94.プロ意識
「ヘルメスちゃん一生のお願い!」
「ああ、言ってみろ」
「……」
いつもの娼館の中、オルティアの部屋。
二人っきりになって、オルティアからそこそこにサービスをしてもらったあと、彼女はいつものように切り出した。
それでとりあえず話してみろと言ったのだが、オルティアは目を見開かせてなんかびっくりしてた。
「どうした」
「ヘルメスちゃん?」
「うん?」
「一生のお願い!」
再び、手を合わせて頭を下げるオルティア。
「うん、だから言ってみな?」
「……」
またまた驚き、肝心の「一生のお願い」を言わないオルティア。
「どうしたんだ本当に」
「ヘルメスちゃんこそどうしたの? いつものグリグリはしないの――あいたたたた!」
「そこまでいうんならグリグリしてやろう。そらぐりぐりー、ほらぐりぐりー」
「いひゃいひゃいいつもよりより回転数がおおいよヘルメスちゃん」
回転数て。
一通りぐりぐりし終えて、お約束も果たしたところで手を離して、改めて聞く。
「で、今回の一生のお願いって何だ?」
「ぷっ。今回の一生のお願いってなんかおかしいね――いたたたたたた!」
「お ま え が い う な」
さっきより気持ち回転数を上げたグリグリをしてやった。
二セット目のグリグリも終わって、今度こそと本題を促した。
「あのね、今って六月じゃない?」
「ああ」
「六月っていえば花嫁だよね」
「……なんで?」
そんなのあったっけな、と首をかしげる俺。
「ヘルメスちゃん知らないの?」
「おっくれてるー」って感じの幻聴がした。
そんな感じのノリで、オルティアが説明をする。
「あたしたちの元祖、大賢者オルティア様が愛したただ一人の男が昔広めた風習なんだけどね。六月に結婚するとその花嫁は絶対に幸せになるって言われてるんだ」
「ふーん、それって、春先の農作業が一段落したから、今のうちに結婚しとけっていう農家がはじめたかそれに配慮したかっていう話じゃね?」
「……」
オルティアはまたまたびっくりし、目を見開いて俺を見つめた。
「ヘルメスちゃん、すごいね」
「ほえ?」
「うん、そうだよね。子供の頃の事思い出してみると、確かにこの時期に結婚すると楽だしみんなこの時期だった」
「ふむ」
オルティアが自分から昔の事を話す事はほとんどない。
今の話で、おそらく彼女は農家の生まれだった――というのが、長い付き合いながらも、俺が彼女について知っている一番深度の深い過去の情報だった。
「でね、それもあって、六月中は花嫁姿でお仕事しようって話になって」
「花嫁姿って……ウェディングドレスでも着るのか?」
「うん。その格好で致したいって男の人、密かにすっごく多いんだ」
「……なるほどなあ」
男ってばかじゃね? って感想が喉まで出かかったけど、それを飲み込んどくことにした。
代わりに。
「でもいいのか?」
「なにが?」
「娼婦って、いつかは身請けなり何なりして、普通に嫁にいったりするもんだろ? 花嫁姿ってのはその時まで取っときたいもんじゃないのか?」
「……」
またまたまた、ぽかーんと絶句してしまうオルティア。
こういうの多いな、今日は。
「どうした」
「ううん……」
小さく首を振って、オルティアは俺に抱きついてきた。
「オルティア?」
「そういうのね」
「うん?」
「ちょっとだけでも、分かってくれる人がいるってだけで嬉しいの」
「……オルティア」
「――だから」
ぱっ、と俺から離れて、いつもの彼女の明るい笑顔に戻る。
「仕事は仕事、ちゃんとそういう格好をして、来たお客さんに楽しんでもらわなきゃね」
「……そうだな」
オルティアのプロ根性をまた思い知らされたような気がした。
娼婦であり、娼婦以外の行いで金はもらわないという彼女。
時々頑固すぎると思うこともあるが、その頑固さ――言い換えればこだわりが彼女の魅力でもある。
ならば、と協力してあげたくなった。
「で、その花嫁姿と一生のお願いがどう繋がるんだ?」
「うん! せっかくだから、もっと清らかさとか、聖なる感じ? とか出したいんだ」
「ふむふむ」
「でね、聖シーリンの糸を編み込んだドレスを用意しようって――ヘルメスちゃん一生のお願い! 聖シーリンの糸を取ってきて」
「分かった」
俺は即答した。
いつになくあっさり請け負った俺に、オルティアはびっくりした顔で見つめてくる。
