79.魔王戦
数日後、アイギナとコモトリアの国境近くにある某所。
呼び出された俺が指定の場所にやってくると、そこにはすでにカオリが来ていて、小さい体で腕組みして、上機嫌な顔で仁王立ちして待ち構えていた。
「よう」
「待ちわびたのだ! 連絡してから丸一日たっているのだ」
「これでも連絡をうけてすぐに来たんだがな」
カオリの目の前に立って一息ついて、周りを見回す。
変哲のない郊外、強いていえば三百六十度のどこを見渡しても、地平線の向こうまで人里らしきものがまったく見えない「ド!」郊外なのが特徴ってとこか。
「よくこんな所を見つけてきたな」
「私の部下が見つけてきたのだ」
「下僕ちゃんの事か?」
「いいや、ただの人間なのだ。よくやってくれたから百年後くらいに下僕にしてやってもいいのだ」
「あっ、下僕にするのって結構ハードルが高いのね」
下僕って言葉のイメージとはちょっと違う、意外な事実だった
「あの下僕ちゃんは?」
「今回は必要ないのだ。巻き添えで死なれると私がおびただしく困るからおいてきたのだ」
「そっか。じゃあ……始めるか」
「もちろんなのだ!」
瞬間、空気が一変した。
それまでの和やかなムードから一変、百本くらいのナイフで全身を刺し続けてるような、ものすごい殺気が全身を覆ってきた。
俺は気を引き締めた。
魔王、カオリ。
コモトリアの国王という側面を持つ、人類を遥かに超越した生物。
超究極生物、という呼び方もある。
そのカオリが目の前から消えた!
「くっ!」
剣を抜き放ち、直感で真後ろに振り向いて斬撃を放った。
斬撃と何かが打ち合った。
衝撃波が水紋の如く広がって、俺が立っている所を中心にクレーターが出来てしまう。
最初からクライマックス! それほどの一撃。
「やるな! なのだ」
カオリのか細い手が変形して、鋭い爪になっていた。
剣でそれを打ち合ってた感触は、一言で言えば「未知」だった。
金属ではない。
しかし何よりも堅く、何よりも柔らかく、何よりも力強く。
俺の人生の引き出しを全て開けても、理屈が分からない一撃だった。
「殺す気か」
「もちろんなのだ」
カオリは満面の笑顔でそう言ってから、正面から鋭く変化した両手の爪で猛攻撃をしかけてきた。
早くて、強くて、重い。
一撃一撃が必殺級の威力を持つ爪の攻撃は、幸いな事に一つだけ弱点があった。
それは、素人の攻撃という事。
ものすごく乱暴に言ってしまうと、カオリの攻撃は「音速を遥かに超えた駄々っ子パンチ」だ。
俺は「剣術」で対抗した。
剣の技は、人間が数千年の間、数十世代にわたって洗練し進化させてきたテクニック。
それは、遥かに強くて早い駄々っ子パンチを迎撃するのに十分なテクニックだった。
それで何とかなった。
迎撃をしているうちは何とかなる。
魔王という超究極生物のスペックは、「防御」に一旦回ってしまえばそのまま押し切られる程のもの。だから俺は「迎撃を続けた」
「すごいのだ! 私が今まで戦った人間で二番目に強いのだ」
「二番目なのかよ!」
「一番目はお父様なのだ!」
「そりゃそうだろうな!」
魔王の父親だ、そりゃ強いだろうよ。
「こっちは今までで一番だよ」
「ふふん、そうだろうそうだろうなのだ!」
「嬉しそうだな」
「当たり前なのだ!」
永遠にも感じた数分間を打ち合った後、次第に慣れてきた俺は、カオリとそんなやりとりをする余裕が生まれた。
早くて強いのはそのまま、肌に突き刺さるどころかおろし金ですっているような殺気も相変わらず。
それでも最初の頃より慣れて来たから、軽口を叩く余裕が出てきた。
「第一段階合格なのだ?」
「んあ?」
「ちょっと強いの、行くのだ」
カオリはそう言って、十メートルくらい飛び下がって、そのまま地面を蹴って上空に大きく跳躍。
魔力を感じる。
カオリが突き上げた右手に直径二十メートルを超える超巨大な魔法陣が現われた。
「おいおい……」
「行くのだ! イオおばさん直伝……十界万雷陣なのだ!」
自然災害、そんな感想が喉まで出かかった。
直径二十メートルを超える魔法陣――円から次々と雷が降ってきた。
カオリの「面」から降り注ぐ雷が、俺という「点」に殺到する。
これはまずい。
俺は剣を地面に突き立てて、目を閉じて集中する。
『我は命ず。無形にして無常の使徒。いやさきより来たりていやはてへ集え――アブソリュートフォトンバリア!』
詠唱を通して魔力を高める。
変換した魔力が体外に放出されて、全身を覆う光のバリアになった。
暴風雨の如く降り注ぐ雷をバリアで防ぐ。
……やっぱり受け身じゃだめだ。
受けていると後手後手に回って、いずれ押し切られる。
シンプルだが腕相撲と同じだ。
いったん押されだすとその先は話にならない。
押し返さないと!
