76.魔王と姫と甥っ子ちゃん
屋敷の応接間、訪ねてきたリナと二人っきりで向き合っていた。
「例の話、聞いた?」
メイドに言って出した茶に一口つけた後、リナが真顔で聞いてきた。
「例の話?」
「コモトリアがアイギナに宣戦布告したと言う話」
「はええよ!!」
パン! とテーブルを叩いて立ち上がる。
脊髄反射の突っ込み、リナがそんな俺をジト目で見た。
「やっぱり絡んでいたのね」
「な、なんのことかな」
顔をそらして、口笛を吹く。
何故かこういう時だけ口笛が上手く吹けない。
「みんな、その話でもちっきりよ」
「みんな?」
「陛下や、大臣たち。皆知っているのだからね。コモトリアが何故宣戦布告をしてきたのか。だから探している」
「探してる?」
おうむ返しすると、リナは更にジト目で俺をみた。
「魔王と、同格の存在を」
「おっふ」
思わずため息が出た、そんな事になっていたのか。
というか、
「コモトリアの魔王の事をみんな知ってるんだな」
「国政に携わる者なら皆しっている。何せコモトリアを支配しているのは間違いなく地上最強の生物、魔王。その魔王の行動原理を理解しておかないと国が滅ぶ」
「なるほど……」
地上最強の生物というのが本当なら、確かに知らないでいるのはあり得ない話だ。
「で、何をしたの?」
「……事故なんだよ、それと誤解も重なった」
「つまりいつも通りってことね」
「おっふ」
グサッときた。
いやそんな風にまとめられるとものすごくきついというか、心に来るって言うか。
「まあそんな事だと思った」
「この事は他に誰か?」
「知らない。だけど陛下にだけはちゃんと奏上しなければならない」
「うっ……そうだよな……」
まあ、それが不幸中の幸いかもな。
国王陛下なら「ヘルメスが強い」という認識がある。
それに、こっそり義賊をやってる仲でもある。
上手く言い含めることは不可能ではない。
「陛下には早く言う事ね」
「わかった、今から言ってくる」
リナは小さく頷いて、立ち上がった。
事が事だ、俺も今から都に行こうと思って、ソファーから立ち上がった。
二人で連れ立って、応接間を出る。
廊下を歩いていると、向こうからバタバタとせわしない足音が聞こえてきた。
こんな子供みたいな足音をする人がこの屋敷にいたか? と思っているとその正体が分かった。
子供にしか見えない体、地面に届く程の長いツインテール。
それをなびかせながら走ってくる。
魔王・カオリ。
渦中の人、そのものだ。
「みつけたのだー」
カオリはダッシュの勢いそのままに俺にタックルしてきた。
それをうけとめると、カオリは俺の腰にしがみついて見あげてくる。
「甥っ子ちゃん発見なのだ」
「な、なんでここに」
「一発ぶち上げたから甥っ子ちゃんに報告しにきたのだ」
「いや報告されても困るんだが」
「照れないでもいいのだ。これで甥っ子ちゃんと私は宿敵、いや怨敵なのだ」
「その言葉をそんなにこやかにいう人初めてみたよ……」
本当にこの子が魔王なのか、本当にこれから戦う――いや戦争になるのか。
それがちょっと分からなくなって、ため息がでた。
「ヘルメス」
「え?」
ちょっと離れた所で、リナが眉をひそめていた。
「その子供、だれ?」
「彼女は――」
「私を侮るのはプチ死刑なのだ」
俺の腰にしがみつくのをやめて、リナに振り向いた。
瞬間、何かが膨らみ上がる――
「いかん!」
腰の剣を抜いた。
ほとんど反射で振り抜いた。
魔王カオリがかざした手が放った一撃、リナめがけてはなった一撃に剣を振り抜く。
どうにか軌道をそらして、ビームのような一撃がリナの真横をかすめて、屋敷の半分を吹っ飛ばした。
「……」
ポカーンとするリナ、俺の剣を握る手がジンジンする。
今まで防いだ攻撃の中で一番強力な一撃だ。
「いきなりなにをする」
「大丈夫なのだ」
「大丈夫じゃないだろ今のはどう見ても」
「まったく問題なしなのだ。お母様の言いつけで、戦場以外で人を殺したことはないのだ」
「そうなのか?」
「うん。ちゃんと部下で練習してるのだ。誰が相手でも一瞬で体力を見抜いて、きっちり全治三ヶ月にするのが私の特技なのだ」
「死ななきゃいいってもんじゃないよ!?」
むしろもっとやべえ感じがした。
なんでそんなに無駄に手慣れてるんだ?
「それよりも甥っ子ちゃん、なんでその女を助けたのだ?」
「いや、そりゃ目の前でこんなことされたら――」
普通は助ける、と言いかけたのだが。
「この女、甥っ子ちゃんのつがいなのか?」
「へっ? いや違うけど」
「そうなのか? ……わかったのだ、片思いなのだ」
「へ?」
いきなり何を言い出すんだこいつ。
「片思いの女にいいところを見せるのは理解できるのだ。しかも……ふむふむ」
カオリはまだ放心しているリナをじろじろ観察した。
「この見た目、この雰囲気、高貴な生まれとみたのだ。お姫様なのだ」
「まあ、王族だな」
「片思いの姫を守って魔王である私に立ち向かう。お父様がよく聞かせてくれた物語そのままなのだ。ピーチ症候群なのだ」
「症候群……?」
カオリの父親は医者かなんかか?
戸惑っていると、カオリはパッと俺から距離をとって、いかにもな、しかし実戦向きじゃない構えをとった。
「よかろう、掛かってくるのだ」
「いやいやいや」
「こいなのだ」
手招きするカオリ。
一方でリナには見えないように、俺に目配せを続ける。
えっと……これって。
負けてやるから掛かってこい――ってことか?
「いや、本当に違うんだ」
「うーん? わかったのだ。お約束は魔王の玉座で果たすものなのだ」
「いやだから」
「待ってるのだ愚かなる人間どもよ」
ふははははは、といかにも笑い声をドップラー効果で残して、来た時と同じように風の如く立ち去ったカオリ。
「どもってなんだよどもって」
あまりの事に、突っ込みどころを間違えてしまう俺。
はあ……なんというか、嵐のような子だな。
悪い子じゃないのは間違いない。
でもその圧倒的な力はな……。
本気でやったら間違いなくどっちかが死ぬだろうから、どうにかごまかし、宥める方法を考えなきゃ。
面倒臭い事になりそうだ――と、と思っていると。
「ん?」
リナがそばにやってきて、俺の裾を引いた。
頬をそめて、うつむき加減で。
「助けてくれて……ありがとう」
「え? あっまあ、当たり前のことをしただけ……」
「つがいなのは……いやじゃないけど、ちょっと考えさせて」
「へ?」
俺があっけにとられる中、リナはますます頬を染めて、恥ずかしそうに立ち去った。
「……」
なに、俺、なんかやっちゃった?
そりゃ命を助けたけど……あっ。