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73.嫉妬と納得

 ある日の昼下がり、暇つぶしにピンドスの街中を歩いていると、変な空気が漂っているのに気づいた。


 やたらと男が多くて、その男達は立ち止まったり、ちらちらと同じ方向を見たり、何ならうっとりしたり顔を赤らめたりしていて妙に気色悪い。


 何事かと思って、俺も立ち止まって男達の視線の先を見ると、そこに知った顔を見つけた。


 街角のこじゃれた喫茶店、そのテラス席で美女が一人、上品な所作でティータイム中。


 ヘスティア・メルクーリ。

 元娼婦で、やめてからはピンドスの近くに越してきた顔見知りだ。


 そのヘスティアは、何故かアンニュイな空気を纏っている。

 ティータイム中だというのにカップに口をつけるでも無く、遠い目して黄昏れている。


 それがちょっと気になったから、俺は彼女に近づき、声をかけようとした。

 すると。


「どうしたらいいのかしら」

「何が?」

「会いに来ない方との付き合い方を――って、へ、ヘルメス様!」

「よっ」


 ヘスティアの向かいの席が空いてたからそこに座った。

 若い店員が注文を取りにきたから、ヘスティアと同じものを注文した。


「珍しいな、ここで会うの」

「え、ええ」

「そもそも会うのも久しぶりだな。国――キングの時以来か」

「そうですわね」


 おかしい、何故か会話がぎこちない。

 ヘスティアは口籠もったり、視線を微妙にそらしたりしている。


「もしかして誰かと待ち合わせか? 邪魔なら消えるけど」

「い、いいえ!」


 ヘスティアは食い気味で、大声を出した。


「一人っきりです。ここしばらく、ずっと」

「そうなのか」

「ヘルメス様こそ、ここで油を売っていて大丈夫なのですか? 聞きましたよ、陛下の剣術指南役になったとか」

「よく知ってるな。まあでも当たり前か」


 普通に納得してしまった。


 ヘスティアの客の中に、アイギナの前国王がいる。

 今の国王からすれば「父親の相手」であり、頭が上がらないのを俺は実際に目撃している。

 さらには彼女の客は貴顕が多く。


 だから、庶民にはあまり知られない俺の剣術指南役就任も、彼女なら情報をゲットしてもなんらおかしくはない。


 そのヘスティアは、さっきとはうってかわって、落ち着いた感じでにこりと微笑んだ。


「一部では有名な話ですわ」

「そうなのか?」

「ええ。有名な剣豪国王が更に強くなるためにつけた師匠。よほどの使い手なのだともっぱらの噂ですわ」

「うわぁ……そうなっちゃうのか」

「くすっ。あまり喜んでいないようですね」

「俺は目立つのがいやなんだよ」

「難儀なお方。ヘルメス様の立場をよだれが出るほど欲しい人は星の数いますのに」「これが俺の性分だからな」


 ヘスティアとそこそこ世間話で盛り上がっていると、ふと、周りの視線が気になった。


 俺がヘスティアを見つけるきっかけになった男達は相変わらずこっちに視線を集中させていたが、何故かそれが粘ついた感情がこもり始めた。


「あいつ……ヘスティア様とあんなに仲良くして……」

「気安いぞドサンピンが」

「憎しみで人を殺したい憎しみで人を殺したい憎しみで人を殺したい憎しみで人を殺したい――」


 明らかに視線は俺に集まっている、軽く呪われている気もする。

 俺、なんかやっちゃった?

 ヘスティアと話をしているだけなんだが……なんだこれ。


「ヘルメス様?」

「え? ああ、ごめん聞いてなかった」

「いいえ、何も言ってませんわ私も。ヘルメス様こそどうかしたのですか?」

「いや別に……そういえば言葉使いすっかり普通になったんだな」


 男達の視線の意味が分からなくて、かといってヘスティアに言う事でもないから、適当に話をそらすことにした。


「ええ、もう娼婦ではありませんので。あれはいわば仕事用の言葉遣いでしたから」

「なるほど。それは少し残念かもな」

「え?」

「あの言葉遣い、俺は割と好きだったんだよ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ」

「……」


 ヘスティアは少し顔を伏せて、上目遣いで俺を見た。

 金色の髪の外に飛び出している長い耳は、はっきりと赤くなっているのが見て取れた。


「で、では」

「ん?」

「わっちがお前様と一緒の時は、この喋り方をするでありんす」

「おっ」


 懐かしい感じがした。

 久しぶりに聞いたヘスティアのその言葉使い。

 うん、やっぱり結構好きだ。


「そうしてくれると結構嬉しい」

「お前様が喜んでくれると、わっちもうれしいでありんす」

「そっか。負担じゃないんならいいんだ」

「まったく負担じゃないでありんす……こっちの方が好きや素敵を口にできますし」「え? 今なんていった?」

「……お前様は世界一の色男、そういったのでありんす」


 ヘスティアは笑顔で言った。

 美女の笑顔は破壊力が抜群だな。


 歴史上、何人何十人の王や貴族が女にはまって、国や家を滅ぼした理由が少しわかった気がする。

 それがしたところで。


「ヘスティア様……ああぁ……お綺麗だ」

「くそお、なんであの男にだけ」

「地獄に落ちろ地獄に落ちろ地獄に落ちろ地獄に落ちろ――」


 ぶるっ、と身震いがした。

 さっき以上の寒気が襲ってきた。


 周りをぐるっと見回す、集まっている男達がますます俺を睨んでいた。

 俺、またなんかしたか?


 何をしたのかよく分からないが、ここはひとまず退散――


「――っ!」


 今度は寒気じゃなくて、はっきりとした何かが迫ってきた。


 それは俺たちのいるテーブルに向かって飛んできた。

 しかも飛んでくるその軌道、ヘスティアにあたる軌道だ。

 俺はティーカップを掴んで、とっさにそれ(、、)を防いだ。


「お前様? これは……茶が毒々しい色になっているでありんす」

「呪いだな」

「呪い……?」

「ああ、まあたいした呪いじゃなさそうだ」


 ティーカップをテーブルの上に下ろして、魔力を込めて、カップの縁をデコピンのように中指で弾く。

 呪いのエネルギーがティーカップから弾き出された。

 黒い負のエネルギーが空中に放出されたのを、剣を抜き放って一閃。


 霊体のモンスターを斬るタイプの特殊な斬撃でそれを消滅させた。


「これでもう大丈夫だ」

「さすがお前様、今のは格好良かったでありんす」

「ありがとう」


 さすが元人気娼婦、褒める時の言い方が普通の人間よりも段違いに心地よく聞こえる。

 これのためにもうちょっと何かをしてもいいかもしれない。


「――はっ!」


 慌てて周りを見た。

 今日は既に二回、「なんか知らないけどやっちゃった」後だ。


 そこに思わず、呪いが飛んできたから身替わりを使って受け止めて、霊体を斬る斬撃まで放ってしまった。

 今までの経験だと、これも「やってしまった」行動。

 だから慌てて、周りを見回したんだが。


「やっぱり……これくらいの男じゃないとだめってことか……」

「負けた……完全に」

「末永くもげて爆発しろ末永くもげて爆発しろ末永くもげて爆発しろ末永くもげて爆発しろ――」


 なんだかよく分からないけど、がっかりされたり納得されたりした。


「えっと……」


 よく、分からなかった。

 うっかり()を見せてこんな反応をされたのははじめてかもしれない。


 俺は一体、何をやっちゃったんだ?

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