07.能ある鷹は爪を隠す
「監察官?」
屋敷の中、朝の大食堂。
メイドの給仕を受けて朝飯を食べている俺。
そんな俺の元に姉さんが訪ねて来て、聞き慣れない役職名を口にした。
「国から派遣されてくるのです。今日の午後には到着すると」
「到着って、ここに来るってのか?」
「ヘルメスを見に来るのですよ」
姉さんはドヤ顔をした。
あっ、まずい。これは良くないパターンだ。
姉さんがこういう顔をする時って俺の事を自慢したりアピールしたり、そういう時だ。
「一応聞くけど……なんで?」
「スライムロードを討伐したのがカノー家の新当主というのが国王陛下の耳に入ったのです。それで本当なのかを確認しに来るのですよ」
「くっ……」
思わず顔をしかめてしまった。
うっかりやらかしたそれがまだ尾を引くか。
「ということで、頑張るのですよヘルメス」
にこやかに話す姉さん、人の気も知らないで。
参ったなこりゃ。
☆
午後になって、馬車が二台、それを護衛する兵士が100人ちょっと。
それが屋敷に到着した。
まず片方から中年の男が降りてきた。
なんというか、偉ぶってる陰険そうな男ってイメージがする。
その男はもう片方の馬車に行って、何かを言った後、そっちから少女が降りてきた。
歳は16程度、綺麗だが顔つきがきつい。
教室に一人はいる正義感の強い頑固なタイプとみた。
監察官、という名前を考えればぴったりな人相かもしれない。
そんな事を思っていると、向こうが向かってきた。
中年男が前で先導するような形で、少女がついてくる。
二人は俺の前にやってきて、足を止めた。
「貴公がカノー男爵か」
中年男が顔つき通り、尊大な態度で聞いてきた。
「ああ」
「私は王国二等監察官モーロ・コロコス。こちらは一等監察官のリナ・ミ・アイギナ殿下だ」
「殿下?」
それにアイギナって。
少女をマジマジと見た。
その名前、王族か。
「恐れ多くも殿下自ら足をお運びとなった。殿下はどんな財宝よりも真実を好まれる。聞かれた事を包み隠さず話す事をすすめる」
「……はっ」
難しいな。
バランスが難しい。
本気を出したくない、それは面倒な事がつきまとう。
かといって相手が王族なら、やらかしてお家取り潰しもまずい。
いずれ姉さんに渡すし、貴族の「部屋住み」という立場は手放したくない。
何処までやっていいのか、慎重に見極めなきゃならなくなった。
そういう意味では、俺は今、久しぶりに真剣になっている。
「そなたがスライムロードを討伐したのか」
二等監察官のモーロ――多分補佐役のそいつが聞いてきた。
こういう時王族が格式維持のために直にはしゃべらないのがほとんどだから、特に気にすることもない。
問題はどう答えるか……まだ嘘をつく場面じゃないな。
「はっ」
「どのように倒した」
「炎の魔法で焼き尽くした」
モーロは満足げに頷いた。
やっぱりある程度下調べしてから来たな。
「殿下は実際にそれを目にすることを望んでおられる」
「というと?」
聞き返すと、モーロは後ろをむき、手をスチャと上げた。
すると兵士達が布に包まれた何かを運んでくる。
それを地面に置いて布を取る。
木造の人形――マネキンみたいなものだった。
「これを知っているな?」
「はあ……」
ここはとぼけてもいい所だ。
俺はちょっと困った様な顔をして、モーロに視線で問い返した。
モーロはてきめんに俺を見下したような、「こんなことも知らないのか」って顔をして。
「これはミーミユ。歴史上最高の人形使いとされる者が考案した魔導具。木のように見えるが、モンスターの耐久面を完全に設定、再現することができる物だ」
あきれ顔のまま説明するモーロ。
たしか冒険者ギルドとかに使われてて、「こいつ本当に依頼したモンスターを倒せるのか?」って疑問を持たれた時に使う。
攻撃は一切しないが、体力とか防御力とか特性とか完全に再現できる。
ただのスライムに設定すれば、木造に見えるのに攻撃したらプルプル飛び散る人形のいっちょ上がりだ。
なるほど、これで俺を試すのか。
「過去の文書からスライムロードの耐久に設定してある。これを見事破壊してみせよ」
「……わかった」
これはやらなきゃダメな場面だな。
なら、せめて力は抑えよう。
