85.勘違いヘルメス
ある日の午後、屋敷の庭に安楽椅子を出して、ここしばらく出来なかったくつろぎをしていると、姉さんの足音が聞こえてきた。
「ヘルメス、何をしているの」
姉さんはそう言って、ひょこ、って感じで後ろから顔をだして、上から俺の手元をのぞき込んだ。
俺は手元に一枚の写真を持っている。
ガチムチな、結構ダンディな男の写真だ。
「男!? そういうのはダメよヘルメス――はっ」
姉さんは言いかけた言葉を呑み込んで、深呼吸して、なにやらブツブツ言い始めた。
「いけないいけない、そういう早とちりはだめ。オルティアちゃんも言ってたじゃない、ヘルメスちゃんはむっつりだけどちゃんと女の子が好きなんだって」
なんか思いっきり失礼な事をいわれたような気がした。
つっこんどくべきかと悩んでいると、姉さんは形のいい胸に手をあてて、深呼吸して自分を落ち着かせた。
「ヘルメス、それはどなたの写真ですか?」
「ああ、久しぶりに申し込んできた、姉さんとお見合いしたいって相手だよ――」
「そーい!」
姉さんは俺のてから写真をひったくって、いつ見ても惚れ惚れするような豪快なフォームで投げ捨てた。
キラン!
哀れダンディマッチョ、その写真は空の彼方の星となった。
「そういうのはいいのですよヘルメス!」
「わかってるさ姉さん。姉さんをあの程度の男には渡さないさ」
「えっ……」
たじろぐ姉さん、目を見開かせて俺をじっと見つめる。
「姉さんの気持ちはわかってるさ」
ドキン。
俺がそう言った途端、姉さんの胸が思いっきり弾んだのが聞こえた。
このタイミング、間違いなく図星をついたのが分かる。
「き、気づいていたのですか?」
「今までの事を思えばな。姉さんの行動は一貫している、さすがにわかるさ」
「ヘルメス……」
姉さんは目をうるうるさせた。
「俺に本気を出せ、本気出して力を示してその名を天下に知らしめろ。姉さんは今の俺みたいなのが好きなんだろ?」
「み、みたいじゃなくて、その――」
「だからちゃんと選ぶさ。力を示して、それで成り上がった地位の高い男を姉さんに」
「――え?」
何か言いかけた姉さん、またきょとんとした顔で俺をみた。
……あれ?
さっきと、なんか、違う?
「……」
俺が戸惑っている間、姉さんの目がみるみるうちに冷たいものになっていった。
「あの、姉さん?」
「……」
ポカポカ。
姉さんは拳を握って、俺の頭を叩いてくる。
「ちょっとちょっと、何するんだ姉さん」
「……」
ポカポカポカ。
「やめてくれよ姉さん。痛くはないけどなんなんだこれ。何が気にくわないの?」
「知りません! ふん!」
姉さんはぷいっ、と顔を背けて、すねた顔のまま立ち去った。
えっと……一体どうしたんだ?
☆
翌日、再び庭で安楽椅子を出して、今度は何も見ないでくつろいでいると、姉さんがまたまたやってきて、上からひょこっと顔をだしてのぞき込んできた。
「ヘルメス」
「どうした姉さん。今日は――」
機嫌いいな、という言葉を呑み込んだ。
昨日のことは訳わからなかったが、ほじくり返さない方がいいと思った。
「はい、これ」
姉さんは山ほどの写真を俺の膝の上に置いた。
「なんだこれは……女の子の写真?」
「HHM48の新しいメンバー候補よ。200人集めてきたわ」
「へ?」
「この中から好きなのを選んでね。あっ、選ばないのはダメよ。ちゃんと昨日のうちに陛下に勅命をもらってきたわ。全部陛下の推薦扱いよ」
「えええええ!?」
いきなりなんなんだこれ。
ってか、陛下の推薦って……まるで姉さんが俺の娘になった時くらい強引なやり方だ。
なんで? なんでいきなり?
「あの……ねえさん?」
「何ですか?」
「なんか、怒ってる?」
何となくそう感じたから聞いてみた、が。
「そんな事ありませんよ」
「いや……あるだろ。だってさ……」
俺は写真をみた。
何故か全員――本当に全員だ。
全員が、どこか姉さんと似ていた。
「ちゃんと選んでねヘルメス」
姉さんはニコニコしていたが、妙な迫力があって。
俺はそれに気圧されて、なんとなく、その中でも特に姉さんに似てる子を選んだのだった。