87.おねーさまの遺産
ある日の昼下がり、今日こそはのんびりしようと、最新版の『今年のオルティア』を書斎で読んでいると。
「こんにちはなのだー、今日も遊びにきたのだー」
「うん知ってた」
俺はため息ついて、開いた写真集を机の上に置いた。
人生とはままならないものだ。
俺がのんびりしようとすると、決まって邪魔が入る。
なんというか、運命?
運命と書いて、「さだめ」って読むってやつだ。
俺は諦めて、天井をぶち破って入ってきたカオリにいった。
「次来る時はちゃんとドアから入ってくれ」
「大丈夫なのだ、下僕1024号」
「お任せ下さい」
どこからともなく現われた下僕1024号。
前にカオリが壁を吹き飛ばした時と同じように、魔法のような手際で天井を修復した。
「ほらね、なのだ」
「いやいや直せばいいってもんじゃない」
「それよりも何を読んでるのだ?」
「話聞けよ……」
形式的に突っ込んだが、ため息交じりに諦めた。
カオリは俺が机の上に開いている写真集をのぞき込んだ。
「これはなんなのだ?」
「今年のオルティア、多分今年一番ホットな美人だ」
「こういうのが好きなのだ?」
「好きって言うか……まあ男の子の夢だな」
写真集の中にいる、見たことのないオルティアを見た。
魔法を使った写真っていうのは、ぱっとみ本人と変わらない姿を紙の上に映し出すものの、多くの場合実際に見るのに比べて魅力が足りない事がおおい。
何でだろうといつも思うが、そこのところがよく分からない。
分かるのは。
「いつか会えたらって想像するのが楽しいんだよな、わくわく、ドキドキする」
「ふむ……ちょっと待つのだ」
カオリはのぞき込むのをやめて、その場でストレッチを始めた。
幼いカオリがするそれは見ていて微笑ましいものなんだが……なんせカオリだ。
何を始めるのかと、一抹の不安を抱いてしまう。
「それじゃ行くのだ。せーの!」
ストレッチが終わったと、最後に伸びをしたカオリは、ポン! という音とともに煙に包まれた。
煙はみるみるうちに晴れていき、そこにいたのは――。
「成功なのだ」
「……大人になった?」
「それだけじゃないのか、その写真の女と同じ体になったのだ?」
「え? あっ、本当だ!」
写真を持ち上げて、「変身」したカオリと交互に見比べる。
さっきまで幼い子供そのものだったカオリは、写真集の中にあるオルティアとまったく同じナイスバディになっていた。
「こんなことも出来るのか」
「甥っ子ちゃんは出来ないのだ?」
「うーん、いやまあ、やろうと思えば?」
やったことは無いけど、要するに肉体操作なんだろ?
頑張ればやれそうな気がする――やらないけど。
女の子の体は見るのが好きだけど、なる趣味はない。
「しかし……うん、やっぱり写真と実際に見るのとでは違うな」
「そうなのだ?」
「ああ」
ぶっちゃけ、ドキドキする。
なんせ最高のオルティアの最高のプロポーションだ。
それを完全再現した実物、目の前にいるってだけで胸がドキドキ高鳴る。
耳の付け根がかあっと熱くなるくらいドキドキする。
「……ごくり」
カオリを見つめて、思わず生唾を飲んでしまった次の瞬間。
ぷしゅう……って空気抜けする音とともに、カオリが元の姿に戻った。
「戻っちゃったのだ」
「時間制限があるのか?」
「そうなのだ。こういう変身は3分くらいが限界なのだ」
「3分……3分かぁ……」
微妙にいけそうな時間なのが悩ましい。
いやまあ、何もしないんだけどもさ。
「それより、今日は何しに来たんだ?」
「そうなのだ!」
カオリはポンと手を叩いて、瓶を取り出した。
蓋が金属製で、底と開口部が同じ広さの、変哲のない瓶だ。
「これ開かないのだ、開けてくれなのだ」
「瓶をか?」
カオリの手から瓶を受け取って、回してみる。
ちょっと堅い。
「なんか懐かしいな、子供の頃姉さんに同じお願いをされたっけな」
「そうなのだ?」
「ああ、あの時もそこそこ堅かったな……よし」
堅かった瓶の蓋を開けて、カオリに差し出す。
カオリはそれを受け取らず、「おお」と感嘆していた。
「どうした」
「すごいのだ、甥っ子ちゃん本当に開けてしまったのだ」
「へっ? それどういう意味だ――っておい待て、なんだこの瓶は」
姉さんとの想い出を思い出していたからスルーしてしまったが、そもそもがおかしい話だ。
魔王たるカオリが瓶の蓋を開けられなくて俺に開けさせただと?
なんでその事に気づかなかった俺。
「これはお父様と、ひかりお姉様が封印した瓶なのだ」
「なんだって?」
「えっと……あっ、お姉様の手紙が入ってた」
カオリの言うとおり、瓶の中には小さい紙切れ、手紙が入っていた。
カオリはそれを取りだして、読みあげる。
「この瓶の中に、おとーさんの余った力を封印したよ。開けた人は全部の能力が2倍になるから、活用してね――なのだ」
「な、なんだって!?」
嘘だろそんな、じょうだんだよな。
俺は試しに、机にデコピンをしてみた。
軽くやったのに、机の一角が粉々に吹っ飛んだ。
自分の体の感覚だから分かる。
「力が……倍になってる」
「おー、おめでとうなのだ」
「なんてこった……」
ただでさえ力で困ってるのに、倍になってしまうとか。
今後ますますいろんな事に巻き込まれそうだと、俺は頭を抱えたくなった。