バリアの中から目を凝らし、じっと見つめる。
密集する雷に一箇所、隙間を見つけた。
剣を握り、バリアから飛び出した。
「万」が「千」になった隙間を、剣を振るって払いのけながら突進していく。
上空に飛んでいるカオリに肉薄する。
「ええっ! まだこっちの番なのだ」
「ターン制に付き合うとは言ってないぞ」
懐に潜り込んで、容赦なく袈裟懸けに振り下ろす。
手応えあり、斬撃がカオリの肉を裂いて骨を断った――。
「いたた……とんでもない一撃なのだ」
わずかに下がって、地上に着陸するカオリ。
落下中は鮮血が吹きだしていたが、着地する頃には傷が完全に塞がっていた。
もとより、これで致命傷になるとは思っていないが。
「想像以上に化け物だな」
「だって魔王なのだ」
カオリは上機嫌に、ない胸を張った。
「あっ、今のは褒め言葉になるんだ」
「もちろんなのだ。よーし、次はこっちの番なのだ。今度はひかりお姉様直伝――」
「だからターン制には付き合わないって――」
問答無用とばかりに、カオリが手を真横に薙ぎはらう。
すると、次々と「人間」が召喚された。
数十数百と、一瞬のうちに召喚されたそれらが一斉に襲ってきた。
「なんじゃこりゃ」
「歴代の下僕なのだ。とりあえず一から二百番まで召喚したのだ」
「げっ!」
下僕、って言われて俺はあの下僕ちゃん――1024号を思い出した。
あの子は修復のエキスパートだった。
下僕もどうやら厳選する魔王カオリ――召喚した下僕達は強かった。
一人一人が、ミデアと同等かそれ以上の力だ。
「くっ!」
剣を振るって、最初から全開で迎え撃つ。
集中力を限界まで高めて、一体一殺――全部一撃で倒すようにする。
「……はは」
思わず、笑いが出た。
下僕を召喚して俺にぶつけていたカオリは、腰に手を当てて、ふんぞりかえった様子で観戦していた。
殺気は――今でもある、だけど多分これ、魔王にとっての殺気じゃないのかもしれないと思った。
強すぎるが故に、こっちが殺気だと感じてしまうだけ。
カオリは最初から、俺とじゃれ合っているだけなのかもしれない。
そう思うとおかしくなって。
「とことん付き合ってやるよ」
俺は、意識を切り替える。
大ぶり、大技。
そういうのを意識して、戦い方を変えた。
☆
半日続いた戦いは、夕方くらいになって、一休みをはさんだ。
俺は地面で大の字になって、カオリはあぐらを組んで地べたに座っている。
「たのしかったね!」
「いやいや、そんなさわやかにいう事じゃないだろ」
「なんで?」
「周りを見て見ろよ。焦土――いやそれよりも遥かにひどいぜ」
俺とカオリの周り、今朝まで風光明媚な、穏やかな草原だったそこは、地獄に似た何かに変貌していた。
ぽっかりあいたクレーターなんて序の口。
あっちこっちが丸焼けになって、ところどころ地面が溶けて溶岩の湖になっている。
ちょっと離れた所なんか、紫色の毒々しい液体がプクプクと沸騰してるかのように気泡を生んでは弾けさせていて、そのそばにある大木が溶け落ちている。
「大丈夫なのだ、これは後で下僕に直させるのだ」
「あの子過労死するんじゃないのかこれ」
「それよりも――はい」
「ん?」
立ち上がったカオリは俺の所にやってきて、手を差し伸べてきた。
