06.当主様実はすごい疑惑
謁見の広間で、だらんと手足を投げ出した姿勢で座っていた。
理由は二つ。
やる気無し放蕩当主を演じるのと、本気でちょっとだるいの二つだ。
だるい理由は目の前の家臣団だ。
領地から上がってくる様々な陳情とか報告とかを俺の所に持ち込んで、決裁を求めてきてる。
まあ、普通に当主の仕事だ。
最初はそこそこちゃんと話を聞いてたが、途中である事が分かった。
日常に限って言えば、当主はそこまで色々やることはあまりない。
役人とか現場の人間が決めて上がってきたのを、当主が「よしなに」って感じで承認することだけ。
それが大半だ。
例えば。
「本年度の戦姫祭、商人どもからの寄付が規定額に到達しましたので、開催の認可と、表彰の許可を頂きたく」
「分かった」
報告をうけて、俺が許諾して、家臣の一人がその処理に動く。
ほとんどがこんな感じだ。
だから最初はそれなりに話を聞いて内容を理解していたが、段々とだるくなって聞き流すようになった。
「次、スライムの被害が発生しております」
「スライム?」
ちょっと面白そうなフレーズが聞けたから、食い気味で報告するミミスに聞き返す。
「スライムってあのスライムか?」
「あのスライムでございます」
俺は頷いた。
スライムと言えば、弱い、ウザイ、たまにエロイで有名なモンスターだ。
モンスターの中でも屈指の弱さで、よほどの事がない限り人的被害は出ない。
だけど再生能力が結構強く、装備をととのえて一気に倒さないと殲滅しきれない。
生物としては雑食だが、たまに菜食主義の個体でもいるのか、人間の女を捕まえて服だけ溶かして食べる事がある。
「そのスライムがどうした」
「集団になっており、被害が出ている事から討伐の陳情がございました」
「ふむふむ」
スライム討伐か。
スライム……最弱のモンスター。
カッ! と目が見開いた。
これだ! と思った。
弱いスライムにだけ食いつく、雑魚専のイキリスト。
うん、いける。
ダメ当主を演出するのに丁度いい相手だ。
「スライムが群れとなっている理由といたしまして――」
「俺がヤってくる」
「――え?」
驚くミミス。
俺は演劇くらいのオーバーなドヤ顔を作って。
「俺がスライムを殲滅してくる」
と、宣言した。
☆
ピンドスから馬で半日ほど南下した所にある、エーゲ草原という土地。
一人でやってきた俺は、馬の上から眺めていた。
視線の先にスライムの群れがあった。
話に聞いた通り、約20体くらいの群れだ。
それが草原でうごめいている。
スライム達のまん中にはイモや動物の脂身が積み上げられていて、スライムはそれに群がっている。
実際の所、スライムの消化力は人間とそう変わらない。
だから討伐するほどの武力が無い地方の村や小さな街などは、こうして消化の悪い食べ物を野外にうち捨てて、足止めする事が多い。
この対処法が出来る事も、スライムによる人的被害が少ない事の原因の一つだ。
とはいえ、モンスターはモンスター。
襲える人間が目の前にいた時の躊躇はまったくない。
それで襲われて、被害を受けたり一生消えないトラウマを植え付けさせられたりすることもある。
討伐出来るのならした方がいい。
俺は馬の上から周りを見回した。
ミミスとかここの近くの役人とかにはついて来るなと言いつけたが、ちゃんといい付けを守ってついてきてないかと確認。
見える範囲にはない、気配も感じられない。
よし、これなら。
俺はスライムの方に向き直った。
二十匹のスライム、一匹一匹倒していったら面倒臭い。
弱点は炎――ならまとめて焼き尽くそう。
「……いないな?」
最後にもう一回、念に念を入れて誰も見られてない事を確認してから、目を閉じて精神を集中した。
『古に棲み、時を育む、とこしえなる不変の存在。わが意に集い不浄を焼き尽くせ! 始原の炎よ!』
カッ!
目を見開く、魔力が一気に体外に放出される。
詠唱とともに増大した魔力は灼熱の炎と化して、二十体のスライムをまとめて呑み込んだ。
焼かれて、溶けていくスライム達。
中には再生で抵抗する個体もいたが、結局は抗いきれず、黒ずみになって消えて行った。
炎が消えた後、スライムが一掃されたのを確認して。
「よし」
とつぶやき。
慎重に慎重を重ねて、もう一度周りをチェック。
確実に誰にも見られてない事を確信した。
「よし!」
と、小さくガッツポーズした。
☆
夕方、ピンドスの館。
戻ってきた俺は、今帰ろうとするミミスと出くわした。
「当主様!? もうお戻りに?」
「ああ」
スライムを倒して戻ってきた俺をみて驚くミミス。
丁度良かった、明日やろうとした事を今やってしまおう。
今の俺はスライムを倒してきた男。
ザコをやっつけて、増長する男。
ちゃんと設定を固めて、台詞をまとめた上で。
「まっ、たいした事無かったさ」
「え?」
「え? たいしたことないって……どういう……?」
「倒したからに決まってんだろ」
「えええ!?」
目を見開き、驚愕するミミス。
「ほ、本当にもう討伐したのですか?」
「もちろんだ、確認してみろよ。まっ、明日には現場の報告が上がってくるだろうがな」
「そんな……いやまさか……」
ミミスは眉をひそめて、とても信じられない、って顔をした。
信じられないか、ならもう一押しだ。
スライム程度を倒してイキる痛い若殿、やるなら徹底的にだ。
「二十体もいたが、この俺に掛かれば小指一本でちょちょいのちょいだ」
「……」
あんぐり、唖然とするミミス。
よしイキリはいい感じだ。
それはいい感じだが、お前驚きすぎなんじゃないのか?
そんなに俺の事見くびってたのか?
おっ? これもいいぞ。
俺の事を見くびってたのか、うん、横暴君主の演出に使えそうだ。
言ってやるか――。
「あの中にはスライムロードがおるので手が出せなかったのに、それを本当に……?」
「うん?」
なんか変な単語が聞こえたぞ。
「スライムロード?」
「はい。数十年に一体現われるというスライムの王。本能の赴くまま食糧を探してさまようスライム、それが群れをなしているのはスライムロードによるものでして」
「……言ってたなそんな事」
出発する前にミミスがそんなことを言いかけてたのを思い出した。
「そのスライムロードってのはどういうヤツなんだ?」
「見た目はスライムと大差ありません。ただし生命力、再生力、繁殖力などが他のスライムに比べて桁違いに高く、放置すれば一月で街一つを覆い尽くす程のスライムを産み出すとのこと」
「……そういえばしぶといヤツが一匹いたな」
炎で燃やしたときの事を思い出す。
うん、いた、しぶといのが一匹。
「……それを確認している? ということは本当にスライムロードを? 数十年に一体は現われて対処が遅れれば天災になりかねないあれを?」
「……はっ」
まずい、と思った。
「しかも……余裕で……?」
「いやいや、そんな事はない、結構強かったぞスライムロード。かなーり苦戦したぞ」
「……」
唖然とするミミスに必死に弁明するが、あまり意味は無かった。
俺のイキリがストレートに「すごい」になって、ミミスの頭の中にするっと入っていった感じだ。
更に、追い打ちするかのように。
翌日、現場の痕跡を調査した者の報告が、
「一撃でした」
というのが来て。
当主様実はすごい疑惑が、ますます深まってしまったのだった。