89.通常の200倍太い男
「ねえねえ、なんでヘルメスちゃんってそんなに頑なに本気出したくないって言ってんの?」
いつもの娼館の中で、オルティアにおっぱい枕をしてもらいながら疲れを癒やしていると、彼女がいきなりそんな事を聞いてきた。
「なんだ藪から棒に」
「だって気になるじゃん? もういい加減バレバレなのにそれでも隠す意味って」
「ぐっ……」
ちょっと胸にグサッときた。
いい加減バレバレって……いやまあそうかもしれないなとは思っていたけど、改めて言われるとちょっと切ない気がする。
今までのうっかりとかの記憶が蘇ってきて、俺は「おっふ」とうめき声を漏らしてしまった。
「ねえ、なんで?」
「そりゃ……面倒臭い事に巻き込まれたくないからだよ。前も言ったろ」
「うーん、それは聞いてるけどさ」
「強いってのがばれるといろいろ面倒臭いんだよ。やること増えるし、頼まれごと増えるし、やむにやまれぬ事情が増えるし」
……今も大概そうなっているんだと一瞬思ったがその考えを慌てて振り払った。
「うーん、でもさあ、ヘルメスちゃんの最近仲良くしているあの子、えっと……魔王?」
「カオリか」
「そそ。その子ってものすごく強いじゃん? ぶっちゃけ人間なんかより」
「ああ」
「でも面倒なことになってないじゃん? むしろ話聞いてると、強いから面倒なことを他に投げられるって感じ?」
「うーん、まあ、そうかな」
「だからさ」
オルティアは上から俺の顔をのぞき込んだ。
「ヘルメスちゃん、いっそのこと最強になって、それで面倒ごとを蹴っ飛ばせばいいんだよ」
「……」
「それがいいよ、ねっ、イケイケゴーゴーだよ」
上から俺を見つめるオルティア、ノリノリで俺をけしかける。
なんだかこれって……。
「誰かから頼まれでもした?」
「え?」
「金とかもらって、俺の説得をしてくれって頼まれたとか? 姉さんあたりとか――うわっ」
それを聞いた次の瞬間、オルティアが前兆なく立ち上がって、俺の後頭部がおっぱい枕を失ってベッドに突っ込んだ。
痛くはなかったが、いきなりの事でびっくりした。
「な、なんだいきなり」
「……」
「オルティア?」
立ち上がって、俺の真上から見下ろしてくるオルティア。
珍しく、怒っている気がした。
「どうしたんだ急に?」
「あたしは娼婦」
「ん?」
「男の人とイチャイチャする以外お金なんてもらわないもん」
「……あっ」
ふと、俺が領主をついだ直後のことを思い出した。
あの時も同じことを言われた。
協力に感謝してお金を渡そうとしたら拒否られたんだ。
「ヘルメスちゃんひどい! 長い付き合いだからそこわかってると思ってたのに」
「わ、悪かった」
本気で怒っているオルティア。
彼女の矜恃を踏みにじってしまった、デリカシーのない言葉だった。
「本当に悪い、許してくれ」
「……」
「この通りだ」
起き上がって、彼女と真っ直ぐ向き合って、手を合わせて頭を下げる。
これで許してもらえなかったら土下座するしかないって勢いで頭を下げた。
数十秒くらいだろうか、気まずい沈黙の後。
「本当になんでもする?」
「ああ、なんでもする!」
許してもらえそうな感じだったから顔をあげたが、オルティアの顔はまだ怒っているからまた頭を下げた。
「じゃあ協力して」
「わかった何でもする! 何をすればいい?」
「そろそろ人気娼婦ランキングを決める時期なのね」
「人気娼婦……って、あの『客の太さ』を競うやつか」
「そっ、それ」
人気娼婦のランキング、客の太さ。
俺がいつも読んでいるいろんなオルティアの写真集でよく出てくるやつ。
有名娼婦の人気度を競い合うものだ。
「それを俺はどうすればいいんだ? 客の太さってことは、金を落とせばいいのか?」
それですむならいくらでも出すぞ。
「違う違う。あれ、客の太さっていう話だけど、オヤジギャグなのよ」
「は?」
「正式には、娼婦についてる客が、どれくらい女を満足させられるかのランキング」
「女を満足――客の太さ……うおーい!」
オヤジギャグっていうか下ネタじゃん!
「なんでそれがランキングになるんだよ」
「例えばさ、もってる客の合計が、10人の女を満足させられるとしてね。それを満足させてる娼婦ってすごいじゃん? ってこと。もちろん10人よりは100人、100人よりは1000人ってね」
「そういうアレだったのかあれは……」
知らなきゃよかった、なんて思ったりした。
「ヘルメスちゃんそういうのもすごいじゃん? それをチェックさせて、あたしの得点に上乗せして?」
「上乗せ?」
「うん上乗せ」
「……なるほど」
それなら……イイかもしれない。
俺だけじゃなくて、俺の分が集団に紛れ込むということなら目立つこともない。
「……おれの名前は出ない?」
「なんで娼婦のランキングに男の名前出るのよ。みんないやじゃん」
念のために聞いてみたけど、そりゃそうだ。
「わかった、それ、どうすればいい?」
「あたしに魔法を掛けた後に、キスをするだけ」
「それだけでいいのか?」
「それだけ。可能性とか限界とかを測ってくれるから、ごまかし利かないけどね。どうする?」
「やるよ、お詫びだからな」
「ふふ、ありがと」
オルティアは嬉しそうに破顔して、店の子を呼んできて魔法を掛けてもらったあと、俺とキスをした。
前に貴族力をはかった時と同じような感じがした。
「どうだ?」
「えっと……すごっ! 200人分だって」
「それは……すごいな?」
俺も男だ、200人の女を満足させられるという言われ方をされたら悪い気はしない。
「ありがとねヘルメス」
嬉しそうなオルティアを見て、ますます悪い気はしない俺だった。
「ふふ、これで単一部門優勝できそう」
「え? 単一?」
「うん。ほら、持ってる客の全部の太さの部門と、単一の客の太さの部門があるんだ。200はぶっちぎりだね」
「……なあ、オルティア」
「なに?」
「俺の名前、でないよな」
「大丈夫でないでない。あっでも、ヘルメスちゃんがあたしの上得意様なのはみんなしってることかな。前にインタビューで答えたし」
「……おっふ!」
オルティア……なんてことをしてくれたんだ。