80.魔王の親離れ
ムノーとその部下を圧倒する。
カオリと激闘の後で消耗していたが、そんなの関係なく、連中を制圧した。
全員を倒したあと、カオリが聞いてきた。
「殺したのか?」
「いや、少し思うところがあってな」
「もしかして、今のが『峰打ちだ……』なのだ?」
カオリは興奮気味に、しかし妙な小芝居をはさんで聞いてきた。
「この剣で峰打ちなんてしたら折れるわ」
初代の遺物、物理的には大量生産の一振りだ。
技じゃなくて峰打ち――力任せに叩きつけたら間違いなくボッキリ折れる。
「それより、こいつらはどうする?」
話を変えて、生かした連中の処遇をカオリに聞く。
「どうするって、何がなのだ?」
「処刑とかするのか? 謀反だろこれ」
「そんな事しないのだ」
「しないのか?」
ちょっと驚いた。
魔王なのに。
「もうずっと言ってるのだ。お母様の言い付けで政治にノータッチだし、格下の人間には手を出しちゃいけないのだ」
「え? 謀反したこいつらもか?」
「もちろんなのだ」
頷くカオリ。
「それは……どうなんだ?」
「大丈夫なのだ。私は魔王、普通の人間が何かした所でびくともしないのだ。今も回復してるし、こいつらが目を覚ました頃には何もかも鼻歌交じりで踏みにじってやれるのだ」
「なるほど」
「……」
「カオリ?」
何故か黙って、俺を見つめてくるカオリ。
同じように見つめ返すと、彼女は神妙な顔で口を開いた。
「殴り合ったダチだから言うのだ、本当はちょっとだけウザいのだ。虫が周りをブンブンブンブン飛び回るのはウザいのだ」
「ウザいのか」
「そうなのだ。でもお母様の言い付けを守るのだ」
「……」
この瞬間、俺の中にスイッチがはいった。
ここしばらく――カノー当主になった事でたまりにたまったものが爆発した。
やりたいことをやれない、そのカオリの現状が気にくわなかった。
だから考えた。
色々考えて、その考えをまとめて。
「なあカオリ。お前はいくつだ?」
「んあ? 甥っ子ちゃんは私の歳が気になるのだ? 歳なんて百から先は覚えてないのだ」
「大人か?」
「むっ! それは失礼なのだ。私は立派な大人なのだ!」
カオリは頬を膨らませて、胸を反り返るほどはった。
そうしたせいで、より胸がない事が強調される悲しさ――なのは脱線するからスルーした。
「そうは見えないな」
「失礼なのだ! 確かに背は少し小さいのだ……」
「そうじゃない。大人だという割にはまったく親離れしてないなっておもったんだ」
「親離れ……なのだ?」
「そうだ。大人ってのは親離れしなきゃいけない、出来てないのは大人に見える子供、これは最悪だ」
「……本当なのだ?」
「ああ、本当だ」
「……ちょっと待つのだ」
カオリはそう言って、いきなりキュイーン! と飛びだった。
ものすごい飛行、黄昏の向こうに一瞬で消えていくその姿はまさに魔王。
「もうそんなに回復してるのか……」
本人の申告通り、もうムノーどもが復活してきても何も出来ないだろうな。
などと、思っていると。
「ただいまなのだ」
「はやっ!」
飛んでいった方角から、行きと同じくらいの速さで戻って来た。
「どこに行ってたんだ?」
「下僕810号に聞いてきたのだ。甥っ子ちゃんの言うとおり、大人は親離れするものなのだ。……むしろ『知らなかったのか』と呆れられたのだ」
一瞬だけちょっとシュンと気落ちしたカオリ。
何者かは知らないが、下僕810号とやらは結構ずけずけものをいうタイプのようだな。
まあ、それはともかくだ。
「俺の言ったとおりだろ?」
「でもどうしたら親離れになるのだ? お父様もお母様も今はこの世界にいないのだ」
「そりゃ今もこの世にいたらお前が魔王じゃないだろうし。そうだな、親の言い付けを超えるのが普通だな」
「言い付けを?」
カオリが小首を傾げる。
「そうだ。まったく反抗してもだめだ。それはただの反抗期、十五、六のガキがやることだからな」
「ちょっと待つのだ」
カオリはまたキュイーン! と飛んでいった。
