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92.最高の理解者

 この日、政務もそこそこに、俺は街に繰り出した。

 最近一段と活気が出てきたピンドスの街、適当にぶらついてるだけでも結構楽しい。


 人がふえて、ものがふえて。

 何より大道芸人のような娯楽もふえた。


 今も、紐の先に火の玉をくくりつけて、足だけでぐるぐるビュンビュン回してる女の大道芸人が喝采を浴びていた。

 踊りとしてみても綺麗だったから、俺は多めに投げ銭をした。

 俺が投げると、それが呼び水になって他の見物客も投げ銭をした。


 女が見物客に深々と一礼して、更に新しい芸をはじめようとした。


「それ本当に効くのか?」

「めっちゃ効くって。飲み物の中に一滴たらしただけで一晩ビンビンよ。俺、10回以上できたもん」

「ん?」


 真後ろを通っていく男の二人組。

 見た目は別に特徴がある訳ではなかった、二人の会話が気になった。


 振り向くと、遠ざかっていく二人のうち、片方が小さなガラスの瓶を持っていた。


「媚薬か、強壮剤か。両方かもな」


 一晩にどれだけ女を抱けるのか、その回数。

 男性器の硬さと長さと並んで、男のプライドに大きく関わってくるところだ。


 古来よりそっち方面の薬や魔法は様々なものが開発されてきた。

 もし、本当に男のいうように「一晩で十回以上」ならば、かなりの優れものだということだ。


 一方で、それほどの効果なら、話をきいてまずは不安がる人間もいる。


「ええ? そりゃちょっとやばいんじゃないのか? どう考えだってヤバいだろ」


 二人組のうち、薬をもっていない方の男は眉をひそめて苦笑いした。


「いやマジだって。俺実際に使ってみたし、出所もちゃんとしてる」

「ちゃんとって、どこだよ出所」

「ほらあそこの、オルティアって娼婦。あの子に売ってもらったんだよ」

「へえ? あのオルティアか……」


 最初は媚薬を眉唾だと思っていた男も、出所がオルティアだときいて、途端に興味を示した。


「……」


 その一方で、俺は違う意味で眉をひそめていた。


     ☆


「いらっしゃいヘルメスちゃん。ちょうどいいところに来た。いまなら4ピー――痛い痛い痛い!」


 娼館について、部屋に入った直後の開口一番でそんな事をいってきたオルティアにウメボシをお見舞いした。

 柔らかい頭に、左右から挟み込んでグリグリしてやる。

 ふわり、といつもの香りが鼻腔をくすぐった。


「相変わらずね」

「ほんとうなの。客というよりはもはや相方なの」


 部屋の中に、ヘスティアとダフネがいた。


「ふたりともいたのか」

「久しぶりに遊びに来たの」

「ヘスティアちゃんと話すのは久しぶりなの。女子会を開いていたの」


 なるほど、と俺は頷いた。


 二人ともオルティアと仲が良くて、どっちも彼女の「姉さん」的な存在だ。

 そういえばどっちの方が立場が上だったかな、となんとなく思ったこともあったが、今ので大体分かった。


 ダフネは10歳くらいの女児にみえるが、エルフとドワーフのハーフということもあって、実年齢はかなり高い。

 おそらく、ヘスティアが「ヘスティアちゃん」だった頃からの知りあいなんだろうな。


「どうしたのヘルメスちゃん、そんなに真剣な顔で二人を見て」


 ウメボシを緩めたせいか、オルティアはさっきの突っ込みなどまるでなかったかのように振る舞い、小首を傾げて聞いてきた。


「ああ、いや」

「そっか」


 何かに気づいたのか、オルティアはポンと手を叩いて。


「ヘスティア姉さんはもう引退してるから、4Pじゃなくて3P――痛い痛い痛いってば」


 また変な事を、しかしオルティアらしい(・・・)冗談を飛ばしてくる彼女に、再ウメボシをする。

 今度はちょっと強めに、やられると芯まで響く程度の強さでグリグリする。


「相変わらず仲良しなの」

「……」

