表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/167

75.魔王、始動

 ある日の昼下がり、オルティアの娼館からの帰り道。

 ピンドスの街を適当にぶらついてると、ある人が目に入った。


 瞬間、背筋に悪寒が突き抜けていく。

 気がつけば俺は剣を抜いていた。先手必勝。そうしなければこっちがやられると思ったのだ。


 剣を抜き放ち、飛びかかってその子(、、、)に斬りかかった。


 ガキーン!


 金属音がこだまする、火花が飛び散った。

 俺の斬撃は無造作に振り上げられた腕にガッチリガードされていた。


「なんなのだお前は、いきなり失礼だぞ」


 俺の一撃を受け止め、憤慨するのは幼い女の子。

 ミデアよりも更に幼くて、長い髪を左右に結んだ細くて長いツインテールが見た目の幼さに拍車をかけている。

 更にその子がいるのは甘味屋、周りに食べた量を示す器が山のように積み上げられている。


 そんな見た目に俺は騙されない。


 一目見た瞬間から脳内に鳴り響く警告音、俺の渾身の一撃を何事もなかったかのように止めた力。

 ただ者じゃない、間違いなく今まであった人間の中で最強。

 あの竜王の影よりも数枚上手だ。


「お前こそなんなんだ? こんな所で何をしている」

「答える必要はないのだ。いい一撃だったから、それに免じて見逃してやるのだ」


 行け、と言わんばかりに俺の剣をさらりと振り払う。


「そうは行かない。俺はこの街の領主だ。お前のような危険な存在を放っておけない」

「領主?」


 甘味に戻る女の子は俺の言葉に何を思ったのか、手を止めてこっちを見つめてきた。


 その間、周りがざわざわし出した。

 剣を抜き放っている領主、その領主が睨んでいる女の子。

 間違いなくただ事じゃない様子に、野次馬が徐々に増え出した。


 このままじゃ巻き添えを出す、散らさないと――。


「そっか、お前がカノーの男なんだな」

「え?」

「うんうん、見覚えがあるのだ。そかそか、前のヤツ、ミロスよりは見所があるのだ」

「ミロス兄さんの事……しってるのか。何者なんだお前は」

「お前呼ばわりは失礼なのだ。私はカオリ、ちゃんとおばちゃんと呼ぶのだ」

「カオリ……?」


 初めて聞く名前だし、聞き慣れないタイプの名前だな、と思っていると。


「えええええ!?」


 甘味屋の主人、そして周りの野次馬が更にざわついた。

 どういう事だ?


「か、カオリ様……魔王様、ですよね」

「むぅ……そうなのだ……」

「ははー。そうとは知らず失礼しました。今すぐかわりを持って来ますのでお待ちください」


 主人が慌てて店の中に引っ込んで、周りがより一層ざわついた。

 ……魔王?


 周りがなんだかものすごく恐縮するカオリは俺を睨んで。


「お前のせいでばれたのだ、責任をとるのだ」

「えぇー」


 一体、どういう事なんだ?


     ☆


 屋敷のリビング。

 あの後注目されすぎて、静かに食べられないからって事で、カオリは甘味屋を離れ、代わりにと俺の屋敷に連れて行けと命令してきた。


 命令されるいわれはないが、暴れられるよりはマシだと、俺は素直に彼女を屋敷まで連れ帰ってきた。


「えっと、それで……もうちょっとわかりやすく説明してくれるかな。なんだ魔王ってのは」

「しらないのか? 私はコモトリアの元首、二代目魔王カオリなのだ」

「……コモトリアの国王、って事?」

「そういうことなのだ」

「そういうことっていわれても、そもそも魔王って――」


 更に聞こうとすると、リビングのドアがノック無しに開かれた。

 あらわれたのはミデア、彼女は俺を見て。


「やっと見つけた師匠。今日稽古つけてくれるって約束だったじゃないですか、どこにいってたんですか?」


 そのまま、つかつかとリビングの中に入ってきた。


「ちょっと待って、今それ所じゃ」

「何ですかこの子は、こんな子よりも私との約束が先です」

「こんな子?」


 ビクッ、とカオリの眉がはねた。

 ヤバイ――と思ったが間に合わなかった。


「おいお前」

「なんだ――」


 ちゅどーん!