また810号か、と思って少し待つと、すぐにまた戻って来た。
「本当なのだ。810号、それは鼻で笑ってやっていいのは子供だっていったのだ」
810号、過激だが常識人のようだな。
「だろ? だからただ反抗するんじゃない。考えて、言い付けの先にいくんだ」
「先って何なのだ?」
素直に答えを求めてきたカオリ。
これはこれでちょっと問題ありだが、今は話が早くていい、って事にしとこう。
「何がなんでも人間に手を出すなじゃなくて、出しても良いかどうか、を自分で考えるんだ。例えば意味なく人間の国に戦争をしかけるのは――」
教師が生徒にって感じで、カオリに答えを促す。
「多分だめなのだ」
「うん。で、王が謀反人を処罰するのは?」
「普通なのだ!」
ぱあぁ――と顔がほころぶカオリ。
「そう、王の立場なら謀反人を処刑するのは当たり前だ。しないと舐められるし、何より同じことが次々起こって国が安定しない」
「なるほどなのだ!」
カオリは気絶しているムノーどもの方を向いた。
そしておもむろに手をあげた後、すっ、と振り下ろした。
直後、その一振りだけで、全員の首と胴体が泣き別れした。
さすが魔王、恐ろしく早い手刀だったな。
死刑か、まあ、謀反を企てた人間には相応の処分だな。
「ありがとうなのだ! 甥っ子ちゃんのおかげでちょっとすっきりしたのだ」
「そうか、なら良かった」
「これからも謀反はどんどん処刑するのだ」
なんかいけない扉を開いた気がしたから、ちょっとフォローする。
「処刑もいいけど、ちゃんと働いた部下にはちゃんと褒美をやるんだぞ」
「それは大丈夫なのだ。下僕達には全員屋敷と使用人を与えてるのだ」
「下僕なのに貴族並の待遇だな」
まあ、魔王の下僕だし、そういうもんか?
「ありがとうなのだ!」
満面の笑顔でお礼を言った後、カオリは俺を上目遣いでじっと見つめた。
「どうした」
「甥っ子ちゃん、1025号になってくれなのだ」
「1025号って……ああ下僕か」
頷くカオリ。
下僕か……まあでも1024号や、810号とのやりとりを見てると、下僕とはいうものの、特定分野で頼れる人って感じだな、カオリにとっての下僕は。
そうおもったが、間違いだったらいけないし、念のために聞いてみた。
「親離れの事を相談する相手って事か?」
「そうなのだ」
どうやら推測は正しかったようだ。
まあ、そういうことなら。
「いいぞ」
「本当か! やったーなのだ!」
カオリはその場でぴょんぴょん飛び跳ねる程嬉しがった。
「それじゃ、皆に知らせるのだ。またなのだー」
カオリはそのテンションのまま、再びきゅいーん、と空の彼方へ消えていった。
しばらく待っても戻ってこなかったから、今日はここまでか、ってことで俺も家路についた。
☆
数日後、王都レティム。
王宮に呼び出された俺は、庭園で国王陛下と二人っきりであった。
「さすがだな先生、先生のおかげで魔王軍との一戦が回避された」
「いえ、元はと言えば俺が原因ですから」
「明日コモトリアからの使者が到着する。先生は正装を持ってきているか? ないのなら用意させるぞ」
「持ってきては無いけど……正装?」
「正装」
「……何のために」
勘、というほかない。
ものすごくいやな予感がして、背中に汗が伝った。
「魔王の特別顧問になったのだろう? 鉄橋と黄昏の下で殴り合ったダチ、の意味は今一つ理解できないが」
「あ、ああ……その事ですか。そうですね、なりました。それがなんで正装を?」
「特別顧問と言うことで、先生に無任地の爵位が与えられるというのだ。正直先生を取られたようですこし嫉妬だが、それで魔王との戦いがこの先避けられるのなら先生には感謝しかない」
「……は?」
なにそれ、どういう事?
俺に爵位って……え?
「それってどういう……」
「大公爵ときいている。アイギナの制度にはないが、公爵の上、総理王大臣相当と思っていいぞ」
「そういう意味じゃないし一気に最高位かよ!」
カオリ、やり過ぎだろ!