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83.それでも俺はやりたくない

「甥っ子ちゃん!」


 書斎のドアを乱暴に開け放って、カオリが部屋の中に入ってきた。

 唇を尖らせて、両手を腰に当てて、プンスカと怒っている。


 一体どうしたんだ――と思う暇もなくカオリはつかつかと歩み寄って、机の上に飛び乗って俺に迫った。


「姪っ子ちゃんから聞いたのだ」

「な、何を?」

「甥っ子ちゃんは本気を出したくないって本当なのだ?」

「なんだそんな事か。ああその通り――」

「それはおかしいのだ!」


 こっちの弁明――いや弁明以前の問題か。

 その通りだよという言葉も言い終えないうちにカオリは更に迫ってきた。


「なんで本気を出さないのだ? はっ! もしや甥っ子ちゃんも母親に何か言われてるのだ?」

「別にそういうわけじゃ――」

「だったらその女を殺してくるのだ、甥っ子ちゃんの本気禁止令を力づくでとかせるのだ。大丈夫私は魔王だからそういうの大得意なのだ――」

「落ち着けって!」


 俺はチョップをカオリの頭のてっぺんに叩き込んだ。ポカッっていい音がした。

 ちなみに避けられる事を考えてそれなりに早くて強いチョップだ、竜王の影なら一撃で裂ける程度の力を込めた。


「いたたた……何をするのだ」


 カオリははたかれた所を押さえて、ちょっとだけ涙目になった。


「まず俺が本気を出さないのは母上と関係ないし、そもそも母上はもういない」

「じゃあどうして本気を出さないのだ?」

「それは……」


 どう答えるべきか。

 ここで素直に「面倒臭いから」と答えていいものか。


 カオリの性格はここしばらくの付き合いでよく分かった。

 一言で言えば――予測不可能。


 それをよく分かるようになってしまった分、言った時どうなるのか本当に予測つかない。

 予測つかない事だけは予測がつく。


 ええい、ままよ。


「めんどうくさいからだ」


 俺は素直に答えることにした。

 下手に隠すと面倒臭い事になる可能性が大。

 今までそうだったし、カオリ相手でもそうだろう。

 だから素直に答えた。


「面倒臭いのか?」

「ああ、面倒臭い」

「なるほど、分かったのだ。私もケーキを100個食べた後は動くのが面倒臭くなってついつい眠ってしまうのだ」

「それだけ食ったらそりゃ眠いだろ! というか食べ過ぎ!」

「でも大丈夫なのだ! たらららったらー」


 カオリは口で変な効果音をつけつつ、丸薬に見える何かを取り出した。


「なんだ今の音は」

「お父様の教えなのだ、何かすごいアイテムを出す時はこの音を出すのが巨匠へのリスペクトなのだ」

「いや言ってることがよくわからん」


 カオリの父親って何を考えてるんだ? というか俺の御先祖でもあるんだよなその男。


「それよりも――てい!」


 カオリはいきなり腹をついてきた。

 いきなりすぎて避けられなくてくらった。

 ちょっと悶絶して、口を開けたところに、丸薬を口の中に放り込まれて口を塞がれた。


 もごもごやってるうちに、それを飲まされてしまう。


「ぷはっ――、何するんだ」

「ちゃんと飲んだのだ?」

「きっちり飲まされたよ! なんなんだ今のは」

「これはひかりお姉様のかけらで作った薬なのだ」

「おい待て、かけらって言ったか? ひかりお姉様とやらは人間じゃないのか?」

「それを飲んだ人間は自動的に力を振るうのだ」

「話を聞けよ――へっ?」


 今なんて言った?

 自動的に……力?

 それってもしかして……。


 ドックン!


