93.水着の証人
青い空、白い海。
そして。
「どうしたのですか、ヘルメス」
健全な枠内で最大限の肌色。
露出の多い水着を身につけた姉さんが、不思議そうな顔で俺を見あげている。
「せっかくの海ではありませんか。もっと力抜いて楽しんではどうです?」
「なんで俺がこんなところにいるんだ?」
「ヘルメス。世の中には知らなくていい、知らないままの方が幸せという事があるのですよ――」
「やっぱり姉さんの仕業か俺に何をした!」
姉さんの言葉に被せるようにして、一気にまくしてた。
昨夜、屋敷のベッドに入るところまでは覚えている。
それが朝起きたら、水着というパンイチで砂浜のビーチチェアの上に寝ていたのだ。
混乱もする、突っ込みの一つもするというものだ。
「ヘルメスが駄々こねるでしょうから、無理矢理連れてきて既成事実をと」
「はっきり言うんだな!」
「もうここまで連れてきましたし」
姉さんはにこりと微笑んだ。
悔しいが、企みごとをしているときの姉さんの笑顔って本当魅力的で綺麗だ。
それにほだされた――という訳じゃないが。
姉さんの言うとおり、もうここまでつれてこられたのだ。
俺は観念した。
ため息一つついて、気持ち真剣な顔で姉さんに聞いた。
「分かったから、ちゃんと説明してくれ」
「分かったわ。この砂浜はカノー家の領地なのです。有名なリゾート地でもあります。毎年夏になると、ここに多くの旅行客が集まってきます」
「ふむ」
「夏の間だけですが、馬鹿に出来ないほどの税収が得られるのです。ところが」
説明していた姉さん、大分ニコニコ顔になったが、ここから先が本題なんだと言われなくてもわかった。
「気温が下がって海に入れない間に、モンスターが育ってしまうのです」
「モンスター?」
俺の眉はビクッと跳ねた。
「ええ。前の年の秋から次の年の初夏――海開き前。人間が海に入らないから、その間にモンスターがすくすくと育つのです。なので、海開き前に、カノー家が責任もってその年に育ったモンスターを一掃しに来るのが恒例行事なのですよ」
「畑を耕すみたいなものか」
「さすがヘルメス、理解が早い」
ニコニコ顔で話す姉さん、俺は更にため息をついた。
「そりゃ理解も早くなるってもんだよ。そのモンスターを全部俺に倒せって言うんだろ」
「はい」
「はあ……こういう時だけいい笑顔するんだもん、姉さんは」
俺は更にため息をついて、がっくりと肩を落とした。
「大丈夫ですよ、ヘルメス」
「なにが?」
「ヘルメスの事だから、本気を出したくないのに、とか思っているのでしょうけど。大丈夫です」
「へえ?」
「毎年お掃除しているのですから、強いモンスターは育ちません。これまでも育ってませんでした」
「そうなのか?」
「ええ。父の名誉にかけて誓います」
「そうか……って、その父の名誉は俺のことじゃないだろうな」
「だからこそ誓うのですよ」
「むっ……」
言葉がつまった。
姉さんがいつになく本気っぽい表情をしていたからだ。
父の名誉にかけて。
俺の名誉。
そうされる事はくすぐったいけど、姉さんが本気だと言うのは理解できた。
「はあ……分かった」
経験上、ここまで来たら断れないというのは分かっている。
俺はため息とともにあきらめを吐き捨てた。
「ありがとうヘルメス。代わりと言ってはなんですが……用意しましたよ」
「用意?」
「ええ」
姉さんはにこりと微笑んで、パンパン、と使用人を呼ぶときの手を叩く仕草をした。
すると、姉さんの背後からわらわらと、水着を着た美女達がやってきた。
「な、なんだこれは」
「HHM48の精鋭達ですよ。特に水着映えする子達を連れてきました」
HHM48。
姉さん曰く「ヘルメスハーレムメイドフォーティーエイト」。
俺のハーレムとして、数多くの美女を集めた上で、競い合わせることで「花」として更に磨きをかけていく、普通の男には夢のようなグループだ。
やってきた水着美女はざっと二十人前後。
