74.公認ハーレム
ある日の昼下がり、屋敷の廊下を歩いていると、何か言い争っているような、そんな声が聞こえてきた。
何事かと声の方に近づいていくと、姉さんが普段から使ってる居間の中から聞こえてくる。
しかも、聞こえてくる声が。
「どうしてダメなんですか!」
「ミデア?」
まだ幼さが残るが、芯の通った力強い声。
剣聖ペルセウスの孫娘で、俺の押しかけ弟子のミデアだ。
そのミデアに何かを話している声も聞こえるが、こっちは姉さんの声だ。
姉さんだと分かるが、ミデアと違ってドア越しじゃ内容が分からない。
「それじゃ納得できないです!」
またしてもドア越しにミデアの声がはっきりと聞こえた。
なんの話なのか気になって、ドアをノックした。
「誰?」
「俺だよ姉さん」
「ヘルメス? どうぞ」
ドアを開けて、中に入る。
そこそこの調度品を、過ごしやすさ前提に配置された部屋の中に、座っている姉さんと、立ってその姉さんに詰め寄っているミデアの二人の姿が見えた。
「どうしたのですかヘルメス」
「それはこっちの台詞だ。言い争う声が廊下にまで聞こえてきたんだ。何があったんだ?」
「この子が『チーム美』に入れてくれと聞かないのです」
「チーム美? なんだそれは、初めて聞く言葉だな」
「HHM48の区別の一つですよ」
「その話生きてたのか! ってかより具体的な話になってないか!?」
声が裏返りそうな程の勢いで突っ込んだ。
夢幻団と出会った直後くらいの時に、その夢幻団の事を調べさせたら、姉さんが俺の事をそっち系だと誤解して、俺を正しい道に引き戻すために俺のハーレムを作ると言ったことがある。
それがHHM48――ヘルメスハーレムだ。
正直その場限りの話、冗談だと思い込んでいた。
「ミデア、何度も言いますけど、あなたは『チーム真』がベストポジションです。無理してチーム美に入っても良さが埋もれてしまうだけ」
「でも、うぅ……」
うめき声を上げるミデア。
幼げな顔を真っ赤にして、頬を膨らませて。
かなり悔しそうな顔をしている。
「というかチーム真なんてのもあるのか。一体どれだけ話が具体的に進んでるんだ姉さん」
「チームはたったの三つですよ。真、善、美。この三つだけです」
「たったって程でもないけど。その区分に何の意味が?」
そう言いつつミデアをちらっと見る。
チーム真がいやで、チーム美に入りたいと強く姉さんに直訴する位だから、区分にはちゃんと意味が、ミデアが気にするほどの意味があるんだろう。
「ええ。真は能力。知であったり、武であったり。このチームの女の子は、その能力でヘルメスのそばにいてふさわしい子を選んでいます」
「なるほど。ミデアの剣の腕は抜群だからな」
「ええ、だから真でいなさいと言ってるのに、どうしても美に入りたいと言って聞かないのです」
「ちなみに美は――言葉通り?」
「はい」
頷く姉さん。どこからともなく魔法で撮った女達の写真を取りだした。
いずれも見た目は一級品の美女揃いだ。
「これが美。あえて悪い言い方をします、花瓶です」
「それは本当に悪い言い方だな」
思わず微苦笑してしまう。
おそらく真とは正反対。ただ美しさ、見た目だけで選んでいるんだろう。
だからこその「花瓶」という訳だ。
「……巨乳ども滅びろ」
ミデアが何かぼそっといった。
耳に入ってきたが脳が「理解しない方がいい」と自動防衛が働いた。
「ぜ、善は?」
話をそらすため、姉さんに更に聞く。
「例えばこの子」
また写真を取り出す姉さん。
「これは……子供じゃないか」
「チーム善のエースですよ。強い母性と高い包容力でヘルメスを癒やすための子。それが善」
「こんな幼い子に母性なんてあるの!?」
今日一番の突っ込みをした。声がはっきりと裏返った。
ぶっちゃけミデアよりも更に幼い、子供といってもいいくらいだ。
それを……母性だって?