 心臓が大きく跳ねた、意識が一瞬遠ざかった。


「大丈夫なのだ、力を振るうと言っても体に害があるようなふるい方はしないのだ。人間は酒を飲んで暴れるけど、あれの安全バージョンなのだ」


 カオリはまだ何かごちゃごちゃ言ってるようだが、それはもうほとんど聞こえなかった。

 いや、「音」として耳に入ってくるけど、それはものすごく遠く感じて、言葉の意味が理解できない。


 まずい、これはまずい。

 毒じゃない分、まずい――。


     ☆


 ヘルメスはすっくと立ち上がった。


「お? 薬が効いてきたのだ?」


 未だに机の上に乗ったままのカオリがヘルメスの顔をのぞき込む。

 ヘルメスはそのカオリの目をのぞき込んだ。


「邪気は……ない」


 まったく起伏のない、無感情の声でつぶやくと、そのまま振り向いて窓に向かった。


「聞こえる……嘆きの声が」


 つぶやいた直後、今度は窓を突き破って外に飛び出した。

 外に飛び出して、体が落下を始めるやいなや、虚空を蹴って(、、、、、、)猛スピードで飛び出した。


 何もない空中を次々と蹴ってものすごいスピードで飛んでいく。

 ピンドスの街を飛び出したヘルメスが駆けつけたのは、盗賊に囲まれている一台の馬車だった。


 既に馬車の護衛は斬り伏せられ、中に乗っているどこぞの令嬢が盗賊に引きずり出されていた。


「やめて! だれか! 誰か助けてください!」

「観念しろ! 大丈夫、身代金もらうまで殺さねえ。なあみんな」

「うへへへへ」


 男達のいやらしい笑い声に、いろいろな(、、、、、)危機を感じて、顔が青ざめる令嬢。

 そこにヘルメスが降り立った。


「ああん? なんだお前は、いつの間に現われた」

「悪の道、止めてくれる」


 誰にいうでもなく、ヘルメスは腰の剣を抜き、下から振り上げた。


 たった一振り――と令嬢や盗賊には見えた一振りの直後、その場にいる10人を超える盗賊が全身から血を吹き出し、信じられない顔をしたまま崩れ落ちた。


「す、すごい……」


 何が起きたのか分からない、しかし救いの手と、その超越的な力だけは理解できた令嬢。


「あの! 助けていただいてありがとうございます――」

「まだ、聞こえる」

「え?」


 令嬢の感謝の言葉も受け取らず、ヘルメスは再び地を蹴って、空を駆けて次の()に向かっていった。


 飛んできたのは農村。

 収穫を前にして、大地の恵みが畑でたわわに実っている農村だ。


「くそっ! もう少しで収穫なのに!」

「ばか! 早く逃げろ!」

「うわあああああん、おかああさあああん!」


 普段はのどかであろう農村が、今は怒号と悲鳴が飛びかう修羅の地になっていた。

 その原因は――空。


 ヘルメスが「元凶」がいると当たりをつけた、ここしばらく多発しているもの。

 隕石が真っ直ぐ落ちてきていた。


 ヘルメスはその隕石の真下に着地した。


「なにやってんだお前、早く逃げろ!」


 村民の一人がヘルメスに向かって怒鳴る。

 ヘルメスはそれを無視して、両手を真上に向かって突き出して。


「滅っ!」


 無詠唱で呪文を放った。

 黒く、表面が放電を起こしているような球体が隕石に向かって打ち出される。

 隕石の十分の一程度のそれは、当った瞬間急激に膨らんで、隕石を丸ごと呑み込んだ。


 それを見た村民達は逃げ惑うのも忘れて。


「なんだいまのは……」

「すげえ……」


 と、ヘルメスが振るった力に絶句した。


「まだ……聞こえる」


 ヘルメスは再び、次なる声に向かって飛んでいった。


 カオリが飲ませた薬、それを「酒を飲んで暴れる安全バージョン」と言ったが、それはある意味正しくて、ある意味正しくない。


 気が大きくなって、行動にセーブが利かなくなると言う点では、なるほどまさに酒精による酩酊状態に近いものがある。


 ただし、一つだけ致命的に違う事がある。


(うわあああああ、もうやめてくれええええ。ばれる、皆にばれるうぅぅぅ!)


 酒は飲んで意識を無くすが、カオリが飲ませたものは、意識を引っ込めるだけで、そのまま残る。


 ヘルメスはまるで少し離れた所から自分を眺めているような、そんな感覚になっていた。


 そして、自分の意識と関係なく。

 ヘルメスは薬の効果が切れるまで、聞こえる嘆きの声に突き動かされ。

 次々と人を助け、人前でその力を見せつけてしまうのだった。

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