「ヘスティアちゃんはヤキモチ焼かなくてもいいの、ヘスティアちゃんも自分だけの事をしてもらえてるはずなの」

「べ、別にヤキモチなんて……」

「はいはいなの。私達はそろそろ退散するの。彼は知らない人じゃないからちょっと居座ったけど、ちゃんとお客さんだから邪魔しちゃダメなの」

「……そうね」


 ダフネとヘスティアはうなずき合って、立ち上がって部屋から出て行こうとした。


「いや、でていかなくていい」

「そうなの?」

「や、やっぱり4P……それならそれで別に……」

「違うって!」


 顔を赤くしてもじもじするヘスティア。

 いやいやなフリしてるけど、妙にやる気なのはあえて突っ込まないことにした。


 俺は二人に突っ込んで、出て行くのを止めてから、オルティアをちょっとみる。


 まっすぐ顔をみた、全身を見た。

 二度のウメボシをしたときの手の感触を思い出した。


「弱いし、ところどころ隠れるのが甘いし。まあ、この程度なら」

「ヘルメスちゃん? 何をぶつぶつつぶやいてるの?」

「オルティア。目を閉じてくれ」

「わお、なの」

「……いいな」


 言われたオルティアは虚を突かれたかのようにとまった。

 その後「うふっ」と笑みを浮かべて、肘で俺の胸板をつっついた。


「ヘルメスちゃんやっとやる気? もうむっつりなんだから」


 最後に「しょうがないなあ」と明るく言った後、オルティアは言われたとおり目を閉じて、顔を上に向かせた。

 完璧な、キス顔である。


 俺は左手を彼女の頬にそえて――右手で額にデコピンした。


「ひゃい!」

「え?」

「斬新なキスなの」


 驚くヘスティア、ずれた反応をするダフネ。


 次の瞬間、オルティアの後頭部から白い物が飛び出した。

 俺のデコピンではじき出されたそれは、焦った様子で逃げ出そうとする。


「にがさん」


 手をつきだし、ぐいっ、とやった。

 するとそれ(・・)はリードをつけられた犬のように、引っ張られてこっちに戻ってきた。


 戻ってきたそれをがっちりキャッチする。


「あれ? あたし……なにしてたの?」


 額をさすりながら、まわりを不思議そうにきょろきょろ見回すオルティア。

 その行動を見たダフネとヘスティアは、なにか「ハッ」とした顔で俺がつかんでるものを見た。


「それは……なんですか?」

「最下級の精霊だな。人に取り憑いて悪戯をする。大した害はないんだが、取り除いた方が無難だな」

「またなの。最近みかけないから、すっかり油断してたの」


 ダフネははあ、とため息をついた。


「よく分かったわね。彼女が取り憑かれているの」


 ヘスティアが感心した顔で聞いてきた。


 来たな。

 これで「見ればわかる」というとまた「すごい」とか言われるんだろうな。


 俺は用意してきた、俺の能力に関係のない答えを言った。


「オルティアに媚薬を売ってもらった男の話を聞いたんだ。オルティアは、娼婦以外では金はもらわない、そう言ってただろ?」

「え……?」

「厳密にいえば自分がサービスする以外では金はもらわない。それを知ってるから、こりゃおかしいと思ったんだ」

「ヘルメスちゃん……」


 オルティアはさっきの「キス顔」以上に顔を赤らめ、瞳を潤わせて、俺を見つめてきた。


 ……あれ? あれれ?

 俺、なんかやっちゃった?


「殺し文句なの」

「イチコロね。これ以上いるのは野暮だわ」

「あとはごゆっくりなのー」


 ダフネとヘスティアは何故か、感心したような、ニヤニヤしているような顔をして、部屋から立ち去った。


 すると、オルティアは俺に抱きついてきて、顔を胸板に埋めてきた。


「ヘルメスちゃん……」

「お、オルティア?」

「嬉しい……」


 しおらしくつぶやくオルティア、それにどきっとしてしまった。


 えっ? なんで?

 俺、何もやってないよな?


 この後、オルティアにめちゃくちゃサービスしてもらった。

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