姉さんの言うとおり、水着映えをする子を選んできたというのは本当なのだろう。
「それはいいんだけど……姉さん」
「どうかしましたか?」
「あのあたりにいる子達、なんで水着の胸もとに名前がかかれてるんだ? しかも……『まりあ』とか、表記がおかしいぞ」
「これはヘルメス家の初代当主、その思い人が残していった伝統です。『スクール水着にはひらがなの名札』が正式な作法らしいのですよ?」
「よく分からないがそいつは絶対変態なのがわかった」
その手のこだわりを持つヤツは変態だ、間違いない。
「ヘルメス様、こちらへ」
「モンスターがでるまでどうかくつろいで下さい」
「お飲み物はいかがですか?」
HHM48の水着選抜隊はぞろぞろとやってきて、俺の腕を組んだり背中を押したりで、ちやほやしてきた。
「むむ」
正直……悪い気はしない。
どこもかしこも柔らかいし、何かとは言わないけど当ってくるものは大きいし。
俺のハーレムというていだから、みんなちやほやしてくれるし。
俺は割り切って、ちやほやされることにした。
というか、割り切ってしまえば、俺の理想の生活に非常に似ている。
だらだらとビーチチェアの上に寝そべって、マッサージをされながら、口を開けば切り分けたフルーツが口に運ばれる。
何もしなくてもいい、のんびりまったりの生活だ。
って事で、俺は手放しでくつろぐ事にした。
「あの……ヘルメス様、オイルを、塗って頂けませんか」
「私も、お願いします」
何人かの子がおねだりしてきた。
ほとんどの子は頬を赤らめて恥じらい、中には既に水着の上をはずして手で覆っている子もいる。
ちょっとムラムラした。
よっしやるかー……と思ったその時。
「でた、でました!」
海の方から、別の水着の子が駆けてきた。
その子は俺のところに駆けよって、息を切らせながら報告した。
「も、モンスターがでました」
「どこだ?」
「あ、あっちです」
駆けてきた方向を指す女の子。
海の上を跳ねるようにして、二枚貝がこっちに向かってくる。
「活きのいい貝だな」
俺は苦笑いした。
サイズはおよそ人の頭と同じくらい、しかし貝のくせにものすごく能動的に動いている。
近づいてくるそれを、俺は逆に向かっていった。
波打ち際で立ち止まって、最後に大きく跳ねて、貝をあけて飛びかかってきたそいつにカウンターの手刀。
真上から振り下ろした手刀は、貝のモンスターをあっさり両断した。
「なるほど、弱い」
手応えから、姉さんの言うことが正しい事をしった。
体感的に、正規の兵士の七割から八割くらいの強さってところだろう。
この程度のモンスターなら、倒したところで名が上がることはない。
と、思ったのはその時までだった。
「また来ましたヘルメス様!」
「……謀ったな姉さん」
俺は振り向き、白い目で後ろにいる姉さんを軽く睨んだ。
「何の事かしら」
姉さんはいつものようにすっとぼけた。
「嘘はついていませんよ、何一つ」
「……」
「弱いモンスターを、お掃除するって。何か間違ってますか?」
「数が多すぎるだろ!」
盛大に突っ込んだ俺。
手を海の方にかざす。
海を覆うほど大量のモンスターが、一斉に砂浜めがけて押し寄せてきた。
「なんだあれは! モンスターが七分で海が三分じゃないか。多すぎるだろ」
「人間がいないと、すくすく育つのよねえ」
「限度ってもんがあるだろ!」
「さあ、頑張って下さいヘルメス。あなたなら出来るはずですよ」
「……まったくもう」
俺はため息をついた。
完全に姉さんにはめられた。
しかも……目撃者が多すぎる。
「ヘルメス様の活躍が見られるのね」
「どうやって倒すのかしら」
「わくわく」
水着の……HHM48の子達は、全員が期待に満ちた目で俺を見つめている。
完全に目撃者として連れてきたな、姉さん。
ここまできたらやらない訳にはいかない。
俺は水着の子達の前で、数千に及ぶ海のモンスターを、一人で一掃する羽目になったのだった。