64.王様の世直し
「とりあえずここまで」
王都の宮殿、その中庭。
国王陛下に形ばかりの稽古を一通りつけて、適当な所で切り上げた。
正直教えるようなことはほとんどない。
腕は確かに俺の方が上だが、国王陛下もさすがアイギナの王族、子供の頃から剣を振ってきたというだけあってかなり強い。
まあ、実戦経験がはっきりと足りなくて、いわゆる「道場剣術」みたいになってて万が一「殺し合い」になったら弱そうだが……まあ指摘する事もないだろう。
剣を収めた国王陛下、メイドからタオルを受け取って、上半身をはだけて汗を拭く。
男の裸なんてみたくもないが、我慢する。
国王陛下は汗を拭いた後、あろうことかセミヌードのまま話しかけてきた。
「どうだろうか先生、余の腕前は」
「そうですね」
俺は少し考えた振りをした。
前もってミミスに聞いてきた、こういう時の当たり障りのない答えを口にする。
「正直にいえば、まだまだ上達する余地があると思います」
「ははは、先生は本当に正直者だな。率直に全然ダメだと言っても良いのだぞ」
国王は結構上機嫌になった。
ミミス曰く、そこそこ力量のある王族、特に国王はベタボメをしてはいけないらしい。
向こうはそういうおべっかになれてるからだ。
かといってけなすのも論外。
向こうには王族としてのプライドと、自分の腕前に対する自負がある。
結局、今はまだまだだが才能がある。
というのが、一番好まれる返答らしい。
ちゃんと打ち合わせしてきたのが功を奏して、国王陛下は上機嫌になった。
そこに、知らない男が庭園に駆け込んできた。
男は国王に耳打ちした。
直前までの上機嫌がどこへやら、国王は顔を真っ赤にするほど激怒した。
「くそったれ」
ものすごく下品な言葉で吐き捨てる国王。
何があったんだ?
……聞いても、聞くくらいなら大丈夫か。
「何かあったんですか陛下」
国王陛下は手を振って、男を下がらせた後、答えた。
「今年、イーリス地方が干ばつに見舞われて、飢饉が発生しているのを知っているな」
「それが?」
正直知らなかったが、ぼかして話を先に進める。
「国庫から予算を出して、難民たちが冬を過ごすための糧食を商人から購入して、配るように命じたのだが、実行を命じた男、バシルス男爵の懐にほとんど入ったらしい」
「じゃあ、民に糧食は行ってない……?」
「それが配った形跡はあると言うのだ」
「はあ……」
だったらいいんじゃないか、なのと。
どういうからくりなんだ? という疑問が湧いてきた。
こういう災害救助は昔からカツカツなのが定番だ。
飢饉になる程の災害だと、まず国に入るべき税が入らない。
その地方の周りの商業活動が連帯して滞るのでそこからの税も減る。
ただでさえ税が減るのに災害救助の為に金を出すとなると国も厳しい。
だから割り振れる予算はいつもカツカツだ。
そこから中抜きをすると現地はかなり悲惨な事になるのだが。
「バシルスめ、どういうからくりを使ったんだ?」
☆
「と言うわけで、そのバシルスってヤツの事を調べてきて欲しい」
ピンドスに戻ってきた俺は、娼館に夢幻団のキュロスを呼び出して、国王陛下から聞いた話をした。
「なるほど」
キュロスの目が鋭くなる。
災害を使って私腹を肥やす連中は、夢幻団らが一番きらう人種だ。
「わかった、すぐに探ってくる」
「頼む」
☆
「飼料?」
数週間後、再び王都。
稽古を終えた後、国王に夢幻団たちが調べてきた事を伝えた。
「ええ、ウシやブタ……まあ家畜らに食べさせる物メインですね。それを買ってたんですよ」
「どういう事だ?」
「パンを焼くための小麦粉を買う金をそっくりそのまま飼料に当てれば、5倍の量の飼料が買える。バシルス卿は飼料を買って1を難民に配って、残りの4を自分の懐に入れていたようです」
「なんだと!!」
国王は激怒した。
剣を抜き放ち、地面に叩きつけた。
「と言うことは、ヤツは家畜の飼料を難民に配ったと言うのか!!」
「そういうことですね」
「許せん! 引っ捕らえて問い質してやる!」
「それは――無理だと思います」
「なんだと!」
国王に睨まれた、かなりの怒りで背中がちょっとだけぞわっと来た。
「夢幻団という義賊がその話を知ってバシルスの財産を盗んで、本人の身柄共々難民に差し出したらしい。当然、餓えをしのぐために飼料を食べざるを得なかった難民の怒りが……」
「あの夢幻団か」
「はい」
「なるほど。ふん、いい気味だ」
俺はこっそりため息をついた。
調査だけ頼んだんだが、あまりの事に、夢幻団たちが怒りにまかせて暴走して、バシルスを「どうにか」しちゃったのだ。
まあ、俺も話を最後まで聞いてスカッとしたから、べつにいいが。
「そうか、夢幻団がか。それは礼をしなければならんな」
「え!?」
びっくりした。
国王が盗賊に礼を?
「ま、待ってください陛下、それはさすがに」
「やはりダメか」
やはり。
ふう、国王陛下もちゃんと分かってるな。
「もちろんです、さすがにそれはまずいです」
「ふむ、それもそうだな。まったく、王というのは不便な物だ」
自嘲気味に嗤う国王陛下。
ふぅ……。
いきなり何をいいだすんだこの人は。
国王陛下を見た、まだ後ろ髪を引かれてるようだ。
これは……話をそらさないと。
「陛下、最近ピンドスに来てないようですね」
「ふむ?」
「ダフネに会いに行きませんか?」
「ダフネか、そうだな。よし、お忍びのための変装をしてくる。ちょっと待っておれ」
「はい」
着替えるために、近くにいるメイドを呼び、宮殿の中に入る国王陛下。
よし話をそらせた……と、思ったが。
国王陛下は引き返してきた。
俺の前に立って、ニヤニヤ顔をする。
「いいことを思いついた。先生、余の腕前はどうなのだ?」
「え? いやまだまだ伸びしろは――」
「盗賊に比べればどうだ?」
「それは……まあ余裕で勝てますが」
「その程度の腕はあるのだな。よし、決めた」
「……何をです?」
悪い予感がした。
とても悪い予感がした。
ものすごく悪い予感がした。
「お忍びで身分を隠して、夢幻団に入って世直しをするぞ!」
「……えええええ!?」
話をそらしたと思ったら、俺の誘導が明後日の方向に導いてしまったらしい。