針をとった。


「準備は下僕達が整えているのだ、後は行くだけなのだ」

「わかった」


 俺は安楽椅子から立ち上がって、カオリについていった。


     ☆


「そして、後悔するのだった」

「甥っ子ちゃん、何を変な事を言ってるのだ?」


 真横からカオリが不思議そうな顔して俺の顔をのぞき込んできた。

 俺はため息をついて、あきれ顔で聞き返す。


「なあ、これはなんだ? このまわりの軍隊は」


 手を広げて、カオリに聞く。


 俺達は今、軍隊に囲まれて――いや守られて行進している。

 鎧や武装など、ほぼ黒一色で揃えられている軍隊だ。

 数はざっと一万。どこを見ても兵、兵、兵な感じだ。


「これは魔王軍なのだ。つまり私の軍隊なのだ」

「魔王軍なのかよ! ってまさか、どこかに戦争ふっかけにいくんじゃないだろうな」

「甥っ子ちゃんの頭は鳥頭なのだ。私は人間に手を出せないから、戦争なんて出来ないのだ」

「そういえばそうだったな……じゃあなんで」

「今から年に一度の儀式をしに行くのだ」

「儀式?」

「そうなのだ」


 カオリが珍しく、ちょっとだけシュンとして。


「むかーしむかし、あるところでお母様がひかりお姉様にひどいことをしてしまったのだ」

「むかーしむかしで始めたのに登場人物が身近だな」


 思わず突っ込んでしまったけど、カオリの母親――先代魔王妃のエピソードなら「むかーしむかし」で合ってるのかもしれん。


「その時の事で、毎年ひかりお姉様にごめんなさいの儀式をしてるのだ」

「……なるほどな」


 小さく頷いた。

 具体的な話は分からないが、最低限必要な分は足りてる気がする。


 カオリはいつも普通に話すが、さっきの一キロ消し飛ぶ話からも分かるように、魔王レベルの「ひどい事」はかなり大事な可能性が高い。

 それから連想されるお詫びの儀式といえば、「鎮魂の儀式」の類である可能性が高い。


 そこまで想像出来れば、大体はオッケーだと思った。


「そうだ、甥っ子ちゃんが代わりにやってくれなのだ」

「はあ? なんで?」

「見た目がぴったりなのだ。ごめんなさいの儀式も、お父様とひかりお姉様がしてたことのまねっこなのだ」

「俺も男だからビジュアル的にはこっちの方がいいって事か」

「そういうことなのだ」

「……ヤバい儀式じゃないだろうな」

「大丈夫なのだ。時間をかければ誰でも出来るのだ」

「なるほど。いいだろう」


 そういう儀式なら――カオリと話がこじれてしまうよりかはサクッとやってしまった方がいい。


 俺は、代わりに儀式をすることを承諾した。


     ☆


 半日ほどの道程を進んで、たどりついたのは荒野のど真ん中にある神殿だった。


 仰々しい装飾柱が広範囲にひろがって丸をつくっていて、その中心にやはり柱を中心にした()が立てられている。


 魔王軍がその神殿を取り囲んで――護衛している中、俺はカオリと一緒に中心の廟にはいった。


 すると、一人の女の子が現われた。


 カオリと同じくらいの年頃に見える、黒い服を纏い、長い髪をなびかせている愛くるしい女の子だ。

 人間でないのは、体全体がうっすらと透けているからだ。


「これがひかりお姉様、とやらなのか?」

「そうなのだ、お姉様の幻影なのだ」

「なるほど。で、どうすればいいんだ?」

「頭をなでなでするのだ」

「……は?」

「頭をなでなでするのだ」

「いやなんで?」

「お父様とお姉様がしてたからなのだ」

「……ああ」


 そういえばそんな事を言ってたな。

 それに、俺の方がビジュアル的に合っているとも。


 幻影を見た。

 確かに、カオリがするよりは、俺がした方が見た目的にはしっくりくる。

 というか、カオリがやってたら「ごめんなさいの儀式」にみえんな。


「撫でればいいのか?」

「そうなのだ。できるだけ時間をかけるのだ」

「分かった」


 俺は頷き、幻影に手が届く距離に近づく。

 そして一万に及ぶ魔王軍が見守る中、幻影の頭を撫でた。


 何か特別な事が必要なのかと思えばそんな事はなくて、普通に触れる幻影だった。


 そのまま頭をなで続ける。


 女の子は愛くるしくて、本当の娘の頭を撫でているような、そんな満ち足りた錯覚をおぼえた。


 その一方で――腕が重くなるのを感じた。

 力が吸い上げられているような感じで、その倦怠感だ。

 腕はどんどん重くなっていく。


 ……なるほど。


 騙されるところだった。

 何が「時間をかければいい」だ。


『重くなっても腕が動くなんてすごいのだ!』


 このまま撫でていくと、こんな風に言われるのが目に見えている。

 俺はナデナデを切り上げた。


 ――ありがとう、おとーさん。


 何となく、幻影がそんな事を言ったような幻聴がした。

 そして、幻影は満足した顔で消えた。


「終わったぞ――なに?」


 振り向くと、カオリ――そして魔王軍が揃って驚愕しているのが見えた。


「な、なんだ?」


 それに気圧されて、もう一度聞いてしまう。


 悪い予感がした。

 そしてそれは当った。


「「「おおおおおっ!!」」」

「甥っ子ちゃんすごいのだ」


 魔王軍一万から地鳴りのような歓声が上がり、カオリが無邪気に感心した。


「なにがでせうかまおうたま」


 悪い予感がするあまり、若干知能指数が下がってしまった俺。

 それとは対象的に、カオリのテンションがますます上がった。


「ひかりお姉様の儀式はなでなでしてラブ注入するのだ」

「らぶ……ちうにう……?」

気持ち(ちから)を込めてナデナデして、ひかりお姉様が満足するまで離れないのだ。普通は一時間かかるのだ」

「時間かけてやればいいってそういう意味なのかよ!」

「それを甥っ子ちゃんが一瞬でやったのだ、すごいのだ!」


「「「おおおおお!!」」」


 感動するカオリ、そして更に大歓声をあげる魔王軍。

 なんてこった、こんな大勢の前でやらかしてしまうなんて……。


「疫病神かよ」

「? 魔王なのだ」


 無邪気にかえすカオリに、俺はがっくりとうなだれてしまうのだった。

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