何故びっくりしているのかを考えるまでもなく。
「すぐに取ってくる」
俺は、オルティアをおいて娼館から飛び出していった。
☆
聖シーリンの糸というのは、ケイエーン山に住まう特殊なカイコが吐き出すという糸という事らしかった。
俺は場所を聞いて、すぐさまそこに向かった。
ピンドスの街から一昼夜の道のりを半日で踏破し、獣道しかない山を登っていく。
「むっ」
誰かに聞くまでもなく、それの居場所が分かった。
山の中腹くらいにやってくると、びっくりするくらいの清浄なる空気が漂っていた。
しかもそれは、明らかにとある一点から発生しているのが分かる感じで広まっている。
俺は発生源に向かっていった。
空気が徐々に清らかになっていき、さながら聖域と思わせるようになってきた頃。
それが、いた。
開けた草地の真ん中で、人間よりも一回り大きい白い虫があった。
虫はある一点に向かって、糸を吐き続けている。
通常、カイコがはく糸は自らを包み、さなぎにして羽化のための防御壁にするものなのだが、それは自分で纏うことなく、ただ一点に向かって吐き出し――吐き捨てていた。
何のために吐いているのかは分からない、が、あれが目当てのものだということは分かる。
さて、どう手に入れるべきか。
俺はカイコと、聖シーリンの糸をまじまじと見つめて、観察した。
危うかった。
なんというか、もろい感じがするのだ。
無理矢理奪おうとすると、糸が切れる――いや。
崩壊すらしかねないほどのもろさが見て取れた。
無理矢理はダメだ、それは分かる。
ならばどうするか――と考えていると。
「……」
カイコがこっちを見た。
虫でありながら、目と目があった。
意外と深みのある瞳をしている。
まるで人間と見つめ合っている様な、そんな気分にさせられる。
『奪いに来たの?』
『いや、そうじゃない』
『無理矢理しない?』
『しない』
『じゃあオッケー』
幻聴か、それともただの思い込みか。
今の一瞬で、カイコとそんなやりとりを交わしたような気分になった。
カイコはそのまま糸を吐き続けた。
俺はその場に座り込んで、じっとまった。
何故か知らないが、待つべきだと思った。
日がおちて、月が昇る。
月が暗くなって、朝日が昇る。
一晩中、カイコは糸を吐き続けた。
おかしい。と思った。
一晩中吐き続けているのに、糸の体積がまったく増えていない。
まるで床屋のぐるぐる看板をじっと見つめているような気分になった。
上に上に上がっているのに、実際は動いていない。
あれと同じ気分だ。
程なくして、カイコは糸を吐くのをやめた。
そして俺に目を向けるでも無く、そのまま立ち去った。
残されたのは俺、とカイコが吐いていった糸。
俺は近づき、おそるおそる糸を手に取った。
「強い」
思わず、そんな言葉が口から衝いて出た。
昨日見た時に感じたはかなさなどどこにもなく、丈夫な糸だった。
清浄さに至っては何をか言わんや、花嫁のウェディングドレスに好まれるのが分かるくらい、聖なる空気を出していた。
何もせずに手に入れた糸をもって、俺はピンドスに戻った。
☆
娼館のロビー。
俺が持ち帰った糸を、オルティアら娼婦達はものすごくびっくりして見つめていた。
「どうした、これじゃないのか?」
「ううん、これ、なんだけど……」
オルティアは何故かそわそわしていた。
「へ、ヘルメスちゃん。これを手に入れるの、大変だったんじゃないの?」
「……べつに」
あのオルティアの為だ、大した事じゃない。
それに、本当になにもしていない。
俺はただ行って、持ち帰っただけ。
強攻策にでなかったのは判断が正確だったからかもしれないが、それも大した事じゃない。
「じゃあ、これはおいていく。頑張れ」
俺はそう言って、娼館を後にした。
オルティアの花嫁姿は楽しみだから、期間中に遊びに来よう。
☆
ヘルメスが立ち去った後の、娼館のロビー。
娼婦達が聖シーリンの糸に群がって、それに手を触れた。
バチッ、と火花がちった。
「こんなに純度の高い聖シーリンの糸、どうやったらこんな質のいいのが取れるのよ」
「やっぱり領主様、ただ者じゃないわね」
「今もすっごくかっこよかったし……ああもう、オルティアちゃんが羨ましい!」
糸の質と、ヘルメスのかっこよさを口々にいいあう娼婦達。
珍しく、やる気だけは本気をだしたヘルメスは。
自分の知らないところで、ものすごく株を上げていた。