 ものすごい何かがミデアの頬をかすめて、その後ろの壁――いや屋敷を半分吹っ飛ばした。


「……え?」

「運が良かったなお前。お母様の言いつけがなかったら今ごろ消し炭なのだ」

「…………」


 ふん、と鼻をならすカオリ。

 一方でぽかーん、と放心するミデア。


「おい! 大丈夫かミデア」

「師匠……」

「どうした、どこかやられたのか」

「私……産まれてから今日までの事をもう一回体験しちゃいました」

「走馬灯見えてるじゃないか!」

「ああ、そうか。これが達人同士の立ち会いにある、時間が凝縮された現象なんですね。あは、あははは」

「ちょっとまってそれは微妙に違うぞ。戻ってこーいミデア」

「あはははは」


 うつろな目をしたまま、崩れた壁から外に出て行くミデア。

 彼女も心配だが、今はこっちだ。


「お前、本当に何者なんだよ」

「おばちゃんって呼ぶのだ。お前、カノーの何代目なのだ?」

「え? えっと……十……いくつだ?」


 微妙に覚えてない。


「私はお前のおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん――つまり初代と腹違いの兄妹なのだ」

「……えええ!?」

「つまり大大大――おばなのだ。呼びにくいだろうからおばちゃんでいいのだ」

「俺のじいさんのじいさんのじいさんとって……お前今いくつ――」


 ちゅどーん!


 見えない何かが頬をかすめていった。

 俺の背後で半壊した屋敷が更に半分ふっとんだ。


 突き出すカオリの手、その人差し指。

 一本指で放った何かが屋敷を吹っ飛ばした。


「レディーに歳のことを聞くのは失礼なのだ」

「いやいやいや」

「百から先は覚えてない」

「そりゃそうだろうけど!」


 改めてカオリを見る。

 幼い見た目に、あっちこっちが細い体つき。


 俺の妹、いや貴族の俺が政略婚姻ルートで早婚だったら娘っていってもおかしくない歳の見た目だ。

 それが……大大大――おばだって?


 だが、ウソではなさそうだ。

 そもそも二度にわたる超攻撃は人間離れをしている。

 察するに、「魔王」という長命種らしい。


 俺はため息をついた。


「わかったわかった、じゃあえっと、おばさんは――」


 ちゅどーん――ガキーン!


 三度の超攻撃、今度はギリギリの所で反応できた。

 剣を抜いて、飛んできた力の塊を真上に弾いた。


「ふう……当ってたら屋敷が全壊してたぞ。なんだよ今のは」

「おばさんはNGなのだ、ちゃんとおばちゃんと呼ぶのだ」

「違いが分からねえ!」

「それよりも、弾いたのだ……」

「え?」

「私の攻撃を弾いたのだ」

「そりゃ三回も同じものを見てれば対処の一つくらいは……」


 今のまずかったのか? なんかやらかしてしまったのか?

 もしかして、弾いた事がプライドに触って逆上してくるとか?


 そうならまずい、と、俺は剣を握ったまま身構えた。


 が。


「よし、今日はいったん帰るのだ」

「え?」


 予想にはんして、カオリは逆上しなかった。

 むしろニコニコ顔になって。


「バイバイなのだ」


 といって、上機嫌な足取りで、反対側の壁を突き破って外に飛び出し、空を飛んで去っていった。


「……せめて壊れたところから出て行けよ」


 嵐のように登場して、嵐のように去っていく。

 そんなカオリに、俺は突っ込みを間違えてしまったのだった。


     ☆


 数日後、半壊してて建て直し中の謁見の広間。


 ミミスら家臣団を相手に、適当に執務に励んでいた。

 屋敷の破壊は適当にごまかした。

 なんとなくカオリの事をいったらやぶ蛇になりそうだったから、力技でごまかした。


 そのせいか、ミミスらの目が普段よりも冷たい気がする。


「次。隣国ですが、コモトリアの魔王が動き出しました」

「むっ?」


 タイムリーな名前が出てきた。


「コモトリアの魔王?」

「はい。直接関係のある話ではありませんが、一応は」

「もっとわかりやすく説明してくれ。コモトリアの魔王って一体何なんだ?」

「あまり知られていないことですが、コモトリアの魔王が動かないのは、前魔王の遺言、互角の存在を見つけるまでは魔王自ら動いてはいけない、と言うのがありまして。それで数百年間魔王は在位していたのですが、コモトリアに引きこもって結果的には平和だったのですな」

「いやそういうことじゃなくて」


 俺はコモトリアの魔王の事を聞いた、しかしミミスは魔王の行動の事を説明した。


 俺の質問には答えてない形になったが、逆に物騒なワードがいくつも聞こえてきた。

 もしかして、という悪い予感が頭をよぎった。


「あはは、まさかな」


 と、思っていると。

 外から門番が駆け込んできた。


 門番は俺に直接じゃなくて、ミミスに耳打ちした。

 ミミスの顔色が変わった。


「……ご当主」

「な、なんだ」


 ごくり、と俺は生唾を飲んだ。


「陛下の使者でございます。魔王との一件は本当なのか、と」

「オーノー!」


 俺の事か、やっぱり俺とのことか!


「つまり……魔王が動き出したのは……ご当主を互角とみたため……」

「オゥノォ……」


 俺はがっくりとうなだれてしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 初代は世界最強の女剣士だったのでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