「この子に『ママァ……』と呼んで甘えてもいいのですよ」
「しないから! こんな幼い子にママって呼ばないから」
「そう言ってられるのも今のうちです」
姉さんが意味深ににやりと笑った。
えっなに? 本当に母性なの? 俺この子を「ママァ……」って呼ぶ運命なの?
背筋がゾクッとした、慌てて今日二度目の話題そらしをした。
「にしても、本気ですすめてたんだな。しかもそういう分類が出来るってのは結構な人数の中から選び出したんだろ?」
「はい。最近になってますます大量に候補生が入ったので、そこからふるいにかけて上澄みを掬ってます」
「最近ますます増えたのか? 何でだ?」
「ここ最近夢幻団やもう一つ謎の義賊団が暗躍しているのを知っていますか?」
「あ、ああ。まあ話だけなら」
玉虫色の返事をした。
夢幻団はともかく、もう一つの方――国王陛下と一緒にやってる親衛義賊軍は姉さんにもばれちゃいけない。
「それで庶民、特に農民の生活が改善されたので、あまった労働力を放出するところが増えたのですよ」
「自縄自縛!!!」
まさかの元凶俺。
知らないうちに、姉さんのHHM48に加担してしまってたようだ。
☆
「どうした先生、上の空だぞ」
レティムの宮殿、その中庭。
一週間に一回国王陛下に稽古をつけに来たんだが、その稽古中に陛下が不思議そうに聞いてきた。
「え? ああすみません」
「何か悩みごとか? 余に出来る事なら取り除いてやるぞ」
「え?」
「先生と余の仲ではないか」
「陛下……」
俺を見つめる国王はニカッと笑った。
そうだ、国王よりも側室を多く持つのは失礼にあたると聞いた事がある。
別に法で決まっている訳ではないが、何となく貴族は自粛に走る傾向がある。
それなら……話をして、陛下に勅命を出してもらって姉さんを止めてもらうか。
そう思い、俺は陛下にHHM48の事を話した。
姉さんが主導で作った俺のハーレム、それがすでに300近い数になっていて、しかもチーム真・善・美と別れて、組織だっている事を。
姉さんから聞いて、俺の頭を悩ませているその事を打ち明けた。
ところどころ、ちょっと困っている、とニュアンスを込めるのも忘れない。
それを黙って最後まで聞いた陛下。
「なるほど。そのような事になっていたのか」
「そう、だから――」
「よし、余からも一人贈ろう」
「――これを陛下にってなんだってぇ!?」
話が、またしても明後日の方向にすっ飛んでいった。
「お、贈るってどういうことですか?」
「何を不思議そうな顔をしている。王が妃を臣下に下賜するだけの話ではないか」
「え? いやまあ……それは、そう、だけど……」
たしかに「それはそう」レベルの話だ。
王は時として、自分の後宮から妃を臣下に下賜――プレゼントする事がある。
アイギナ王国で言えば、戦功を立てたりしたらまずそういうことがあると思っていいほど、ありふれた話だ。
それは名誉な話であり。
「余と先生のつながりを天下にアピールする事もできる、一石二鳥だ」
陛下の言うとおり、国王と臣下の仲の良さ、結びつきの強さを強くする、いわば政略結婚の亜種だ。
貴族では当たり前過ぎる話である。
あるのだが……まさかこんな流れになるとは。
「ああ、安心するがいい先生」
「え?」
「下手な女は贈らん。候補生? とやらから自前の才覚でのし上がれる子を贈ろう」
「更にすごい話になってる!?」
「そうと来たら早速選びにいかないとな。ふふ、余は好みが偏っているから、後宮に手つかずの女が山ほどいるぞ」
選び甲斐がある。
国王陛下はそう言って、上機嫌で立ち去った。
国王から直々にHHM48に一人下賜する、と言うことは、HHM48を公認するという意味になってしまう。
……なんてこったい。