88.うっかり二倍
ピンドスの屋敷、謁見の広間。
ミミス以下の家臣団の報告を聞き流していた。
ここ最近、領内がますます安定してきて、執務で俺がやることはほとんどなくて、話を聞いて「良きに計らえ」でほとんど済ませられるになった。
「これが最後です、ご当主様」
ミミスはそう言って、俺を見つめた。
これまでの報告と違って、最後に持ってきて、明らかに俺の反応が必要な口ぶり。
俺は半ば上の空だった意識をミミスに戻して、小さく頷いた。
「リナ・ミ・アイギナ殿下より要請が来ております」
「要請だと?」
俺は眉をひそめた。
何となく嫌な予感がしたからだ。
リナの要請……今までの経験上ろくなことが無い。
が、だからといってすげなく断る訳にもいかない。
俺はでっかいため息をついて、ミミスに聞く。
「何をしろって言ってきたんだ?」
「スライムロードの討伐だそうで」
「スライムロード? また?」
「そうですな、またですな」
ミミスが静かにうなずいた。
「殿下がいうには、わが領地の境界線ギリギリの所にスライムロードがまた発生したとのことですな。それは移動するそぶりを見せていて、我々の領内でカタをつけて欲しい、ということですな」
「なるほど?」
俺は少し考えた。
話としては……別におかしな所はないな。
カノー領で発生した強力なモンスター。
それが他の貴族の領地に移動しそうな時、こっちが責任もって退治するのが筋だ。
そういう事にしとかないと、自分の領地で手に負えないモンスターを他に押しつけていいことになる。
それをやっちゃうと貴族の、統治者の資質を疑われる事になる。
「そのスライムロードのことは調べたか?」
「はい」
ミミスははっきりと頷いた。
「殿下のおっしゃる通り、よそとの境目に発生し、向こうに移動するそぶりがございますな。まあ、我々が責任もってなんとかせねばなりますまい」
「そうか」
ミミスがそう言うのならそうなんだろう。
俺はすこし考えて――頷いた。
「よし、俺がやってこよう」
「よろしいのですか?」
ミミスが目を見開かせて驚く。
俺がいつもいやだいやだ面倒臭いっていってるのを聞いてるから、あっさりとやると言ったのを驚いてるんだ。
「うだうだ言ってるよりサクッとやっちまった方がいい」
「まったくもってその通りでございますな」
しきりに頷くミミス、なんか含みがある反応だが……スルーした。
「普通のスライムロードだよな」
俺は念のために確認した。
「はい、ご当主が以前討伐した個体とほぼまったく一緒ですな」
「そうか」
ならまったく問題はないな。
俺が避けたいのは、「実はこんなにすごかった」ってのがばれることだ。
本当の実力がばれて、それでいらん面倒臭いことが増えるのを避けたい。
だから、一度やったことは問題ない。
前に出来たことをもう一度やった、それだけの話なら評価が上がることもない。
せいぜい「安定した力をだせる」くらいで、それくらいのプラス評価なら誤差の範囲だ。
「本当にただのスライムロードだよな」
「間違いないですな」
更に念のためにミミスに確認する。
リナにこれまで色々頼まれごとをしたが。
今度こそ、何事もなくすみそうだ。
☆
次の日、ピンドスを出て、スライムロードがいる場所に向かう俺。
さっさと行って、さっさとスライムロードを倒して戻ってくるつもりの俺が、移動手段として遅い馬車に乗ってるのには訳がある。
「……」
「そなたは、なぜ仏頂面をしているのだ? 寝不足か?」
「逆になぜあんたがいる、リナ殿下」
馬車の向かいに座るアイギナの王族、リナをジト目で見つめた。
そう、俺が仏頂面をしているのはリナが一緒だからだ。
朝出かけようとしたら、リナがやってきて、一緒に行くと言いだしたのだ。
予想外のことで断ることもできず、どさくさ紛れで馬車に乗せられて、一緒に旅だった。
「忘れたか、そなたは今や私の師だ」
「師? ああ……指南役のことか」
頷くリナ。
国王の差し金で、彼女も俺の所に弟子入りしている。
どこまで本気なのか分からないから、今の所何も教えてはいない。
「だからついて来た。魔王のような強敵との戦いは私の理解の範疇を超えるから見ていても意味はないが、スライムロード程度ならば学べることもあるだろう」
「……それだけ?」
「今回はそれだけだ」
頷くリナ。
俺はなるほど、と思った。
姉さんと違って、リナはそんなに搦め手で来ることはない。
多分、今言ったとおりの程度の企みなんだろう。
「それに」
「それに?」
「実をいうと、そなたが『うっかり』した後に後悔し嘆くのはあまり好きではない」
「それは悪い事をした」
「一度倒したことがあるスライムロードならばそれもないだろう」
「そりゃそうだ」
リナと見つめ合う。
なるほど、今回はある意味、俺とリナの利害が一致してるような感じか。
いや、俺が一方的にかり出されたのは間違いないから、利害の一致っていうわけでもないのかも。
それはそうとして、リナの言葉に嘘やごまかしは見当たらない。
今度こそ何事もなく終われそうだ。
☆
半日ほど馬車で進んだ後、なだらかな起伏のある草原にやってきた。
地平線がはっきりと見えて、それ以外なにもない様な場所だが、それ故にはっきりと見えた。
多くのスライムを従えたスライムロードが、数百メートル先にいて、集団でうごめいているのが見えた。
「さっさと片付けるか」
「ええ、見せてもらうわ」
リナは宣言通り、俺をじっと見つめた。
これからやることを絶対に見逃さないぞという決意がひしひしと伝わってくる。
俺は苦笑いした。
リナの真剣さに気づいたのと、本気で見るだけなのを再確認出来たからだ。
馬車をゆっくりすすめて、立ち上がって手をかざす。
前とまったくおなじだ。
モンスターを倒した後は、魔力とかの痕跡が残る。
それでやった人間の力の程が推測出来る。
それがあるから、ますます前と同じになるのを意識する。
えっと……確か全力の十分の一くらいだっけ。
『古に棲み、時を育む、とこしえなる不変の存在。わが意に集い不浄を焼き尽くせ! 始原の炎よ!』
手を突き出し、十分の一程度の力で魔法を放つ。
ドゴーン!
瞬間、スライムの群れもろとも地形が吹っ飛ばされた。
なだらかな地形だったのが、一瞬にして巨大なクレーターができあがってしまう。
「……へ?」
「……何をしているのそなたは?」
「いや、別に、なにも……」
リナが呆れ、俺は焦った。
なんだ今の?
力がコントロール出来なかった? いやそれはない。
それは半年くらい前に来たばっかりだし、そういう感覚じゃない。
俺は、ちゃんと十分の一に抑えたはずだ。
「すごいなこの威力……前の倍くらいはある」
「倍……あっ!」
俺ははっとした。
カオリが持ってきた瓶の中身、全能力が二倍になるというあの瓶。
あれのせい……なのか?
いや、それ以前に。
「なるほど」
「え?」
「そなたが嘘をついたようには見えぬ。つまり、そなたはあの時よりも倍強くなった。というわけだな」
「はぅ!」
いきなりのことすぎるのもあって、これまでの流れもあって。
俺は、リナにどうごまかすのか、パッとは出てこないのだった。