モンスターは一度戦ってみれば力量の程がおおよそ分かる。
スライムロードを(うっかり)倒したという事実はもう消えないが、だったら「ぎりぎりやれてしまった」という事にしておこう。
リナとモーロが兵士に守られたまま離れた。
屋敷の庭に俺と人形が残って、他は遠巻きに観客に、って感じになった。
目を閉じる、スライムロードを倒した時の手応えを思い出す。
力を調整、五分くらいかけて焼き続けてどうにかなった、ってシナリオにしよう。
『火よ火よ、我が手に集い敵を払え!』
そこそこの詠唱で魔法を放つ。
炎が人形を焼いた。
おー、スライムみたいに再生するのか。
知識は知ってたけど、木の人形が焼かれながら再生で対抗するってのを実際に見るとちょっと面白い。
炎は人形を焼き続けて――きっかり五分。
計算通りの時間で人形を灰にした。
「こんな感じだ」
気持ち失礼にならない、微かなドヤ顔で完了の報告。
するとモーロが聞き返してきた。
「時間がかかったが、実際の戦闘ではスライムロードは反撃したはずだが?」
「逃げ回ってた。ぎりぎりで火力が上回ってる事がわかったから」
「そのようだな」
微かに鼻で笑うモーロ。
その反応が手にとるように分かる、そして俺が欲しかったものでもある。
「ご覧の通りです殿下、どうやら倒したのは間違いないようですが、運が良かったとも思われますな」
よかよか、いいぞモーロ君、キミの事大好きだ。
一方のリナは応じなかった、さっきからずっと維持してる真顔を崩さなかった。
それに成り代わってモーロが。
「子細はわかった」
と、ますます俺を見下した様な顔で言ってきた。
よし、ミッションクリアだ。
☆
その日、家を挙げての接待をした。
これは遠慮する事はない。
監察官を全力で接待する。
家のためにこれをするのは当たり前で、俺が「王族に取り入る方に全力を尽くす男」ってイメージを作るのにも丁度いい。
山と海のごちそうを盛大に並べて、舞踏会の様なものも開いて。
とにかく全力で監察官の二人をもてなした。
「あれ?」
ふと、主役のリナがいない事に気づく。
会場の中を見回す、ベランダに続く扉が開け放っていて、その向こうにドレス姿のリナがいた。
もう少しゴマするアピールをしておくか。
俺は追いかけてベランダに出て、後ろから声をかけた。
「ここでしたか、殿下」
「カノー男爵か」
リナは俺を一瞥した。
初めて聞いた声だが、受けるイメージからぴったりの、お堅いキリッとした声だった。
「こんな所にいたのですか」
「そなたは鷹狩りが好きか?」
……。
貴族、鷹狩り。
遊びの代名詞でもあるし。
「ええ、大好きですよ。殿下も嗜まれるので?」
「私はやらない、が鷹は好きだ」
「それはそれは、当家が所有している何頭かを――」
「能ある鷹は爪を隠す、ということわざがある」
「――へ?」
リナは体ごと俺を向いて、見あげてきた。
ドレス姿によく似合う、聡明でキリッとした顔つきだ。
「そなたは子供の頃、大人と腕相撲をした経験はあるか?」
「はあ、そりゃ何度か……」
なんだ? さっきからのこれは。
意図が読めない会話が続いてるぞ?
「こっちが本気を出しているのに、向こうはまだまだ余裕があると見ただけで分かるものだ」
「そうですね。わっはっは、とか言います」
「王家の武術指南もそうだ。教えた後、自信をつけるためにわざとやられるが、そんなのわざとやられてくれたものだということくらいはわかる」
「……」
なんか、雲行きが怪しいぞ。
まじで一体なんの話だ、これは。
「そなたもそうだ。本気を出していないのが見え見えだ」
「――っ!」
ガツーン、と頭を金槌で殴られた様なショックを覚えた。
「安心しろ。誰にも言わん。そんな事を見てこいと言われてないからな。私が言われたのはあくまで、スライムロードを倒せたのは本当なのか見てこい。それだけだ」
「……」
「そなたがなぜ真の実力を隠しているのかは知らぬが」
リナはきびすを返して、会場の中に戻ろうとする。
最後に一言だけ、って感じで肩越しに。
「いつかその底知れぬ器の大きさと、そなたの本気を見せてくれ」
といった。
……頭を抱えたくなった。
力を抑えたせいで、より深みにはまった気がした。