「なんだそれは」
「握手なのだ」
「握手?」
「お父様に聞いたのだ。強者同士は、ケンカしたらダチなのだ」
「なんだその暴論は」
「鉄橋の下の土手で殴り合って、黄昏の中握手するのが青春なのだ」
「言ってる意味が何一つわからない」
わからないが、カオリは本気だった。
黄昏の逆光を背負い、俺に手を差し伸べて続けてくる。
「ふっ、しょうがないな――」
台風のような娘だが、裏表のないその率直さは好ましくもある。
俺は、彼女の手を取ろうとした――その時。
「――はれ?」
悪意。
カオリの足元から、悪意を含んだ魔法陣が広がった。
その魔法陣は俺もろとも呑み込んだ。
「封印なのだ。どういうことなのだ?」
「ふはははは、浅はかなり魔王!」
遠くから男の声が聞こえた。
カオリと一緒にそっちに振り向く。
兵士を率いた一団が近づいてくるのが見えた。
俺にははじめて見る顔だったが。
「無能なのだ」
下僕同様ちょっとひどいが、どうやら顔見知り、という感じのカオリ。
「知ってるのか」
「うん、私の部下だけど、無能だから何か命令したことはないのだ」
「へえ……」
俺は男に目を向けた。
「お前、何のつもりだ。今の話だとお前、カオリの臣下なんだろ?」
「我々はずっとこの時を狙っていた。魔王を討伐できるこの時を」
「なんだって?」
「コモトリアはもともと人間の国、それをこの魔王の母娘が私物化したのだ。我々は正当なるコモトリアを復活させるのだ」
「……つまりクーデターか」
「違う! これは義挙なのだ!」
「あー……」
はいはい、という呆れた反応が喉元まで出かかった。
コモトリアの内情は知らない、だが一つ分かっていることがある。
義挙やら、義士やら。
そういうのを口にする連中にまともなヤツはいないのだと。
「これはこまったのだ、私の力じゃこれを破れそうにないのだ」
「そうなのか?」
「うん。甥っ子ちゃんと遊びすぎてくたくたなのだ」
「ふふふ、それを狙っていたのだよ」
勝ち誇る――えっと名前なんだっけ、無能?
そんな勝ち誇ったムノーに聞いた。
「なあ、カオリはなんかしたか? 圧政とかそういうの」
「愚問! 魔王は存在そのものが罪なのだ」
「なるほど。なあカオリ」
「なんなのだ?」
「お前王だろ? 統治とかはどうしてる?」
「お母様の言いつけなのだ。私と同格の人間が出てくるまで政治もノータッチなのだ。人間は栄えるも滅ぶも人間自身の力なのだ。君臨すれども統治せずなのだ」
「なるほど」
今度はムノーの方を向く。
「カオリの母親の言いつけは俺が思い知ってる。俺はカオリの味方をするぞ」
「何を戯れ言を、魔王すら破れないこの封印を――」
「ぬぅん!」
残った力を右腕に込めて、そのまま地面を叩きつけた。
パリーン、という音を立てて、魔法陣が砕け散った。
「――なっ」
魔法陣の戒めがなくなって、俺はひょいと跳び上がった。
「ば、馬鹿な、何故破れる。貴様も魔王と同じ力を使い果たしたはず!」
「理由はシンプル」
俺は男に剣を突きつける。
「俺はまだ、本気を出していないからだ」
ムノーとその部下の兵士は驚愕し。
「すごいのだ! まだ余裕だったなんて甥っ子ちゃんすごいのだ!」
当事者のカオリは、まったく緊張感がなくて、こっちまで脱力しそうだった。