67.兄貴じゃないと歯が立たない
「って事で、まずはデビュー戦といくかい」
一通り顔合わせも済んだところで、エミリオスがいきなりそんな事を言い出してきた。
「デビュー戦?」
「おうよ。俺らの名を上げるためにあっちゃこっちゃの悪者を襲って、うばって、ばらまく。そのデビュー戦よ」
「もうやるのか」
「くけけけ、キングの露払いじゃい。無名のうちはまず俺らだけでやるのよ」
「ああ」
なるほどそういうことか。
まあ、国王陛下も一国の王、やることは多いしな。
というか、いない方がいい。
いない方が……まだ色々ごまかしやすいからな。
「デビュー戦をするのは分かった。どこに入るのか決まってるのか? もし決まってなかったら――」
一旦ここは抜けて、色々ごまかすタメの下準備を、と、思ったのだが。
「……ここだ」
寡黙な性格っぽいムラトが静かに一枚の紙を差し出した。
「外堀は埋まってたか……」
「え? なんか言った?」
ソフィア=ディノスが不思議そうに俺の顔をのぞき込んだ。
「いやなんでもない。それよりもどこに入るんだ?」
「……ホメロス」
「ホメロス?」
「吸血鬼か」
なるほど、って顔をするエミリオス。にやりと笑みを浮かべて、向こう傷がヒクヒク動いている。
「わかりやすく説明してくれよ」
「ビスタ・ホメロス。有名な商人の一族なんだが、本人はただの金貸しだな」
「すごい悪質な貸し付けと取り立てをやっててね、一度網に掛かった獲物は容赦なく骨の髄までしゃぶり尽くされる。それで付いた名が『吸血鬼』」
「結構な悪党だな」
「くけけけけ、それを狙う俺らはじゃあ正義の味方か、んん?」
「そういう面かよ」
「……似合わん」
俺以外の四人、元から知りあいっぽい四人は楽しそうに笑い合った。
「あれ? どうしたの、なんか難しい顔をして」
ディノスが俺の事に気づいた。
「ああ、襲うのはいいが、どう変装したらいいかって思ってさ」
「そっか、キング程じゃ無いけど、そっちもお貴族様なんだよね」
「ああ。だから顔が割れるとまずい」
「じゃああたしが変装させてあげる」
既に中身、というか元が男だと分かっているのだが、ディノスは見た目のままの女言葉でそんな事を提案してきた。
見た目的にはあっているのだが。
「化粧ができるのか?」
「女の体になって長いしね。さあ座って座って」
☆
「……これが俺か」
俺は鏡をのぞき込んで、素直に感心していた。
ディノスに施された化粧は、変装の域に達していた。
鏡の中に映っているのは老人だった。
まぶたの皮が緩んで垂れ下がり、目がものすごく細くなっている。
皺も一本一本がすごく自然で、髪は先端が黒のままだが、根元だけをあえて白に染めたことで、白髪染めなのを演出している。
そして顔にはでっかくサソリの入れ墨がある。
「どうかな」
「いやあ……すごいなこれ」
「ふふん、そうでしょ。まっ、これは二段構えなんだけどね」
「二段構え?」
「その入れ墨、すっごく目立つでしょ。誰が見ても『サソリの入れ墨の男』って覚えるから、何回かやってから若いままサソリの入れ墨だけいれると、そこに神秘性がうまれるのさ」
「そこまで考えてるのか」
「どうかな」
「最高だ」
俺は心の底から称賛した。
俺の事だとばれないようにするメイク。
もっと厳密に言えば、ばれて「ヘルメスはやっぱりすごい男」とはならないようにするためのメイクだ。
この見た目なら、万が一俺がうっかり何かをしたとしても、すごいのは「サソリの入れ墨の男」って事になる。
「本当はこれ、キングにするつもりだったんだけどね。でもキングからあんたにしてって言われたの」
「くけけけけ、たりめえだろそれ。キングに目立つメイクしてどうすんでい。目立つのは俺ら、キングは地味メイクにきまってんだろがよ」
「……うかつ」
「まっ、キングに頼られて、張り切ってメイク術を披露するきもちは分からんでもないがな」
またまた盛り上がる旧知の四人。
俺は一人で鏡を見つめていた。
うん、これなら。
例え姉さんでも、見つめ合う程の距離にいても。
絶対にばれないだろう、それくらい素晴しい変装だった。
☆
その日の夜。
月が出ていない新月の夜、俺は四人と一緒に、彼らが調べてきた『吸血鬼』ビスタ・ホメロスの屋敷に忍びこんだ。
王都にあるそいつの屋敷は、広大な敷地の一角、塀を乗り越えて敷地に入った。
そのまま足音と気配を殺して、庭を突っ切って屋敷の壁に張り付いた。
「むぅ?」
「どうしたスコーピオン」
エミリオスは押し殺した声で、俺の仮名にした「スコーピオン」で呼んできた。
俺は老人っぽく装った声で答えた。
「いや、こいつは有名な悪徳な金貸しだよな」
「ああそうだが?」
「それにしてはすんなりとここまで入り込めたよな」
「確かに、ちょっとおかしいね」
「……用心」
頷き合う俺たち五人。
よかった、ここでもし「気のせい気のせい」とか、そういう台詞を吐いてフラグを立てるような人達じゃ無くて。
俺たちは警戒したまま、更に進む。
目指すはビスタの書斎、そして寝室。
屋敷の金庫の鍵はビスタ本人が持っているから、まずは捕まえて開けてもらう、という作戦だ。
ムラトがあらかじめ手に入れておいた屋敷の見取図にそって、まずは書斎に一番ちかい窓に向かうように、屋敷の外側をぐるっと回っている。
「止まれ! 何者だ!」
目の前にたいまつを持った男の姿が見えた。
くっ! 見つかったか――と思っていたら。
「ぐえっ!」
その男は蛙をつぶしたような声をあげて、そのまま崩れさった。
男との距離は10メートル近くある、こっちの五人は誰も動いてない。
どういう事だ……?
「お前なにものだ」
「え?」
思わず、素の声が出てしまった。
こっちを誰何した声は聞き覚えのある物だったからだ。
目を凝らす、倒された男のたいまつをキャッチしてこっちを照らすのは――。
「キュロス!」
「しってるのかスコーピオン」
「ああ、夢幻団の副団長だ」
「なに!」
こっち側の四人が俺の言葉にびっくりして、一斉にキュロスを向いた。
「いきなり本命かい」
「……命運」
「くけけけ、キングがいたら面白かったな」
「向こうは勢揃いみたいだよ」
指摘するディノス。
たいまつの向こう、微かに人影が見える。
どうやら夢幻団の他のメンバーも来ているようだ。
「…………お前達は何者だ」
「スコーピオン。お前達の同業者だ」
エミリオスが答えた。
「盗賊か」
「義賊だな」
「なるほど、だからここを狙ったと」
「そういうことだ」
頷き合うキュロスとエミリオス。
「それが分かったところで、どうするんでい夢幻さんよ」
「……」
キュロスは沈黙して、俺たちを見た。
なんだ? 俺たちじゃなくて……俺をじっと見てるぞ。
「ねえ、あいつスコーピオンの事をじっと見てない?」
ディノスがいった、俺は頷いた。
どうやら勘違いとかないみたいだ。
どういう事なのかと不思議がっていると、キュロスは俺を見つめて。
「スコーピオン、と言ったか。なぜ老人の振りをしてるのかわからんが」
「え?」
「スコーピオン、声、声」
「……はっ」
しまった!
キュロスの出現にびっくりしすぎて、素の声に戻っていた。
やってしまった――と思ったが、直後、もっとでっかいやらかしだった事に気づかされる。
「そのたたずまい、ただ者ではあるまい。おそらく俺たちの兄貴じゃないと歯が立たないだろうな」
「うっ……」
ばれてる、キュロスに全部ばれてる。
俺だって言うことがばれてるよ。
……そりゃそうだろ。
月の無い夜だ、見た目よりも、声の情報で判断するところが大きい。
びっくりして素の声を出してたらバレもする。
「兄貴はいない、ここは譲る」
キュロスはそう言って、夢幻団の他の面子を引き連れて、音もなく立ち去った。
まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、ものすごく素早い撤収だ。
よかった、これで穏便に――
「おめえ、すげえじゃねえか」
「ほぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、存在感だけであの夢幻団圧倒したってことかい」
「……さすが」
「やるねスコーピオン」
四人が口々に俺を褒め称える。
相手が夢幻団、この親衛義賊軍のライバルと目している相手なだけに。
俺の株は、また暴騰してしまったのだった。




